養鶏業における最も大きな課題のひとつは「鶏ふんの処理問題」だという。福岡市博多区に拠点を置くトリゼンクオリティオーシャンズは、トリゼンフーズで養鶏する九州産銘柄鶏「華味鳥(はなみどり)」の鶏ふん問題を解決するべく、2022年に発足した会社だ。グループ全体で年間2万トンもの鶏ふんが排出されるなか、同社では現在「廃棄物(鶏ふん)から海を育てる事業」を展開中。一体、どのようにして鶏ふんをアップサイクルしているのだろうか。トリゼンクオリティオーシャンズの代表取締役であり、トリゼンフーズ会長でもある河津善博さんに話を伺った。

トリゼンクオリティオーシャンズ株式会社 代表取締役社長の河津善博さん
トリゼンクオリティオーシャンズ株式会社 代表取締役社長の河津善博さん撮影=川崎賢大】


鶏ふんの総量は年間約2万トン!!「海が痩せている」という声を聞き、畑の肥料を海へ!

――九州を代表する九州産銘柄鶏「華味鳥」で有名なトリゼンフーズさんですが、鶏ふんは年間どのくらいの量が排出されているのでしょうか?

【河津善博】現在、私たちのグループで1日に2万5千羽、月にすると約50万羽以上を生産していることになります。そして、鶏ふんの総量はグループ全体で年間約2万トンにも及びます。これまで、それら鶏ふんをどのように処理してきたかというと、近隣の農家さんの畑や田んぼで肥料にしてもらっていたんですね。鶏ふんというのは、豊富な栄養が含まれているために有機肥料として素晴らしい働きをしてくれます。その反面、ニオイの問題も出てきます。畑に蒔くとニオイが拡散されますし、雨が降るとよりニオイが立ちますから、近隣住民からのクレームも増えていったんですね。

――では、鶏ふんによる肥料は徐々に使われなくなったということでしょうか?

【河津善博】このニオイ対策を解決するために独自のバイオエキスを使って開発したのが、農林水産省の公定規格に適合した「華煌ら(はなきらら)」という肥料です。これを散布することで有効菌の働きにより発酵が進み、消臭できるという製品になります。

――独自開発した「バイオエキス」から画期的な肥料が完成したというわけですね。その廃棄物を利用した肥料を使って、海を育てる事業をスタートされたそうですが、どういった経緯で海へと視野が広がっていったのでしょうか?

【河津善博】今から4、5年ほど前に、「海に栄養が不足している」という調査報告を目にしたんですね。福岡でも、ひと昔前は海が汚いことで問題になった時期があり、そういうイメージをいまだにお持ちの方も多いと思います。ただ、今は下水処理施設が発達し、ダムも増えているなか、腐葉土や微生物が作る窒素やリン酸などの栄養素が海まで届かなくなっているということを知りました。魚に必要な栄養が少なくなっているため、「海が痩せている」状態になっているわけです。

【河津善博】そこで考えたのが、私たちが鶏ふんから作っている栄養豊富な肥料の活用です。この肥料を海に入れることで、魚たちにも栄養を届けることができるのではないかと。そこで早速2019年(令和元年)に「トリゼンオーシャンズ株式会社」を設立し、海中環境の専門家である広島大学の山本名誉教授とともに、研究を開始しました。

――そこで完成したのが「MOFU-DX」という製品ですね。開発に際してこだわった点について教えてください。

【河津善博】「畑の栄養を海へ」というテーマのもと、実施にどのような仕組みにすればよいのか、いろいろと試行錯誤しました。まず鶏ふんをそのまま海に沈めるだけだと、すぐに海に沈殿し、腐敗することで副作用が起きてしまいます。効率的に栄養素を拡散させるために行き着いたのが、バイオエキスを使って形を固定するということ。海を汚すことなく、じわじわと栄養が放たれて、その栄養素を吸収してプランクトンが増えるという仕組みです。

【河津善博】しかし、開発するまでは苦労の連続でした。ひと口に海と言っても、水深や地形もさまざまですから、どのくらいの大きさがいいのか、どれほど肥料を押し固めればよいのか、その塩梅が非常に難しかった。本当に四苦八苦しましたね。

鶏ふん由来ブロック型肥料「MOFU-DX」
鶏ふん由来ブロック型肥料「MOFU-DX」【提供写真=トリゼンクオリティオーシャンズ株式会社】


海専用の肥料を使って、ついに牡蠣の養殖に成功!漁獲量が年々減少しているアサリにも挑戦

――苦労の末に完成したのが、海洋専用肥料「MOFU-DX」ということですが、この製品を使って牡蠣「華匠牡蠣(はなしょうかき)」の養殖にも取り組まれています。市場にも出回っていて、自社で牡蠣を使った牡蠣鍋などの商品も販売されています。「MOFU-DX」を活用した代表的な事例ですね。

【河津善博】私たちが開発した「MOFU-DX」によって、窒素、リン酸、カリウムなどがバランスよく海に溶け出し、持続的に栄養素を海に与えることができました。また、「MOFU-DX」を牡蠣筏に吊るして活用した、「華匠牡蠣」の養殖にも成功しました。本当は廃棄されるだけの鶏ふんが牡蠣の養殖に役立つという、SDGsの観点から見ても大変意味のある事業になったと実感しています。

