IT企業をやめて夢だった魚屋さんへ、「共感」を軸にする森朝奈さんのシゴト術

更新 2022/09/29 19:40
SHARE
株式会社寿商店2代目の森朝奈さん
株式会社寿商店2代目の森朝奈さん

人気YouTuber「魚屋の森さん」としても知られる、名古屋の鮮魚店「寿商店」の常務取締役・森朝奈さん。幼いころから「家業を継ぐ」と、父の背中を見て育った彼女は、約10年前その父の会社に再就職した。IT大手の楽天(現・楽天グループ)で得たECビジネスのノウハウと経験を手に、社内のDXや効率化を推進。父の苦手な分野をフォローしながら、会社の穴を埋め、SNSの活用など広報活動も行い、鮮魚を商う「魚屋」だった寿商店を、飲食店13店舗、鮮魚小売店1店舗、約100名のスタッフを抱える企業へと変化させた。「業務内容や会社の規模は変わりましたが、変わらないものがあります。それは私たちがこれまでもこれからも『魚屋』であること」。そう語る彼女のシゴト観、シゴト術に迫る。

事業の成長、成功につながった
会社の穴を埋める仕事の見つけ方

――夢を叶えるために、幼いときからどういった思いで歩んでこられましたか?
【森朝奈】小学生のころから、将来は家業を継ぐと決めていたので、その夢のために大学に入り、卒業後の就職先に大手IT企業を選びました。もともと父が苦手なところをフォローして、会社の穴を埋めることできれば、会社を大きくすることができると考えていましたし、そのために必要なスキルも身につけておきたかったんです。水産業でなく大手IT企業を就職先に選んだ理由は、弊社で当時EC事業を立ち上げたのですが、軌道に乗せるのになかなか苦労していたんです。そういう経緯を耳にしていたのも理由のひとつです。

――寿商店での仕事は、まずアルバイトという形でスタートされたそうですね。苦労された点や、ご自身の思いとか存在意識を示していくために、実行されたことはありますか?
【森朝奈】「社長の娘だから」っていう目で見られることが多かったので、まずはほかの社員さんと同じように、信頼を得られるよう仕事に取り組みました。そのためには、存在意義を認めてもらい必要とされる存在にならないといけないので、接客や仕入れなどさまざまな仕事を経験しました。そうやって働かせてもらいながら、会社に足りない部分、父の穴を埋めるために自分で何ができるかっていうところを、いつも考えていましたね。

【森朝奈】その中で、まず取りかかったのが接客で気がついた、メニューデザインの変更です。ただ、作り直すと外注費用が掛かるので、内製化できるように工夫しました。実務では、システムを入れてデジタルシフトを進めました。それまで業務がすごく属人化していて、社長がいないと成り立たない業務が多かったんです。今まで誰も取り組まなかったところに着眼して、自分で仕事を作るようにして、少しずつですが、ようやく存在価値を認めてもらえるようになりました。

――著書の『共感ベース思考 IT企業をやめて魚屋さんになった私の商いの心得』にも書かれていましたが、森さんが入社して変わったことといえば、SNSの活用も大きいのかなと思います。情報発信で、大切にしていることがあれば教えてください。
【森朝奈】デジタルって、すごく無機質で戦略的な部分を重要視されがちだと思うんですが、私がイメージしているSNSは、“愛着をつくるためのツール”。そう思っているんですね。だから、情報拡散させるためとか、バズらせるために企画をするというより、既存のお客様に愛着を持ってもらうため、信頼を発信するためのツールという使い方をしています。市場の様子を発信したり、珍しい魚やおいしく値打ちな魚が入荷したらその場で発信して、「毎朝、自社で魚の仕入れに行っている会社なんだな」という自社の強み(価値)を伝えるようにしたり、しています。

「父(株式会社寿商店代表取締役社長の森嶢至さん)と私の愛車。毎朝このトラックで市場へ向かいます」
「父(株式会社寿商店代表取締役社長の森嶢至さん)と私の愛車。毎朝このトラックで市場へ向かいます」

