2004年に発売され、飲食店を中心に販売していたサントリーの「ジャスミン焼酎〈茉莉花(まつりか)〉(以下、茉莉花)」。その売り上げが近年急増し、2023年の販売数量は2019年の約10倍だったという。同社が調べてみると、ジャスミン焼酎をジャスミン茶で割った「JJ」という飲み方が大阪や沖縄で広まっていた。ブームを受けて同社は2024年4月9日に「茉莉花〈ジャスミン茶割・JJ〉缶(以下、JJ缶)」を全国で発売。同社スピリッツ本部 リキュール・スピリッツ1部の永尾真紀さんに、JJブームや「JJ缶」の商品開発について話を聞いた。

サントリー株式会社スピリッツカンパニー スピリッツ本部 リキュール・スピリッツ1部の永尾真紀さん
サントリー株式会社スピリッツカンパニー スピリッツ本部 リキュール・スピリッツ1部の永尾真紀さん【撮影=藤巻祐介】


コロナ禍に広まったJJブーム

――まず「茉莉花」について教えてください。
【永尾真紀】2024年に20周年を迎えるロングセラー商品です。鹿児島県にある大隅酒造でジャスミン茶葉を使用して造った乙類焼酎と、すっきりとした後口の甲類焼酎をブレンドしています。ロングセラーといいましても、これまでマーケティングを大々的に行ったこともなく、細々と販売してきた商品で、飲食店様を中心に愛され育まれてきました。

――焼酎市場はダウントレンドのなか、同商品が販売実績を伸ばしている要因は?
【永尾真紀】2019年ごろから急に販売実績が右肩上がりに伸びたのですが、マーケティングを仕掛けたわけでもなく、最初は要因がわかりませんでした。調べてみると、どうやらこの「茉莉花」のジャスミン茶割りが「JJ」と呼ばれていて、それがブームになっているとわかりました。

――ブーム発生の経緯は?
【永尾真紀】「JJ」の発祥には諸説あって、我々も正確に把握できていないのですが、おそらく「茉莉花」の販売構成比が高い大阪・沖縄エリアで、どこかの飲食店様のどなたかが命名されて、口コミなどで自然と広がったようです。「茉莉花」は長らく飲食店などの業務用の構成比の高い製品で、おそらくボトルキープ業態の業務店様で誕生した飲み方が、居酒屋など食業態にも広がったのだと思います。いつ誕生したのかもわかっていませんが、10年くらい前からあったという説もあり、この1〜2年でには家庭にもじわじわと広がりました。

ーー諸説あるんですね(笑)。もともとはどういう飲み方を想定していたのでしょうか?
【永尾真紀】ロックやストレート、水割りというのを想定していました。当時、甲類焼酎を飲まれている方に話を聞いてみると、プレーンな味わいや飲みやすさを好んでいる方が多いとわかりました。ただ、ほんの少しの物足りなさを感じていそうだと分析し、その物足りなさは香りではないかと考えて開発したのが「茉莉花」だったようです。

「ジャスミン焼酎〈茉莉花〉500ml瓶」(写真手前左)と「茉莉花〈ジャスミン茶割・JJ〉缶」(同右)
「ジャスミン焼酎〈茉莉花〉500ml瓶」(写真手前左)と「茉莉花〈ジャスミン茶割・JJ〉缶」(同右)【撮影=藤巻祐介】

ジャスミン焼酎〈茉莉花〉500ml瓶
ジャスミン焼酎〈茉莉花〉500ml瓶


――JJブームは、コロナ禍とも重なっていますね。
【永尾真紀】業務用の構成比が高いにも関わらず、コロナ禍に伸びた稀有な商品です。コロナ禍がなければ、もっと爆発的なブームになっていたのかもしれません。

