2008年に始まった「ふるさと納税」。総務省の調査によると、2021年度のふるさと納税受入額は過去最高の約8302億円(前年度比23.5%増)、返礼品の受入件数は約4447万件(前年度比27.5%増)と急成長真っただなかの制度だ。一方で、寄付額最大化を目指して自治体同士の返礼品競争が激化するといった、本来の目的である「ふるさとの魅力発信」が疎かになっているという現状もある。

そのような問題に挑戦すべく、ふるさと納税事業でマーケティングを武器にふるさとの魅力発信を行い、地域と寄付者をつなぐ事業をしているのが株式会社イミュー(以下、イミュー)だ。今回は代表取締役の黒田康平さんに、ふるさと納税の現状や地域の抱える問題、そしてそれらを解決するためのイミューの取り組みについて話を聞いた。

株式会社イミュー代表取締役の黒田康平さん
株式会社イミュー代表取締役の黒田康平さん【撮影=後藤巧】


起業で気づいた「商品力まで含めた提案」の大事さ

 
――黒田さんがイミューを設立されたきっかけを教えてください。
【黒田康平】イミューを創業する以前は、メキシコに日本酒を輸出する会社を経営していました。現地で行われる農林水産省のフードショーに出店をしたり、酒蔵さんと一緒に販促をしたりしていました。その後は渋谷のIT会社でサラリーマンとして働き、携わった事業を3年で0から70億円の規模にすることができました。そこでは化粧品や健食サプリメントの事業経営を行っていました。

――すごいフットワークの軽さと規模の大きさですね。
【黒田康平】この2つの職場で学んだのは、再現性のある利益を実現するためには商品改善を繰り返す必要があるということです。商品の価値を説明する際に「商品そのものの力」と「コミュニケーション力」の2つがあると思いますが、目標の大きさやスピード感、ステークホルダーなどの関係から「コミュニケーション力」に関する対応しかできないことが多く、もどかしさを感じていました。2社での事業経験から「商品力を総合的に支援、実行できる体制が大事」と認識するようになりました。
 
【黒田康平】そして、メキシコでの経験から日本が誇れるのは食文化と観光だと感じるようになりました。日本の地域にはまだまだ眠っている素敵な産品がたくさんあるように感じます。ですが、「食」をオンライン販売で成功させるのは大変難しいです。文字と写真だけで魅力を伝えることの難易度が高いからです。だからこそ「食」をブランド化してオンライン販売する成功事例を創ることができれば、世の中にとって価値のあるものになるのではないかと考えました。

――「おいしいです!」と書かれていても、実際に食べてみないとわからないですからね。
【黒田康平】そうですよね。そのようなことを考えていたときに目についたのが「ふるさと納税」でした。これは現在急成長をしている制度なので、それに対応する形で、地域の事業者が作ったものをブランディングし、地域と寄付者をマッチングをする仕組が作れないかな、という発想で創業したのがイミューです。

【黒田康平】弊社では「地域に根を張り、日本を興す。」をコンセプトに、ふるさと納税の自治体様支援と地域産品をブランディング及び商品開発していくことが主な事業です。具体的な事例として、2022年には北海道白糠(しらぬか)町と「白糠産品開発プロジェクト」を立ち上げ、特産品の「秋鮭」を加工した「秋鮭のちゃんちゃん風 味噌漬け」を提案したり、白糠町で水揚げされるブリを「極寒ブリ」と命名してブランド化したりして、ふるさと納税返礼品として寄付者に提供しています。トライアルとして実施した500食は1ヶ月で無事全数消化し、良い取り組みとなりました。

白糠町の秋鮭は家庭で焼くだけで簡単に本格的な味わいが楽しめる
白糠町の秋鮭は家庭で焼くだけで簡単に本格的な味わいが楽しめる【画像提供=イミュー】


地域の事業者が抱える問題とは?

――現在、地方ではどのような問題や課題があるのでしょうか?
【黒田康平】地域の事業者さんのなかには非常に苦しんでいる方も少なくありません。昨今の物価高でも会社員の給料が上がらず、消費が進まないという状況になっていて、その煽りを受けて生産品が売れなくなっています。そうしたなかで、農家さんや酪農家さんが事業の継続をあきらめてしまうということも起こっています。また、旧態依然とした流通の仕組みなどもあり、お金が事業者さんにきちんと還元されずに、八方塞がりになっているのが一番の課題ですね。
 
【黒田康平】一方で、ふるさと納税は事業者さん自身で生産物の売価を決められます。そして地域と消費者を直接マッチングできるという利点があります。ふるさと納税は「自治体」を巻き込んでスキームを組める唯一の事業形態なんですよね。なので、地域全体で協力し合って得意な産業や特産物を持つなどして、自治体単位で強くなることが解決のカギだと思っています。

――自治体が強くなることは地域の活性化にもつながりますよね。
【黒田康平】そうですね。これからの時代は市区町村の自治体単位で再現性のある産業を作っていく必要性を強く感じています。ふるさと納税に力を入れる自治体が増えていることも良い傾向だと捉えています。ですが、自治体や事業者のなかには、まだオンライン販売をしたことがなくお礼の品の紹介ページに全く情報がないということも多いです。これらの活動を通じて、自分たちの売りものを深く理解し、高く売っていく力を養っていってほしいと思っています。