「今日もおいしくいただきます」
「今日もおいしくいただきます」

株式会社寿商店2代目の森朝奈さん
株式会社寿商店2代目の森朝奈さん


【森朝奈】だから、フォロワーを増やすための発信というより、その価値が大切なんです。本当に魚が好きな方、うちの企業のコンセプトに本当に共感してくださっている方をターゲットに、情報を発信しています。あと、私がいわゆる皆さんがイメージする魚屋さんと違うからなのか、よく視聴者さんから「本当に魚屋さんなの?」と言われるんです。リアルであれば目の前で日々の仕事ぶりを見てもらえることで、そんな質問は出てこなかったのですが、きっとSNSだからこそ日常の切り抜きも見せていかないと、イメージで判断されてしまう。なので、ルーティン的に市場の様子や仕入れの映像みたいな魚屋ならではの仕事風景を日々発信することも地道に繰り返しています。

――同じく社内連絡や連携のツールとして、LINEを上手に活用されているそうですが。
【森朝奈】まずは、コミュニケーションの部分ですね。もともとうちはチャットなど、スタッフ間の連絡方法が存在していなかったので、コミュニケーション不足による社内課題も多く、社内の業務連絡ツールとして各店舗やプロジェクトごとのLINEグループを作って連携を強化しました。そして、大きいところでは受発注です。うちの鮮魚卸事業部への発注が、今までFAXや電話、メモだったんですが、受発注システムを入れてデータ分析をできるようにすることで、社内に数字意識を植え付けていくように変えました。

――導入するときは、やっぱり高いハードルでしたか?
【森朝奈】いまだにそうですが、やっぱりPCに触ること自体にアレルギーがある方がこの業界はすごく多くて……。そもそもLINEをプライベートで登録していない方もいました。そういう方にはビジネスアカウントを作ったり、SNSがわからない人にはFacebookアカウントを作ってあげたり、まずはスモールスタート、基本的な部分から着手しました。

――森さんが、仕事において大切にしていることは、どんなことでしょう?
【森朝奈】会社の「穴を埋める」ということを主に意識していたので、今まで自分が「やりたいこと」というより、「必要とされること」をやってきました。そこに仕事のやりがいを感じるんですよね。求められていることが存在意義なんです。だから、会社も社会に対して同じようにできるといいなとずっと考えていて、「社会に必要とされ続ける」=「社会に貢献ができる会社」だと、私は思っています。そういう意味で、時代に応じて「穴(=必要とされるところ)」を埋めていける、柔軟性のある会社にしたいですね。

――自分の仕事に自信や誇りを持ってやっていくのは難しいと感じる人も多いと思うのですが、森さんの仕事の見つけ方や、自信を持つうえで何か秘訣になるようなことはありますか?
【森朝奈】自分が得意としている領域を見つけるには、「こういうジャンルが得意」という自己分析が必要だと思います。仕事を選ぶなら、自分がやりたい仕事を選ぶのも良いのですが、自分の得意ジャンルを必要としてくれる場所で働くことを私はおすすめしています。ここだったら、人の役に立てたり、穴が埋められるって考えて選ぶと、求められているからやっぱり自信がつきますよね。それから、そういう場所を選ぶと、その仕事を他にやっている人がいないから、意外と自由に裁量を持たせてもらえるんです。

【森朝奈】私の場合は、そこで経験値が上がりました。最初、広報の仕事がよくわからなくて、プレスリリースも本を読みながら書いたりしていましたけど、そういうのもやっぱり経験でして。本当に必要とされるところで挑戦することは、スキルアップするために、すごくいいんじゃないかなと思います。

――前職で経験したことで、今、武器になっていることはありますか?
【森朝奈】前職は企業組織だったので、その中でしっかりとした福利厚生や評価制度などを体験できたのは、今に生きていていますね。実際、私が入社したころの弊社は、就業規則を誰も把握していなくて……。さらに、アルバイトさんでも有給を消化しなきゃいけないという世の中で、有給制度がしっかり浸透していませんでした。

【森朝奈】そういうところも、大企業にいたからこそ危機感が持てたんだと思います。そういう制度を整えることは、恐らく最初から会社の中にいたら気づかないことだったと思うんです。はじめ、「IT企業ではなく水産関連の会社に就職したほうがいいんじゃないかな」と考えたこともあったのですが、異業種で働けたからこそ、固定観念がない発想ができていることに気がつきました。「飲食ってこうだから、こうしなきゃいけない」とか「これまでの採用がこうだから、こうしなきゃいけない」っていう、固定概念に捉われなく仕事ができたので、コロナ禍もそうした考えから生まれたアイデアで乗り切れたと思います。