――なぜ大阪・沖縄で広まったのでしょうか?
【永尾真紀】沖縄はさんぴん茶がよく飲まれているので、ブランドとして注力していた時期がありました。沖縄料理屋やアジア系の料理店を中心に販売していて、その名残ではないかと思います。大阪に関しては、個人的な推測にはなりますが、飲みやすくてすっきりした味が、大阪の濃い味の料理に合っていたため、浸透のスピードが速かったのではないでしょうか。実際「JJ」がメニューに載っているのは中華や焼肉、串カツ、粉物といった業態が中心です。

【永尾真紀】「JJ」がユニークなのは、若い方がつくった酒文化ということです。お酒文化は、たとえば先輩にバーに連れて行ってもらうなど、年上の方から教えてもらうことが多いかと思います。「JJ」は若者の間で広まり、「変わった名前だけど飲みやすい」ということで、上の世代にも広がりを見せつつあります。従来とは逆の動きをしているのがおもしろいですね。

「JJ」が広まった理由とは?

――「JJ」が若年層に受け入れられた理由は?
【永尾真紀】名前がキャッチーだということは、ひとつ大きな理由かと思います。つい言ってみたくなるし、メニューで発見すると「これ何?」と店員さんとの会話も生まれます。友達から聞いて知ったというお客様も多いようです。

以前はブランド担当者もいなかった「茉莉花」。「JJ缶」の発売で初めて「茉莉花」の存在を知った社員もいたという
以前はブランド担当者もいなかった「茉莉花」。「JJ缶」の発売で初めて「茉莉花」の存在を知った社員もいたという【撮影=藤巻祐介】


【永尾真紀】もうひとつはそのキャッチーさに反して、とても王道な味で飲みやすい味わいということです。若者の「酒離れ」といわれていますが、飲みやすい味わいの需要はあったのではないかと思います。その「飲みやすさ」を分解してみると、「非炭酸」「ほどよいアルコール感」「甘くない」という3つのポイントが見えてきました。

【永尾真紀】非炭酸なのでゆっくり飲んでもおいしさが変わらず、食事や会話をしながら飲むのに向いています。また趣味の時間に、たとえばオンラインゲームをしながら飲んでいるという方もいらっしゃいます。また、アルコール度数が低いものは甘さのある商品が多い傾向にありますが、「JJ」はアルコールを感じにくいのに甘くないユニークな存在です。

――商品のデザインは商品名よりも「JJ」という文字が目立っていますね。
【永尾真紀】開発側としては、メーカーやブランドのエゴをついつい押し出したくなりますが、お客様が「JJ」という愛称で呼んで楽しんでくださっているのであれば、そのまま「JJ」をデザインに落とし込もう、ということになりました。

【写真】JJブームを受けて「茉莉花」のパッケージもリニューアル。以前は直線を多用したデザインだったが、飲みやすさを表現するため曲線的なデザインに。「J」の文字も加えた
【写真】JJブームを受けて「茉莉花」のパッケージもリニューアル。以前は直線を多用したデザインだったが、飲みやすさを表現するため曲線的なデザインに。「J」の文字も加えた【撮影=藤巻祐介】


【永尾真紀】「JJ缶」はお客様から「こういう飲み方もあるよ」と教えてもらって誕生した商品です。メーカー発の飲み方なら、絶対に「JJ」とは名づけなかったと思うんです。また、ジャスミン焼酎に似た味のジャスミン茶を合わせるという発想も、メーカーにはありません。カクテルなら、たとえばカシスオレンジならカシス味とオレンジ味など違う味を組み合わせて作りますよね。メーカー発想ではなく、お客様発想だからこそ生まれた商品なのだと感じています。

「JJ缶」は1年以上かけて開発

――4月9日、全国で発売された「JJ缶」について教えてください。
【永尾真紀】「JJ缶」は「茉莉花」をジャスミン茶で割った商品です。ジャスミン茶は「茉莉花」に合うように、華やかさ、爽やかさ、コクという、それぞれ異なる特徴を持った3種類の茶葉をブレンドして抽出しました。実際にいろいろな業務店様で提供されている「JJ」を飲ませていただき、アルコール度数は4%にしました。

