SDGsの達成が叫ばれる昨今、多くの企業が持続可能な社会の実現のために取り組みを行っている。そのようななか、フードロスやプラスチックゴミ削減の効果で注目され、さまざまな小売店が取り入れ始めているのが「量り売り」という業態だ。

量り売りとは、必要な量を必要なだけ量って買うという消費スタイル。現在の日本社会の買い物シーンでは、すでに量が決められていて個包装された商品を買うのが一般的だが、近年では量り売りのよさが見直されてきており、量り売り専門店も続々開業しているという。

今回は、はかりの会社・株式会社寺岡精工(以下、寺岡精工) スケール・メディアソリューション事業部 アーキテクトの北野岬さんに、量り売りの人気が高まっている理由やSDGsの観点におけるメリット、そして寺岡精工が量り売りで目指す小売の新しい形について、インタビューを行った。

寺岡精工 スケール・メディアソリューション事業部 アーキテクト 北野岬さん
寺岡精工 スケール・メディアソリューション事業部 アーキテクト 北野岬さん【撮影=福井求】


寺岡精工は「ない市場を創る」会社

寺岡精工は主にはかりやレジスタなどを製造・販売する精密機器メーカーで、2025年で創業100周年を迎える老舗企業。日本初の「商業用バネばかり」や世界初の「デジタル料金はかり」「感熱印字方式のバーコードプリンター」「自動計量包装値付け機」「セミセルフレジ」といったさまざまな製品を世の中に送り出している。

将来的にはスーパーにマイボトルを持参して、コーヒー豆を買うことができるようになるかもしれない
将来的にはスーパーにマイボトルを持参して、コーヒー豆を買うことができるようになるかもしれない【提供=寺岡精工】


創業者の寺岡豊治氏は発明家で、1904年にアメリカの大学に留学しそこで学んだ知見を活かして日本初の計算機を作った。しかし、当時の日本では計算機は新しすぎてあまり受け入れてもらえなかったそうで、豊治氏は次の製品としてはかりに着目。当時の日本ではローマ時代から変わっていない、分銅と竿によって重さを量る昔ながらのバランス式はかりが一般的だった。

そこで「もっと正確に量れるはかりをつくろう」と試みた豊治氏は、1925年に日本初の商品を皿に載せるだけで重さを読み取ることができる「寺岡式敏感自動バネ秤」を開発。だが、当初は物珍しすぎて売れなかったため、商店などへの訪問販売を繰り返し、日掛けの支払い方式で導入のハードルを下げて新しいユーザーを獲得し、日本中に新しいはかりを広めていった。

「弊社ではこの創業ストーリーをとても大切にしていて、まだ存在しないが実際には需要がある市場を発見し、そこに新しいマーケットを創出することを目標にしています。そして競合他社が参入してきたら、先行者利益を得ながらもさらに新しい常識を創造して、追随を許さない。それが当社のビジョンです」

寺岡式敏感自動バネ秤
寺岡式敏感自動バネ秤【提供=寺岡精工】

対面計量POSレジ「RM-3800」
対面計量POSレジ「RM-3800」【提供=寺岡精工】


そんな寺岡精工が現在着目している市場が、新しい買い物のスタイル「量り売り」だ。

「弊社では、世界初の『減算式はかり』を用いて、表示を確認しながら欲しい量をぴったり購入できる買い物の新しい形を提案しています。現在では株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス様が運営するドン・キホーテの新業態店舗『ドミセ渋谷道玄坂通ドードー店』様にて、量り売りが展開されています」

世界初の「減算式はかり」によるバルク販売システム「GramX」
世界初の「減算式はかり」によるバルク販売システム「GramX」【出典=寺岡精工 プレスリリース】


今、「量り売り」が見直されているワケとは?

スーパーマーケットでのお買い物が一般的になる以前の日本では、量り売りは一般的な商法だった。しかし、製造販売の効率化や、食品の保存期間の延長などのさまざまな理由から、パッケージ商品の流通がスーパーマーケットの普及と同時に進み、それに伴って、日本における量り売りの文化は急速に衰退した。

セルフサービススケール「SM-6000SSR」
セルフサービススケール「SM-6000SSR」【提供=寺岡精工】


一方で、海外ではスーパーマーケットで肉や魚、野菜、果物などを量り売りで買うことは普通のことで、マルシェや市場でもグラム単位での量り売りが盛んに行われているという。しかし、日本のスーパーマーケットでは、一部の店舗や販売区画以外では、量り売りはほとんど行われていないのが現状だ。

「日本の小売店さんもヨーロッパに視察して『うちでも量り売りをしよう!』と取り組まれることがあるのですが、なかなかうまくいきません。自分で欲しい分だけ量れるセルフはかりを導入しようとしても、お客さんも店員さんも慣れずに戸惑ってしまうことが多いです。スーパーマーケットのパッケージ売りの文化と、量り売りの文化があまりにかけ離れているのが根付かない原因のひとつだと考えます」

セルフサービススケール「SM-6000SSR(8inch)」
セルフサービススケール「SM-6000SSR(8inch)」【提供=寺岡精工】


しかし、2020年前後からSDGsへの関心が高まり、世界中で深刻なパッケージやプラスチックのゴミ問題がメディアに取り上げられ、注目を集めるようになった。そこでパッケージフリーの買い物業態が見直され、2020年以降に量り売りの人気が徐々に上がっていった。

