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情報もない、店も入りづらい…なのになぜ大盛況?東京・自由が丘の町中華店「萬珍軒」に隠されたストーリー

2024/02/29 12:00
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2023年10月、東京・自由が丘の住宅街の一角に「萬珍軒」という町中華店が開店した。店の入り口は道路に面していないため、建物を回るように裏口から入らなければならず、さらに店は2階にある。そのため、一見の客にとっては極めて入りにくい店であり、現時点ではネット検索をしてもその情報は少ない。

しかしこの店、開店当初から盛況で連日客足が途絶えないという。初めての客が入りやすいようあらゆる工夫をし、あらかじめ“バズる”ように情報対策を講じた飲食店であっても、いきなり盛況とはいかないケースが多いものだが、これは一体どういうことだろうか。

聞けば、この「萬珍軒」には、知る人ぞ知る隠されたストーリーがあるという。今回は、どうしてこの店が開店当初からにぎわっているのか、その理由を店主の加藤友也さんに聞いた。

2023年秋、東京・自由が丘の住宅街に突如オープンした
2023年秋、東京・自由が丘の住宅街に突如オープンした


「店を継ぐ気はない」47年間営業を続けた先代の店が閉店

「萬珍軒」は、加藤さんの父が自由が丘で47年間にわたって営業を続けてきた町中華の屋号なのだそう。もともとの「萬珍軒」では、加藤さん自身も父のもとで19歳からの25年間、中華鍋を振ってきたという。

「高校を卒業後、ファッション関係の仕事に就きたいと思っていましたが、同時期に『萬珍軒』で働いていた方が結婚を機に退職することになり、そのまま自分が店に入ることになりました。若くして苦労の末に店を興した父から調理を習いながら、家族総出で中華料理を提供し続けてきました」

1972年に加藤さんの父が開業した「萬珍軒」
1972年に加藤さんの父が開業した「萬珍軒」


しかし2010年代後半、店に立ち退きの話があがり、父は自身が高齢になったこともあり引退を決意。そこで息子である加藤さんに、それとなく「店を継ぐ気があるか」と腹のうちを探ったが、答えはNOだった。

「『申し訳ないけど、俺は店を継ぐ気はない』と父に言いました。25年間、父のもとで中華鍋を振り店を支えてきた自負はありましたが、これだけの期間に自分ができなかったことに挑戦したいとも思っていましたので」

こうして、加藤さんの父が一代で築いてきた「萬珍軒」は閉店。日本各地で静かに姿を消していく個人経営の飲食店と同様に、「後継者がいない」という理由から、多くの顧客に愛されながらもその歴史に幕を閉じることとなった。

「萬珍軒」の小さな看板。入りづらい店構えで情報が少ないながらも、連日大盛況を誇る理由とは?
「萬珍軒」の小さな看板。入りづらい店構えで情報が少ないながらも、連日大盛況を誇る理由とは?


44歳にして知る社会の厳しさと、自分が本当にやるべきこと

10代のころに描いた夢と引き換えに父の店を支えた加藤さんは、「萬珍軒」の閉店を機に、初めて“自分の夢”への一歩を踏み出すことになった。

しかし、このときすでに44歳。現実はそう甘くはなく、思うような職に就くことは難しかった。

「いくら『25年間、父のもとで中華鍋を振っていました』と言っても、通用する働き口はなかなかなくて。子どももまだ小さかったので、『どんな仕事でも』と、まずは親戚を頼って精肉業者に就職させてもらいました。しかし、折り合いがつかなくなり早い段階で離職することになりました。何もない自分を受け入れてくれ、お世話になったのに申し訳なかったですけど、同時に社会の厳しさをこの年にして痛感する格好になりました」

まだ生まれて間もない子どもと、父の「萬珍軒」を一緒に支えてくれた妻の横で、無職となった加藤さん。窓から差し込む日差しすら嫌に思えるような、悶々とする日々を送っていたという。

加藤さんは「萬珍軒」を継がなかったことを悔やんだという
加藤さんは「萬珍軒」を継がなかったことを悔やんだという


しかし、そんな様子を知った加藤さんの友人が、飲食店をやる別の友人の店の調理の仕事をあてがい、さらにまた別の友人が仕事を斡旋してくれたりするようになった。また、自由が丘を家族で歩いていると、父の「萬珍軒」時代の常連と偶然すれ違う機会があり、「最近何やってんの?『萬珍軒』がなくなって困ってるんだよ」「あの味が忘れられない。もう一度やってくれ」と声をかけられることがたびたびあったそうだ。

加藤さんにとってみれば、25年間、父の店しか知らず社会の厳しさや現実とのギャップを知ることがなかったわけだが、同時に「本当に自分にとって大切にすべきものは何か」「自分を支えてくれていた周囲の人々の支え」も、このとき初めて気づくことができたという。ここで加藤さんは考えを改めた。

「『このままの自分ではダメだ。自分にはしなければいけないことがある。その仕事をすることで、支えてくれた多くの人たちに絶対に恩返ししなければいけない』と思うようになりました。そして『萬珍軒』を継がなかったことは、間違った選択だったとも思いました」