茉莉花(まつりか)〈ジャスミン茶割・JJ〉缶
茉莉花(まつりか)〈ジャスミン茶割・JJ〉缶


――アルコール商品は開発するのにどれぐらいの期間がかかりますか。
【永尾真紀】ケースバイケースですが、「JJ缶」の場合は1年以上かかりました。設計担当の研究者がいくつかのパターンを試作して、研究者とマーケティング担当の我々が試飲をして、お客様のフィードバックも受けながらブラッシュアップを重ねています。

濃い味の料理と相性のいい「JJ缶」。天津やシュウマイなど中華料理と飲むのが永尾さんのお気に入り
濃い味の料理と相性のいい「JJ缶」。天津やシュウマイなど中華料理と飲むのが永尾さんのお気に入り【撮影=藤巻祐介】


――試作・試飲を繰り返して完成した商品なのですね。
【永尾真紀】「JJ缶」は茉莉花をジャスミン茶で割って缶に詰めた商品なので、簡単そうだと思われるかもしれませんが、実はとても時間がかかっています。会社にいるときの気持ちと、家に帰ってからの気持ちも全然違うので、試作の段階では、持ち帰って自宅で少しの期間一緒に過ごしてみたり、飲み始めと飲み終わりにどう感じるかなどを確認したりしています。特に「JJ缶」は飲み終わったときにどう感じるのかも大切なポイントだったので、1本飲んでみて「後半にきつくならないか」「舌に残る感じがないか」というのも意識していました。

――それほど手間暇をかけた商品には、どんな想いが込められていますか?
【永尾真紀】お客様が見つけて、お客様が育ててくださったお酒の文化です。品質にこだわり、「JJ」が持つキャラクターを保ったまま、たくさんの方と接点を持ってほしいと思っております。今回は開発チームのメンバーも若手が中心で、若い感覚が存分に詰まっていると思います。でもターゲットは若者だけではありません。若い方々の話題化する力やSNSでの発信力などで、上の世代の方々にも広がってほしいという期待を込めています。

「日本の酒文化のひとつ」に

――「JJ缶」の販売は、「茉莉花」ブランドに今後どのような影響を与えると考えていますか?
【永尾真紀】やはり瓶の世界と缶の世界では、お客様の数が全く違います。缶のお酒しか買わないお客様は多いので、接点は大きく増えるでしょう。今までは飲食店で「JJ」を体験して、家で飲みたいと思っても、作るにはジャスミン茶が必要でした。「ジャスミン茶をわざわざ買いに行くのが手間だ」という声をいただいていましたが、「JJ缶」として販売することで、もっと気軽に飲める、身近な存在になるのではないかと思っています。

寒い時期は温めて「ホットJJ」にも。「遊べる余白があるので、自由に飲み方を広げていただけたら」と永尾さん
寒い時期は温めて「ホットJJ」にも。「遊べる余白があるので、自由に飲み方を広げていただけたら」と永尾さん【撮影=藤巻祐介】


――JJブームを通じて得た気づきはありましたか?
【永尾真紀】「お酒は違う味を組み合わせる」「お酒の文化は上の世代から若い世代へ継承する」という固定概念が取り払われました。メーカー側から「こういう新しいものができました」と提案して、お客様のもとにお届けするというのが従来の考え方でしたが、今回はお客様から教えていただくという経験ができて、とてもうれしく思っています。お客様が考えてくださったものを、まだ知らない方々に届けるお手伝いをするというのも、接し方のひとつなのだと知り、とても勉強になりました。

――最後に「茉莉花」ブランドの今後の展望を教えてください。
【永尾真紀】JJブームは一過性のものではなく、今後長く続いて浸透する可能性があると思っています。とても飲みやすい味わいなので食事中はもちろん、食後のリラックス時間など幅広いシーンによく合います。また若年層向けという印象が強いかもしれませんが、上の年代の方も好んでくださる幅の広さに、ポテンシャルの高さを感じています。ちょっとおもしろい日本の酒文化のひとつとして定着するのではないでしょうか。

取材=浅野祐介、撮影=藤巻祐介