――確かにほかの世界を知っているがゆえ、周囲が気づかないことが見えるわけですね。
【森朝奈】そうですね。常に「もっとこれ効率化できるのでは?」って。効率化志向の会社からアナログな会社になって、真逆ですから。

デスクワーク中の森朝奈さん
デスクワーク中の森朝奈さん


コロナ禍にスピード感を持って新しいことに挑戦!
魚の楽しみ方を新提案

――コロナ禍で「鮮魚BOX」がすごくヒットしましたが、あらためてどういった思いで生まれたものか、教えてください。
【森朝奈】あれは、最初の緊急事態宣言のときだったので、2019年のゴールデンウィークぐらいのタイミングでした。仕入れに市場へ行ったら、普段なら見かけない高級魚がたくさん入荷されていたんです。基本的に、名古屋に定期的に希少な高級魚が流れてくることは少ないんですね。ただあのときだけ、東京や大阪の市場で需要がなくなったであろうとても大きいクエのような高級魚が格安で市場に並んでいたんですよ。立派なタイなんかもいつもよりずっと安くて。買いたいとは思いましたが、うちも休業しなきゃならないし、取引先も全店休業しているし、購入したところで売り手がないな……と。でも、「仲買さんが売れ残ってしまうと困っているなら、いい魚だしなんとか売りたいな」と、インスタのストーリーに「今日タイがめちゃめちゃ安いけど、いる?」など定期的にアップして知人に譲っていたら、けっこう問い合わせが増えて。知らない方からの連絡も増え、DM対応が大変だったので、その2日後には商品ページを作ったんです。それが「おまかせ鮮魚BOX」という商品のはじまりでした。「5000円のおまかせBOXにその日のおすすめ鮮魚をお値打ちにつめこみます」として、家庭で使いやすいように、すべて下処理をし、さらに好き嫌いやアレルギー、家族構成にも対応することを謳い、注文を受けるようにしました。

株式会社寿商店2代目の森朝奈さん
株式会社寿商店2代目の森朝奈さん


――スピード感がすごいですね。
【森朝奈】休業中はそれでつないでいこうと、緊急対策的な感じでやっていたら、メディアにも取り上げられるなどの影響もあり、急に1日2000件とか注文が入るようになって。自宅待機予定だった社員さんにも通常通り出勤してもらい、一緒に、1カ月くらいかけてその出荷をしていました。前職のコンセプトのひとつに「スピード!!スピード!!スピード!!」っていうフレーズがあって。常にそれを意識するようにしていたので、すぐに需要に応じて商品ページを用意したり改良したのが、功を奏しましたね。

――昨年オープンした、サカナノバーガーについてお伺いします。著書で「自分の子供のよう」と表現されていましたが、オープンに至った思いや、苦労した点などあれば教えてください。
【森朝奈】サカナノバーガーも、コロナが理由で始めた事業です。居酒屋が軒並みアルコールの提供ができなくて、お客様も減少の一途をたどるなか、唯一、Uber Eatsなどテイクアウト業態が伸びていました。うちの場合、系列店のフィッシュ&チップス専門店「FISH&CHIPS SEATTLE FISH MARKET」が、コロナ禍でお客さんが少ないにも関わらず、テイクアウト業態として認知され、居酒屋店舗に比べて売れていたんです。そこから着想を得て、フィッシュバーガー専門店を始めてみようと試みたんです。

【森朝奈】魚って、今あまり家で食べてもらえないんですよね。鮮魚BOXをやって思ったのは、下処理をして「これは煮付けにしてね」と、説明がないと買っていただけないんですよ。一匹まるまるだとスーパーでも買うことが少ないみたいですし、このままだとコロナ禍で魚の消費量が減ってしまうと危機感を感じ、魚をもっと手軽に食べられる業態ということで、フィッシュバーガーに決めました。

サカナノバーガーの「桜海老香るWぷり海老バーガー」。海老ぎっしり!ぷりぷりむきエビと国産豚肉のパテ(写真は桜海老ソフトをかけています)
サカナノバーガーの「桜海老香るWぷり海老バーガー」。海老ぎっしり!ぷりぷりむきエビと国産豚肉のパテ(写真は桜海老ソフトをかけています)

サカナノバーガーの「手作り丸ごと アジフライバーガー(骨せんべい付)」。3枚卸しから手間暇かけたジューシーアジフライ!
サカナノバーガーの「手作り丸ごと アジフライバーガー(骨せんべい付)」。3枚卸しから手間暇かけたジューシーアジフライ!