「2020年ごろからセルフ量り売り専門の個人店さんが増え、現在では全国で100店舗以上が開店しています。量り売りの専門店を作りたいと起業する方が増えたり、特に2023年からはコロナも収束しはじめ、大手の小売店さんやスーパーマーケットさんも量り売りを検討したり導入したりするところが一気に増えました」

「量り売りを広めてSDGs達成に貢献したい」と北野さん
「量り売りを広めてSDGs達成に貢献したい」と北野さん【撮影=福井求】


現在、量り売りのお店で売られている商品の多くはナッツやドライフルーツだ。乾物で扱いやすく、かつ単価が比較的高いので、量り売りとの相性がいいというメリットがあるそうだ。また、お店の中には乾燥わかめや切り干し大根など、和食用の食材を量り売りで販売しているお店もあるのだとか。

SDGsの観点における、量り売りのメリットとは

次第にメジャーな販売方法となりつつある量り売り。世界のSDGsの意識の高まりとともに、その利点に注目が集まっている。商品の内容量に左右されず買い物の幅が広がることはもちろんのこと、買い過ぎによるフードロスの削減、プラスチック個包装の削減の2つの効果が期待されている。

「パッケージの商品では入っている量が決まっているため、商品によっては、ひとり暮らし世帯や少人数の家族世帯では消費できず、結局捨ててしまうことが多いという問題がありました。『ひとりでは使いきれないけど買うしかない』と、選択肢が少なかったこともフードロスの原因になっていました。ですが、量り売りを導入すれば、消費したい・消費できる分だけ買うことができるようになります」

ドールによるバナナの量り売り
ドールによるバナナの量り売り【出典=寺岡精工 プレスリリース】


また、量り売りは重さで商品を買えるので、にんじんやじゃがいもなどの農産物であれば、小さいものは安い値段で、大きいものは高い値段で買うことができるのが利点のひとつだ。規格外の作物を除外することなく販売できるだけでなく、農家がサイズによって仕分けをせずにそのまま出荷できるという利便性もある。

「そして、パッケージ売りの商品のほとんどがプラスチック包装ですよね。ですので、一度うちに持ち帰れば捨ててしまうゴミが大量に出てしまいます。ですが、量り売りでは、商品を持ち帰るために紙袋を無料もしくは有料で配布しているところが多いので、家に帰っても簡単にリサイクルができ、環境への負荷が少ないです。また、家から保存用のビンやタッパーを持ってきて量ることもできるようになれば、ゼロ・ウェイストを目指すことができます」

現在は物価上昇により資材も高騰しているため、プラスチック包装などのパッケージにかかる費用もだんだんと割高になっている。パッケージ商品を買うことは最終的に捨ててしまう包装にもお金を使っていることにもなるので、量り売りが広がればパッケージにコストを割くことなく商品を手にできるのも、消費者にとってうれしいメリットだ。

モーションセンサー「e.Sense」
モーションセンサー「e.Sense」【提供=寺岡精工】

量り売りの実演の様子
量り売りの実演の様子【提供=寺岡精工】


寺岡精工が目指す、量り売りの未来

SDGsや節約において、さまざまなメリットがある量り売り。寺岡精工は全国の小売店やスーパーマーケットへの量り売りの導入を目指しているが、まだまだ課題も多いのだという。そのうちのひとつが、消費者も販売側も、物を量って購入するという習慣に慣れていないことだ。そのため、さまざまな場所に少しずつ導入して目につく機会を増やすことで、量り売りの文化を増やしていくことが寺岡精工の目標だ。

「また、もうひとつの課題がパッケージ売りからの脱却にあります。小売店様はこれまで50年くらいパッケージ売りをしてきていますが、いざ量り売りをするとなったときに衛生管理や湿気など、さまざまなリスクを考えられます。ですが、日本より湿気の高い東南アジアでも量り売りは浸透してきているので、日本でできないことはありません。ですので、まずはお客様の声を一つひとつ丁寧に聞き、課題を解決するアイデアを提示しながら量り売りを広げていきたいですね」

「減算式はかり」によるセルフ量り売りイメージ
「減算式はかり」によるセルフ量り売りイメージ【提供=寺岡精工】


最後に、寺岡精工が目指す、量り売りの野望について北野さんに聞いた。

「目指すのは、近所にあるスーパーに量り売りのコーナーがある未来です。消費者さんからは『量り売りで物を買いたいけど、近所にないんだよね』という声をよく耳にします。ですので、一区画でもいいので日本全国のスーパーで量り売りができるようにしたいですね。毎日の買い物をするときの選択肢のひとつとして、量り売りがパッケージ売りと同列になる社会を目指していきたいです!」

「日本をはじめ世界にもっと量り売りの文化を広げたいです!」と北野さんは意気込む
「日本をはじめ世界にもっと量り売りの文化を広げたいです!」と北野さんは意気込む【撮影=福井求】


「今後も量り売りを広めるために頑張ります!」と意気込む北野さん。寺岡精工は「新しい常識を創造する」を社是として数々の世界初・日本初の製品を世に送り出してきた。これまでユーザーが見たことのなかったものを作り、その市場のスタンダードになることを繰り返してきたこの会社は、量り売りの市場においてどのような展開を見せるのだろうか。

この記事のひときわ#やくにたつ
・ない市場を作ることでパイオニアになれる
・過去の“普通”を見直すことが、新しい市場を作る
・物価高だからこその需要を見極めるとチャンスが見える


取材・文=福井求(にげば企画)