「ココロとカラダを満たす食体験をつくる」をミッションとする、SEAM株式会社。EC化率わずか3.4%というアルコール類の販売市場に、D2C事業をベースにファーストブランドのクラフトカクテル「koyoi」で参入を果たした。家飲みが増えたなか、この「koyoi」がヘルシーに楽しめるお酒として注目されている。そんなSEAM株式会社の代表を務める石根友理恵さんのキャリアや会社を立ち上げた経緯、さらに、母親として起業家として女性目線での生き方について考えを伺った。

株式会社SEAM 代表取締役 石根友理恵さん
株式会社SEAM 代表取締役 石根友理恵さん【撮影=阿部昌也】


ウェルビーイングなアルコール文化を目指し誕生したクラフトカクテル「koyoi」ができるまで

ーー会社を立ち上げるまでのキャリアを教えてください。
【石根友理恵】新卒で入社したサイバーエージェントを退社後、同社の先輩が立ち上げたワンオブゼムという会社に転職しました。どちらの会社でも一貫してデジタルマーケティングとPRに携わり、2017年に会社を立ち上げて、今6期目です。ただ、独立後もしばらくは自社事業を展開せず、私ひとりで引き続きお客様のマーケティングを担当していました。この低アルコールの事業は2020年から本格的に始め、今にいたっています。

【写真】ウェルビーイングなアルコール文化をつくろうという志のもと、低アルコールでかつ体に優しい「koyoi」が誕生した
【写真】ウェルビーイングなアルコール文化をつくろうという志のもと、低アルコールでかつ体に優しい「koyoi」が誕生した【撮影=阿部昌也】


ーー独立しようと考えたきっかけとなる出来事があったのですか?
【石根友理恵】 大学時代から、なんとなく30歳までに自分の名前で仕事ができるようになりたいと、フワッと思っていて。だから、就職するときも裁量権というか、「その時代にあったスキルと、それを生かして独立できるジャンルってなんだろう?」と考えて就職先を選びました。企業への思いが明確になったのは23歳のときですね。父の他界です。私の父は早くに亡くなっているのですが、その原因のひとつがアルコール依存気味だったことでした。前職に勤務しているとき、突然他界しました。もともと、父とは不仲なこともあって、それまで全く連絡を取っていませんでした。でも、次に会えたときはもう遅かったんです。ボコボコに殴り合ってもいいから、1回会って話さなきゃなと思っていた矢先だったので、すごく自分の中で後悔して…とても悲しい出来事でした。

ーーお父様に背中を押された。
【石根友理恵】そうですね。「人はいつか死ぬ。だから、仮にそれが苦しい選択だとしても自分のやりたいことから逃げずに生きよう」と強く思い、「明日死んでも後悔しないように生きよう!」と心に決めました。同時に「じゃあ、今、私は何がしたいのか?何を残したいのか?」を考えました。そうして、自分が死んでも残る事業と、それを続けてくれる組織を作ろうと思い立ったわけです。

お酒を楽しむ場所や場面とのペアリング「シーンペアリング」にこだわっているのが特徴
お酒を楽しむ場所や場面とのペアリング「シーンペアリング」にこだわっているのが特徴【撮影=阿部昌也】


ーーそういう背景もあってkoyoiが生まれたのですね。
【石根友理恵】koyoiが生まれた背景は、父を見てきた実体験に紐づいています。本来、お酒って嗜好品としての癒やしであり、人と人の距離をつなげてくれる大事なアイテムだと思うんです。ただ、アルコール度数が高いお酒が低価格でどこでも購入できる時代だからこそ、余計に“お酒がもたらすマイナス面”が強く見えるようになってしまった気がしています。なので、お酒の本当にいい部分を享受しながら、より安全・安心に楽しめるものをと考え、ウェルビーイングなアルコール文化をつくろうと決めました。低アルコールで、かつ体に優しい商品に着目したんです。

【石根友理恵】さらに、市場では、コロナ禍でお酒の飲み方が多様化しました。特に「あえて飲まない」という方が増えたんです。家で飲む需要もものすごく増えたのですが、その影響もあって低アルコールとノンアルコールの市場はグッと伸びたんですね。一方で、この市場には際立ったブランドがまだ少ない。ここにいち早く参入して、スタートアップというスピード重視の事業モデルで戦っていくのにふさわしい市場だと判断し、投資家からエクイティ(株式資本。運営資金)を獲得して、本格的に事業を始めました。

気分や好みのテイストに応じて、おすすめの「koyoi」を提案してくれる「パーソナライズ診断」を実施
気分や好みのテイストに応じて、おすすめの「koyoi」を提案してくれる「パーソナライズ診断」を実施【画像=株式会社SEAM公式サイトより】