――ロゴデザインからスタッフ募集まで、全領域、森さんが携わり生み出されたそうですね。もともと専門ではない領域の仕事をするためにコツはありますか?
【森朝奈】弊社に入社してから約10年の間、何か専門となる仕事をしていたわけではなく、必要とされることを必要に応じて、コレとアレとソレっていう“なんでも屋”をしていたので、ある程度の社内の情報知識が基礎として身についていたんです。キッチンスタッフの隣で働いていたり、仕入れをしたり、時には弁護士とやり取りもしました。会社の穴を埋めながら働いていたら、わりと会社全体が見えるようになっていたんです。その中で、キッチンの経験を活かして「こういう店なら、この厨房設備はあそこにあったらいいな」と厨房デザインをイメージするのも、接客の経験を活かして、こういう店舗イメージがいいのではと構想するのも、そんなに難しくなかったです。専門的な知識は、専門家の方に具体的に聞けば教えてくださったので。

――オープンから1年ちょっと経過しましたが、現状や今後の展開で考えていることを教えてください。
【森朝奈】サカナノバーガーは、ちょうど福井にフランチャイズの4店目がオープン(2022年8月オープン)して、約1年で4店舗まで成長できました。今、YouTubeも含めて、ブランドの認知を広めようと取り組んでいる最中です。コロナでダメージを受けた魚料理専門店や鮮魚店も多いので、そういう魚の取り扱いに慣れた方と協力して、手軽にできるフランチャイズビジネスとして展開していけたらいいなと考えています。だから、自社一強で競合を抑えながらどんどん多店舗展開していこうっていう意識はあんまりないんですよ。周囲と協力しながら、全国の美味しい魚が紹介できるような店舗になれたら、すごくいいんじゃないかなって思っています。

【森朝奈】やっぱり、「魚屋」という父の商売で小さいころから育ててもらっているので、水産業に恩返しをしたいなって思います。あと、この仕事をしていると生産者の方に触れる機会も増え、漁師の方の過酷な労働環境や、後継者問題などのお話も現地で聞くので、もっと若い方に入っていただいて、活性化できたらいいなと考えています。日本は水産大国ですし、必ず盛り上げなきゃいけない業界なのに、すごく高齢化しているんですよね……。水産業の魅力が伝えきれていないっていう問題は感じているので、客観的な視点で何かできることがあるんじゃないかなって考えています。

聴く力でバランスをとる
森さんのマネジメント術

――職人気質が強い方々に、物事を伝える難しさはありませんでしたか?
【森朝奈】そうですね。今でも、やっぱり悩むことは多いです。職人の方は「自分の腕を極めたい」「自分の世界観を表現したい」という、クリエイティブな方も多いんです。昭和世代の方だと上下関係を仕事柄厳しく教育されてきた世代でもあるので重要視しますし。だから、今の平成生まれのアルバイトさんが入ってきても、ぶつかり合うことも多くて……。その間に入って、お互いの価値観を擦り合わせるのは難しい仕事ですね。「職人さんの考えが合わないから辞めます」とか……やっぱりそういう面談は多いです。それを職人さんに、どう伝えるかも悩みどころです。どちらかが正論ということは少なく単純に価値観の違いなので、どっちかの味方につくことをせず、人と人のバランスを取るという部分は、すごく意識しています。

――森さんは、リーダーとしてマネジメントしておられますが、マネジメントをするうえで心掛けていることを教えてください。
【森朝奈】やっぱり、誰の肩も持たないっていうのは難しくて、中間管理職になると、自分の意思より周りのバランスを取ることがすごく大切だと思います。経営者の方が方向性を示すこともすごく大切ですが、みんなをマネジメントする面では、ワンマン経営でない限りバランスを取ることがすごく大事です。