【河津善博】しかし、実際にはまだ課題もあります。先ほども申し上げたとおり、設置する海の地形や海流によって成果にムラが出るという点です。やはり、海という大自然が相手ですから、年によって結果は変化します。ただしそこであきらめるのではなく、専門家と協力し合い、結果を集計しながら「MOFU-DX」という画期的な製品を十分に活かせる方法は常に模索しています。牡蠣の生産者さんにもじわじわと効果を実感していただいているところですので、この調子で頑張っていきたいと思います。

牡蠣筏にMOFU-DXを設置する様子
牡蠣筏にMOFU-DXを設置する様子【提供写真=トリゼンクオリティオーシャンズ株式会社】

【写真】MOFU-DXを使って養殖された「華匠牡蠣」
【写真】MOFU-DXを使って養殖された「華匠牡蠣」提供写真=トリゼンクオリティオーシャンズ株式会社】


――なるほど。牡蠣のほかに手がけている海産物はありますか?

【河津善博】実はすでに、トリゼンクオリティオーシャンズが設立される前年の2021年から国産アサリの養殖事業にも取り掛かっています。アサリの漁獲量は年々減少しており、その原因としては、高度成長期に工業化や人口増加に伴い赤潮が発生し、下水処理などの水質対策によるところが大きいと考えられています。貝類が食べるプランクトンは窒素やリン酸などの有機物を必要としますが、それらが不足する「貧栄養状態」となることでアサリが育たなくなっています。最初は熊本県玉名市の養殖場で「MOFU-DX」を使った実験を行っていましたが、現在ではより発展させて、「砂なしアサリ」の養殖に注力しています。

――「砂なしアサリ」の養殖というと、つまり干潟でなくても養殖ができるということですよね。実際にはどういった方法でされているのでしょうか?

【河津善博】そうなんです。アサリは砂に埋まっているのが普通ですが、それは外敵から身を守るためだとされています。だからアサリが生育するのに砂がなくても問題ないわけです。そこで我々が今取り組んでいるのが、施設内の水槽でアサリを養殖するという方法です。簡単に言うと、屋内施設の水槽に海水とアサリの稚貝を入れ、同じく施設内で増殖したプランクトンをアサリの水槽に投入しながら、育てていくというシステムになります。ここでポイントになるのは、プランクトンを増殖するために使っているのが「MOFUシリーズ」の肥料ということです。「MOFU」でプランクトンにしっかりと栄養素を与えることでアサリのエサ問題を解決できます。もちろん、屋内施設だから気候や赤潮による影響もないし外敵の心配もいりませんよね。この点がほかの養殖との大きな違いです。

牡蠣の次に「砂なしアサリ」の養殖に情熱を燃やす河津社長
牡蠣の次に「砂なしアサリ」の養殖に情熱を燃やす河津社長【撮影=川崎賢大】


――画期的なシステムですね。商品化まではどのくらいの時間がかかるのでしょうか?

【河津善博】現在(2024年1月取材時点)、この「砂なしアサリ」の養殖を開始して2カ月くらいですが、あと4~6カ月ほどで出荷サイズまで育成する見込みです。そのころになると商品化できるかどうかの結論が出ると思います。今のところアサリは順調に育っていますので、世に出るのを楽しみにしているところです。

【河津善博】やはり「砂がない」というのが大きな特徴なので、ご家庭で調理するときも砂抜きの手間がかかりません。しかもしっかりと身のついた食べ応えのあるアサリに育ってくれると思いますので、私たちのアサリでいろいろな食卓を彩ってくれると信じています。

――「MOFU」を活用した、御社にしかできない事業ですね。ほかにも事例はありますか?

【河津善博】もうひとつ「MOFU」を活用したプロジェクトがあります。それは、「MOFU」を使ってアマモを作り、鳥のエサに活用するというもの。「華味鳥」のエサには海藻やハーブなどを混ぜたものを使っているのですが、近年では国産の海藻ではまかないきれず一部輸入に頼っていました。ところが、「MOFU」によって国産の海藻がしっかりと確保できれば、価格の高い海外の海藻を購入する必要がありません。今、大手企業と組んでいろいろと実験を重ねているところですので、実現に向けて引き続き研究を進めてまいります。

牡蠣の養殖のほか、「砂なしアサリ」も「MOFU」を活用したトリゼンクオリティオーシャンズならではの取り組みだった。「畑の栄養を海に」という想いのもと、実際に栄養不足だった海産物を元気にしつつ食生活を豊かにする…今回の取材で、河津社長の情熱を感じることができた。環境のことを今一度考え直すきっかけともなるだろう。トリゼンクオリティオーシャンズの今後の発展がとても楽しみだ。

この記事のひときわ#やくにたつ
・視野を広くもち、自社製品活用の機会を広げる
・社会的にも意義のあるプロジェクトを積極的に推進する
・信じた道を情熱を持って突き進む

取材・文=モリカワカズノリ/撮影=川崎賢大/画像提供=トリゼンクオリティオーシャンズ株式会社