加藤さんは、「萬珍軒」の復活を決意。すでに47歳になっていたが、この意向をあらためて父に話した。父は目を赤くさせながら、加藤さんに叱咤激励したという。「これからの飲食はかつてよりも厳しく、決して甘くはないぞ。それでも『萬珍軒』を復活させるなら、お前なりのやり方で自由にやってみろ」と話してくれたそうだ。

「格好をつけるのではなく、自分なりのやり方でやればいい」

こうして「萬珍軒」復活への一歩を踏み出した加藤さん。父の「萬珍軒」の閉店からの数年間のブランクを埋めるように、日々中華料理をトレーニング的に再現し続ける毎日を送った。また、前述の友人たちの仕事を複数やりながらコツコツと再業の資金を貯め、お金に替えられそうなものはすべて売却したという。

さらに、新生「萬珍軒」のテナントも確保。資金の都合上、道路に面しておらず、しかも2階という入りにくい物件だが、ここで格好をつけるのではなく、父の言葉である「お前なりのやり方で自由にやってみろ」をそのまま実践することにしたそうだ。

「資金がないなら、自分なりのやり方でやればいい。一番大切なことは、父や友人、そして常連さんたちへの恩に報いること。そんなふうに考え、『萬珍軒』復活を目指しました」

そして、この話を知った友人たちはさらに惜しみない協力を行い、知り合いのツテから、テナントの内装業者、中古厨房機器業者、製麺業者、食品卸し業者などが次々と加藤さんへ手を差しのべた。そのほとんどが「萬珍軒」の歴史に敬意を持ちつつ、加藤さんの思いにも共感し、採算度外視で力を貸してくれたという。

「ここでもまた人に助けられる格好になりましたが、本当にありがたかった。自分ひとりではできなかったことが、多くの人の支えで少しずつ形になっていきました」

大掛かりな告知を行わないなかでの開店だったが、連日大忙し!
大掛かりな告知を行わないなかでの開店だったが、連日大忙し!


テナントの整備が終わり、加藤さんの調理技術もしっかり勘を取り戻したところで、2023年10月に新生「萬珍軒」がひっそりと開店。ネットやSNSでの告知は極めて薄く、検索してもなかなかその情報に辿り着けない状態だったが、開店以来、連日客が続々と来店した。予約なしでは入店できなくなることもあったのだとか。

ここでの客は、噂を知った父の「萬珍軒」時代からの常連、そして加藤さんの友人たち。さらに、その話を口コミで知った新規の客など。現在主流になっているネットでの情報拡散とは異なり、「草の根的に存在が認知される」「その地に行かなければ実態がわからない」という、ネット時代以前の“町の飲食店”の在り方そのもののような形で、新生「萬珍軒」の情報が広まった。

「本当にうれしかったです。開店からすぐに年末年始の繁忙期が重なったこともあり、恐縮ながら来店をお断りせざるを得なかったこともありました。一方、開店間もなくしてこれだけの反響をいただけたこともまた、多くの口コミによる支えが本当に大きいです。自分のような世間知らずの人間でも、父の時代の常連さんたち、そして自分の友人たちが活かしてくれている…。そんなことを実感しながら、日々営業を続けています」

情報過多の時代だからこそ、地に足のついた町中華を

新生「萬珍軒」は、定番の町中華メニューが人気。以前と違うところは、お酒も一緒に楽しめるようになったことだ。町中華自体が贅沢品となったようにも感じる今の時代だが、「それでも気軽に楽しんでもらえる空間にしたい」と加藤さんは話す。

「新しい『萬珍軒』はまだ始まったばかりですが、これからさらにメニューを増やし、より雰囲気のいい店にしていきたいと思っています。多くの人たちの支えによって復活にこぎつけたわけですから、新しいお客さんにとっても居心地のいい、あたたかい店にしていきたいですね」

人気メニューのひとつ「レバニラ炒め」(850円)
人気メニューのひとつ「レバニラ炒め」(850円)

父の時代からの定番メニュー「排骨飯」(1250円)
父の時代からの定番メニュー「排骨飯」(1250円)

町中華メニューをおつまみにお酒も楽しめるのが新生「萬珍軒」の特徴だ
町中華メニューをおつまみにお酒も楽しめるのが新生「萬珍軒」の特徴だ


情報過多の今だからこそ、逆に「萬珍軒」のように地に足をつけたお店こそが、さらに重宝される時代になっていくのではないだろうか。自由が丘の住宅街にポツンと佇む「萬珍軒」の絶品料理の数々。そのあたたかい空気と合わせて、ぜひ一度お店で味わってほしい。

現在は、奥さんと二人三脚で店を切り盛りしている
現在は、奥さんと二人三脚で店を切り盛りしている


取材・文=松田義人(deco)

■萬珍軒
住所:東京都目黒区緑が丘2-16-19
営業時間:平日11時30分〜14時30分、17時〜22時、土・日・祝11時30分〜21時
定休日:水曜

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