【森朝奈】人事配置にしても、誰の肩も持たずにバランス視点で人選をして、目的達成のための人間関係づくりをどう構築するかがポイントだと思います。あと、理解してあげるためのヒアリング能力はめちゃめちゃ大事だと思っています。特に私より下の世代の考えは、バックグランドを聞いてみると「あっ!だからそうなんだ」って、共感できることがあります。大切なのは、相手の視点から物事を見ること。ヒアリングしながらバランスを取るのは、正解がないので難しいですけど、表面的な部分だけでなく、その考えや思いの背景まで少しでも理解できるようにと心掛けています。

――相手の視点から物事を見る。とても大切なことですが、自分の考えと違う場合もあるでしょうし、大切さを理解しながらも、実践するのは難しいと感じている人も多いと思います。森さんがうまくできている理由について、ご自身ではどう分析されていますか?
【森朝奈】うまくできているかはわからないですが、やっぱり自分が培った実績より、「周りの人が成長していくためにどうする?」っていう思考に変えないとダメですよね。新人の方を教育するときに、「いや私はこうやってきたから、あなたもこうしてください」という教え方だと、やっぱり理解してもらえないし、共感してもらえないと思います。「この子は、アルバイト時代はこういう仕事をしていて、あ!こういうことは得意なのね」とか、「ああいう環境で働いてきたから、今この環境に対して不満を持っている」といった、バックグラウンドがわかって初めてできることなので、やっぱり話を聞くとか、理解をするっていう、そのプロセスはめちゃめちゃ大事にしています。デジタル化で効率化できる分、こういうアナログの部分にはしっかりマンパワーを使っていかなければと考えています。

――確かに、デジタルで効率化できるなら、そこで生まれた時間をアナログの部分に割いていくことが大事かもしれないですね。
【森朝奈】その切り替えは私の中ですごく意識してきたので、オペレーションができている部分は任せて、自分にしかできないことって何だろうって常に考えています。

モチベーションを維持するための
ワークスタイルと考え方とは?

――壁にぶつかったりしたときに乗り越える秘訣や、考え方がもしあれば教えてください。
【森朝奈】私にも、家業を継ぐことをやめようと思ったり、父へのリスペクトが薄れてしまったりしたことは、当然あるんですよ。前は、「跡取りとしてこうしなければいけない」とか「自分が選んだ道だから責任を取らなきゃいけない」って思っていたので、けっこう悩みやすかったです。ただある日、「自分で会社をつくってもいいんだ」とか「会社を辞めて好きなことやってもいいんだ」といったように、“プランB”を具体的に考えるようにしたら、楽になったんです。今の環境への感謝や、原点の気持ちをすごく思い出せて、もう1回頑張ろうって思えるようになりました。

――ひとつの軸だけでなく、別プランを持つということですね。
【森朝奈】「自分はこういう道も選べるぞ」って、自分のキャリアを考えておくことがまず大事だと思います。そのうえで、「この仕事を続けたい」って思える回数が増えるほど覚悟を持ってがんばれるので、悩んだ数だけ成長しているなって感じますね。ポイントは、具体的に辞めるまでをイメージしてみることですかね(笑)。

――森さんは携わる仕事の領域がかなり広いのですが、どうやって時間をコントロールしているんですか?
【森朝奈】プライベートの時間がなくても平気なんですよね。常に刺激があるほうが楽しいので、休みがなくてもそれほど負担にならないんです。だから、時間はコントロールできていないのかもしれません(笑)。

――リフレッシュしたいときは、何をしていますか?
【森朝奈】遊びに行ったり飲みに行ったりすることより、リフレッシュではないですけど、やっぱり自分がやった仕事がきちんと評価されることのほうがモチベーションがあがりますね。例えば、福島の水産に対する風評被害を減らしたかったので、先日、YouTubeで福島出張の動画をアップしたんです。すると、69万回(2022年9月現在)くらい再生されて、福島在住の漁師さんや水産関係の方から「本当にありがとうございます」というお礼のコメントがあって。やってよかったなって、ここ最近では一番うれしかったです!