ーーkoyoiの魅力やこだわっている部分について教えてください。
【石根友理恵】koyoiの特徴は、ウェルビーイングなアルコール文化をつくることを目標にしていますので、すべてそれに紐づいた設計になっています。まず機能面では、3%を中心とする低アルコールで、すごく飲みやすく心地いい気分が楽しめます。さらに、保存料、着色料、人工甘味料を一切使ってないナチュラル製法で製造しているので、体に優しくヘルシーです。

【石根友理恵】テイスト面でいうと、koyoiは1本に3、4種類のフルーツハーブを使っていて、バーで飲む本格的なフレッシュカクテルをしっかり再現しています。そのため、すごくリッチな仕上がりになっています。

【石根友理恵】さらに情緒面として、お酒を楽しむ場所や場面とのペアリング「シーンペアリング」にすごくこだわっていて、シーンに寄り添ったお酒のご提供をと考えています。その理由は、お酒の体験は、味そのものはもちろんですが、飲むシーンに紐づくと考えたからです。例えば、野球観戦で飲むビールや、キャンプで焚き火を囲みながら飲むお酒って、すごくおいしいし、記憶に残りますよね。誰とどういう状況で飲むかということもまさにお酒の醍醐味で、その体験価値がかなり大きいと思っています。そこで、我々は「お酒を片手に過ごしたい瞬間に入り込む体験」として、シーンを決めてお酒をつくっているんです。

ーー神宮球場で飲むビールは最高ですよね(笑)。そういったシーンとお酒を紐づけているんですね。
【石根友理恵】そうなんです。ターゲットとなるお客様に、お酒を片手に過ごしたい“ときめくシーン”についてリサーチして、統計を取りました。それをベースに、「仕事を休み、リゾートのビーチで寝そべりながら、自由の時間を噛み締めているときの一杯」といったように細かく場面設定をして、そのシーンごとに最適な味を開発しています。実は、すべてのレシピで「A子さんがどう過ごすか」というストーリーが描かれ、詳細に設定されているんです。販売方法に関しては、D2CブランドとしてEC販売をメインに選択しました。

体に優しくリッチな味わいの「koyoi」の開発秘話

「シーンをイメージさせるテイストを言語化して、そこからレシピづくりをはじめます」と語る石根さん
「シーンをイメージさせるテイストを言語化して、そこからレシピづくりをはじめます」と語る石根さん【撮影=阿部昌也】

ーー味はどのようにして決めたのですか?
【石根友理恵】まず、シーンを設定してからレシピをつくります。そのシーンをイメージする最適なテイストってあるじゃないですか。例えば先ほどのビーチのシーンだと、トロピカルフルーツとココナッツ薫る濃厚系になっています。そういうのを一つひとつ言語化していって、そこから試作に入っています。だから、シーンが細かければ細かいほどレシピがつくりやすいんです。ただ、そのせいでなかなか決まらなかった種類もあります。「これじゃなんか違う!じゃあ、フルーツを変えてみよう」と試行錯誤しています。

ーーシーンに合わせた味をつくるのはかなり大変そうですね。特に苦労された点などあれば教えてください。
【石根友理恵】はい、めちゃくちゃ大変でした(苦笑)。特に初期段階。それまでものづくりの体験・経験をしたことがなかったですし、お酒業界の仕組みを理解しないまま「やろう」と決めてしまったので…。今でもそうですが、まず製造先を見つけることに苦労しました。カクテルレシピをつくってから、それを再現するために酒蔵さんとタッグを組むという感じなのですが、酒造業界ってもともと古い業界で、酒蔵の方は大ベテランの方ばかり。そんな業界に酒事業の実績もない小娘ひとりが訪ねて行っても、「何しにきたんだ!?」みたいな感じでした。

【石根友理恵】ひたすらタウンページを見て、リストの上から下まで、片っ端から酒蔵に電話をかけました。でも、100件中、話を聞いてくれるのは1、2件程度。製造パートナー探しは本当に大変でした。

【石根友理恵】商品開発もすごく難易度が高く、フルーツがたくさん入っていて、かつナチュラル製法でつくるカクテルとなると、まあ難しくて。全商品の試作合計で100回くらいは試したと思います。

ーーそれぐらい試さないと?
【石根友理恵】スムーズに完成する商品もあれば、完成までに7、8回つくり直す商品もありました。初期のタイミングで15種類つくったんですけど、酒蔵さんとやり取りして、行ったり来たりするのにも、すごく労力をかけました。でも、そのやり取りがないといい商品がつくれなかったので、必要な時間でしたし、とてもいい経験になっています。