【黒田康平】弊社では「地域D2C」と呼んでいるのですが、ふるさと納税では、ある商品を宣伝していくときに「この地域だからこういうものが作れます」とか「この自治体さんのスタッフが頑張っています」といった、今までの通販の文言に含められなかった価値や情報を盛り込めるというのがすごく大きいですね。だから私たちは自治体と一緒になって「この産業を盛り上げましょうよ」という取り組みができるのが特徴です。

白糠町で水揚げされる「極寒ブリ」の切り身をタレに漬け込んだ「漬け」
白糠町で水揚げされる「極寒ブリ」の切り身をタレに漬け込んだ「漬け」【画像提供=イミュー】


ふるさと納税の問題点は「返礼品競争の激化」

――現在はどのような地域と事業をしているのですか?
【黒田康平】先述の北海道白糠町のような、ふるさと納税の未来を一緒に作っていける地域とご一緒しています。また基本的には当社はお取り組みをしている自治体名を公表せずに活動しています。というのも、ふるさと納税はあくまで地域が主役であって、私たちは黒子としてサポートしたいと考えています。

――確かに、自治体主体であるほうが寄付者も応援しやすいですものね。
【黒田康平】また、現在のふるさと納税の一番の課題は、自治体が「寄付額最大化」を目標にしてしまっていることですね。そのため自治体同士の返礼品競争が激化してしまっています。それによって、寄付者が商品を“お得に購入”するような感覚になってしまったことが問題だと思います。そして本来の目的である「ふるさとの魅力発信」が疎かになっています。

【黒田康平】ふるさと納税は「寄付」であって決して購入ではないんですね。お礼の品を選んで買っているわけじゃないんですよ。ですが、ちょっと質が悪かったら事業者さんにクレームを言うといったことが普通になっていて、トラブルなどが起こればすべて自治体のせいになってしまいます。

――寄付側も「購入ではなく寄付」という意識を持つことが大事ですね。
【黒田康平】そうですね。こういった問題があるなかで、イミューができることは大きく2つあります。ひとつは自治体に対してのマーケティングのサポートで、どのように返礼品をアピールするかということを中心に行っています。もうひとつは、外部のお客を自治体に連れてくることです。自治体ってもともと地域の方との接点はすごくあるんですけど、逆を言えばその地域のなかに住む方々としかコミュニケーションを取れないんですよ。

【黒田康平】私たちが目指してるのは、寄付者と地域をマッチングしていくことです。寄付行動を分析したりリピートを高めていくことで地域の認知率が高まったり、実際に現地に旅行に行く方が増えたりなどにつながります。現在行っている事業を、地域との関係人口や交流人口を増やしていく取り組みにしたいと思っています。

「地域の課題に挑戦していきたいです」と意気込む黒田さん
「地域の課題に挑戦していきたいです」と意気込む黒田さん【撮影=後藤巧】


独自のシステムで効率的なマーケティングを

――地域と納税者をマッチングするために、ふるさと納税の自治体向けに「ふるさとリピートマップ」というシステムを開発されたと聞きましたが、どのようなシステムなのでしょうか?
【黒田康平】私たちが独自で開発したふるさとリピートマップは、ふるさと納税による寄付者の行動を分析・可視化し、適切なコミュニケーションを行うことで2年、3年と継続的につながっていただける方を増やし、より豊かな地域経済の発展に寄与するというものです。寄付者と地域との関係性をしっかりと強固なものとし、一過性ではない支援を実現するのが目的です。

【黒田康平】このシステムでできることは大きく2つあります。まずはポータルサイトの管理ですね。ある自治体は「さとふる」や「ふるさとチョイス」といったポータルサイトを24個も使っています。これらすべてをWebマーケティングに触れたことのない自治体の職員が管理するのは大変です。そこで、データをいただくだけでどのサイトでどれくらいの寄付額があって、去年と比べてどうかみたいなことが可視化できるのがひとつです。

――確かに、たくさんのポータルサイトを一括で管理できるのはうれしいですよね。
【黒田康平】もうひとつは、寄付者の寄付の状態がわかることですね。これによって、自治体に即した戦略を練ることができます。データを分析するなかでおもしろい情報がたくさん出てくるのです。例えば、ある人が今年寄付をして、来年も寄付をする確率というのは大体30%ぐらいという結果が出ています。

【黒田康平】そして2年連続で寄付をした人が3年目も寄付する確率は60%に上がります。連続で寄付をいただくことが地域を支えるという意味でも重要ですし、自治体への認知もさらに高まります。寄付者と地域がコミュニケーションできる形を設計することで、自治体の魅力を知ってもらいながら寄付額を集めることができるようになるのが理想ですね。

――なぜ2、3年連続だと支援してくれる人が6割という高い数字を保てるのでしょうか?
【黒田康平】これは感覚になりますけど、ふるさと納税って肉だけで5万点とか出てるんですよね。この5万のなかで一番おいしいものってわからないじゃないですか。だから過去に自分が選んだものがよければ、それをリピートするというのは自然な流れではないかと思います。

――「ハズレは引きたくない」という心理も働くのかもしれませんね。
【黒田康平】そうですね。寄付者の8割は「何か物が欲しい」いうところからふるさと納税を始めているので、返礼品の質を保つのを前提として、そのうえでどのように自治体の特色や魅力を伝えていくかが重要だと思います。そしてもうひとつ大事なのが、寄付者に対して適切に寄付金の使い道を報告することです。これを行うことによって支援している気持ちが強まり、「関係人口の創出」につながっていくのではないかと考えています。

前々職ではメキシコで日本酒を販促していたそう
前々職ではメキシコで日本酒を販促していたそう【撮影=後藤巧】