【石根友理恵】さらに、販売も苦労しました。当初はもっと売れると思っていたのですが、小売の世界はそんなに甘くなく…。特にアルコール市場のEC化率は3.4%と言われていて、リリース直後からつまずきました。製造パートナーを探しているときに、「ECじゃお酒は売れないからやめたほうがいいよ」とアドバイスされたこともあったのですが、1年半かけて、ブランドを浸透させながら地道に販売して、少しずつ売り上げを伸ばしていくことができました。

アルコール国内市場のトレンドとそこで戦うための戦略

多様化するアルコール市場を分析し、Webと店舗でシンプルな販売方法に取り組んでいる
多様化するアルコール市場を分析し、Webと店舗でシンプルな販売方法に取り組んでいる【撮影=阿部昌也】

ーー日本のアルコール市場のトレンドをどのように捉えていますか?
【石根友理恵】コロナ前と後で、お酒を取り巻く環境が大きく変わったと思っています。以前からビールや日本酒の需要が下降気味という傾向はありましたが、コロナ禍が分岐点となり顕著に変わりましたよね。これは海外のトレンドも一緒なんですが、やはりヘルシー志向が強くなっています。ただ一方で、ストロング系もすごく伸びているので、一概には言えないのですが。そういう意味では多様化していることは間違いないと思います。そのなかでも、私は低アルコール、ノンアルコール、クラフト系に注目しています。お客様自身の趣味嗜好と気分で選べるようになり、本当にいろいろな商品が出ては消えっていうのを繰り返しているなと実感しています。

ーー確かにコンビニの缶ビールの棚を見ても、クラフト系の商品が増えましたね。
【石根友理恵】わかりやすいのが棚の動きで、恐らく5、6年前は、ぼぼ固定の銘柄が並び、プラス新商品程度でしたが、コロナ後はクラフトビールの棚ができ、単価も一気に上昇しました。コンビニやスーパーはお酒に注力していて、シャンパン、ワインからクラフトビールまで幅広くあり、それをウリにする棚を扱うところが本当に増えました。

ーー商品プロモーションについて、Web広告費をほとんどかけていないと聞いたのですが、プロモーションはどのように行っているのですか?
【石根友理恵】はい、広告費はほとんどかけていません。D2Cの広告投下は、一般的にはLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)をあわせて広告費をかけて数カ月後に戻ってくるという理論です。これはサブスクモデルなどにあてはめやすいですよね。しかし私たちの商品の場合は、サブスクではないですし、嗜好品なので緊急性や重要性は顕著にはなく、この理論はあてはめられないと思っています。しかも、お酒は約96%が店頭で買われているので、そこにも参入していかなければなりません。現状、デジタルでの認知をしっかりと加速させながら、同時に店舗を含めた手に取りやすいところに置いていくという、非常にシンプルな方法に取り組んでいるところです。ただ、酒造業界でなかなかできていないデジタルでのブランド浸透、これを最初に体現するブランドを目指して戦略を立てています。

母として起業家として石根代表の考えと将来への野望

プライベートと仕事の両立は難しいので、共存することにしたという石根さん
プライベートと仕事の両立は難しいので、共存することにしたという石根さん【撮影=阿部昌也】

ーー働き方の多様化が注目される昨今ですが、石根さんの仕事と子育てのバランスとコツについて教えていただけますか?
【石根友理恵】去年(2022年)までは、仕事もプライベートも試行錯誤で、自己嫌悪に陥るタイミングが頻繁にあったんです。本音を言うと、個人的には子育てとの両立なんて不可能だと思っています。仕事が忙しくなると子供に寂しい思いをさせてしまうし、逆に子どもが熱を出してしまったりすれば仕事に支障をきたしてしまったり。そのせいで自己嫌悪を繰り返してきたんです。ただ必死でした。それを今年になって改めようと思い立ち、両立は無理なので“共存”していくことに決めました。できないが当たり前、80%できたらいいと思っています。

【石根友理恵】そして、「子どもは仕事をしている私の背中を見て育つ」と、信じることにしました。いろいろな母親の形があると思いますが、私は背中を見せようと決めたんです。koyoiのビンを工作に使いながら「こういうふうにつくったんだよ」とか、メディアに取り上げていただく機会があれば「こういう話をしたんだよ」とか、一つひとつ説明しながら話しています。

【石根友理恵】それから、精神的な在り方というか、自分が今どういう状態かを見極めることが重要だと思っていて、自分を大切にする時間を増やしました。具体的には、朝4時に起きて家を出る7時までは自分の時間で、好きなことをしています。仕事を終えた帰宅後は、スマホをできるだけ触らない。子どもと一緒の時間を大切にして、21時に一緒に寝ています。そういう自分のルールをつくってメリハリをつけるようにしました。

ーー女性起業家としてのキャリアのつくり方について、石根さんの考えを教えてください。
【石根友理恵】これは、私の人生のテーマでもあるんです。何が正解かまだ答えは出せていませんが、女性にとって、特に出産とキャリアの両立という面でいうと、仕事が一番乗ってきて、いろいろ経験を積む時期と出産の時期がかぶることはやっぱり多いと思いますし、どうしても、そこでなにかしらの優先順位を決めるタイミングがあると思っています。そのときに一番大事なのは、自分にとって一番何が幸せなのか考えること。キャリアでなく、子どもを優先するのも一つの選択肢ですし。もしキャリアを歩むことを望むのであれば、やっぱりやめないこと、息を切らさないことが大切だと、私自身の経験を振り返ってもそう思います。

【石根友理恵】私の場合、事業と育児をするなかで、起業家として事業をやっていくには相当な熱量が必要なんです。だから、「絶対これに人生を懸ける」という事業が見つかるまでは、無理して何かをやろとしなくてもいいんじゃないかなと思います。私もそうでしたが、女性ってペインポイント(お金を払ってでも解決したい悩み)を感覚的に察知して、「こんな物があったらいいのに」と事業化の考え方が得意な人が多いと思うんですよ。「こんな物があったらいいのに」を一つひとつ形にして、それを線でつなげばいいのではないでしょうか。無理しなくていいし、「やるときはやる」くらいの感じで準備するのがちょうどいいと思います。そのうえで、やるための目、「こんな物があったらいいのに」という視点を日々の生活のなかでしっかり養っていけるといいのではないかなと思います。

ーーありがとうございます。では、リーダーとして事業を動かしていくうえで、石根さんが大切にしていることを教えてください。
【石根友理恵】我々はウェルビーイングを実現する会社なので、まずは心と体の健康です。2つ目は任せることをすごく大事にしています。これは、サイバーエージェントで学んだことなのですが、人間は期待されることで応えようとするんです。私自身もそうでした。やっぱり期待されるとすごく頑張れるし、馬力が出るんですよね。私も頑張れる方と一緒に仕事がしたいですし、できると信じているからこそ任せています。例えば、商品開発の責任者ももともとは経験ゼロでした。でも、商品開発の味の部分をすべて任せています。あとは、時間の使い方ですね。心と体の健康にも関係しますが、遅い時間まで働くことをあまり推奨していないです。もちろん時と場合にはよるのですが、朝を早くして、できるだけ18時半には帰宅するようにメンバーにも伝えています。

――早いですね。
【石根友理恵】そうなんですよ。会社の飲み会を開催するときは17時から19時まで。嫌じゃないですか、会社の飲み会で遅くまで飲んで翌日のパフォーマンスが下がるのって。自分の時間をゆっくり過ごすことが、仕事のパフォーマンスや新しいアイデアにつながると考えています。我々はお酒という嗜好品を手掛けています。だからこそ、メンバーにも自分の人生のすべてを豊かにしてほしいと思っていますし、そのための時間づくりを工夫することもしっかり考えています。

将来の目標は、あらゆるシーンでSEAMのお酒をイメージしてもらえること
将来の目標は、あらゆるシーンでSEAMのお酒をイメージしてもらえること【撮影=阿部昌也】


ーーでは最後に、会社の今後の展望と、石根さんの将来の野望を教えてください。
【石根友理恵】会社としては、ウェルビーイングなアルコール文化をつくることをミッションにしているので、そこを最も体現するアルコールメーカーになっていくことが一番の目標です。そのために低アルコールのkoyoiをつくっているのですが、低アルコールジャンルの第一プレーヤーになっていきたいと思っています。そして、koyoi以外にも実は別のジャンルも企画中でして、ライン拡充を目指しています。カクテルから始まって、例えばビールやワインがあって、これらもkoyoiと同じく“シーンペアリング”をテーマにして、拡充して、あらゆるシーンをきりとり、そのシーンごとに私たちがつくる商品を手にとってほしいと計画中です。最終的には、「このシーンにはこのブランドのあの味」というように選ばれ、「SEAMが作っている商品だね」と第一想起が得られるような情緒的なブランドを複数つくっていきたいと考えています。野望は、シーンを総取りにしていくことですね。

ーーシーンを総取りにする。壮大で、すごくいいと思います。
【石根友理恵】それから、個人的には、子どもが私の背中を見て育ち、自分自身で人生を選択できる人間になってほしいです。あとは、私が死ぬときにしっかりとした事業があって、それを担う人材が育っていること。私の死後も100年続くブランドを築くこと、それが生涯懸けての野望かもしれないですね。死後の市場も総取りにしますよ(笑)。

この記事のひときわ#やくにたつ
・できないが当たり前、80%できたらいい
・自分を大切にする時間を増やす
・「こんな物があったらいいのに」という視点を養う

取材=浅野祐介、文=北村康行、撮影=阿部昌也