【森朝奈】SNSは、直接お客様や視聴者の方とつながれる場所なので、モチベーションもテンションがアップしますね。もちろん予期しない誹謗中傷もあるのでダメージを受けたりすることもありますが、基本的にポジティブな関わり合いの方が多いので、特にYouTubeはリフレッシュができて、やる気をもらえる場になっています。

――ネガティブなコメントを気にしないようにするために心掛けていることはありますか?
【森朝奈】まず、YouTubeを始めて驚いたのは、視聴者層の幅の広さでした。それまでは、周りにいる人って自分と近い人だけでしたから。初めのうちは、YouTube やSNSを通して、さまざまな価値観の人たちの意見やコミュニケーションが届くようになったことに、若干違和感を覚えていました。ネット越しですと、対面ではないようなセクハラのようなコメントも多いですし……。でも、続けていくうちに、あることに気がついたんです。

――あること?
【森朝奈】登録者が伸びるたびに、そういうマイナスなコメントが増えるんです。でも、落ち着いてくると、ポジティブな応援コメントが増え、また新たに登録者が伸びるタイミングで、再び誹謗中傷コメントが届きます。そのループの繰り返しだったので、ネガティブなコメントが多いときは、「私やお店のことを知らない新しい層に届いているんだ」って、成長していると思えるようになりました。おかげで「自分がこういうふうに見られているんだな」と認識できるようにもなりましたし、前向きに捉えられるようになりました。

この先の水産業と魚食育を盛り上げるため
業界全体を元気に!

――水産業など“魚の仕事”に就きたいと思っている人に、この仕事の魅力を教えてください。
【森朝奈】衣・食・住の中でも“食”は、人に喜びを提供できる回数が多い事柄だと思うんです。飲食業はエンドユーザーの方と接点が持ちやすいので、わかりやすく、とてもやりがいのある仕事だと思います。その中で、魚って日本の誇るべき食文化であり、日本の水産業って絶対なくならない仕事です。それを継承することで社会的貢献できる意味もすごく大きいと思います。一方で、もちろん課題も多くあります。まだデジタル化や効率化がされてない部分も多いですし、高齢化の問題もあります。でも、課題が多いからこそやりがいがあると思うので、乗り込んでくれる方がいれば、ぜひ一緒にいろいろ盛り上げていきたいと思いますね。

――課題があるということは、逆に自分がやれることを探せる可能性もあるということですもんね。
【森朝奈】仕事って、絶対そっちのほうが楽しいですもん。

「魚屋の台所 下の一色」本店前での家族ショット
「魚屋の台所 下の一色」本店前での家族ショット

「寿商店の社長室は『船長室』と呼ばれています」
「寿商店の社長室は『船長室』と呼ばれています」


――では最後に、森さんの今後の野望を教えてください。
【森朝奈】やっぱり私は、単純に魚が好きな方をもっと日本に増やしていきたいと思っています。そのためには、私より若い世代の方にもっと魚を食べていただきたいですね。まずは、YouTubeやSNSなどで発信をして、それに共感してくださる仲間の方、FCのパートナーの方などと、魚食普及の活動をしながら、日本の水産業を盛り上げていきたいです。うちのオンラインサロン(寿商店ファミリーサロン)に集まってくれる人たちも、本当に魚好きで、もっと魚食を増やすためにはどうしたらいいかって考えてくださる方ばっかりなんです。こういう仲間との出会いも大切にして、本当に業界全体でベースアップしていきたいですね。業界全体が元気じゃないと弊社も続かないので。私も受け継ぐ立場から、つないでいく立場になるときに、より良い状態で継いでもらいたいですから。

株式会社寿商店2代目の森朝奈さん
株式会社寿商店2代目の森朝奈さん


この記事のひときわ#やくにたつ
・誰も取り組まなかったところに着眼して、自分で仕事を作る
・自分の得意ジャンルを必要としてくれる場所で働く
・相手の視点から物事を見る
・自分のキャリアの“プランB”を考えておく
・課題が多いからこそやりがいがある


取材・文=北村康行

【プロフィール】森朝奈(もりあさな)。愛知県名古屋市生まれ。早稲田大学国際教養学部卒業後、楽天(現・楽天グループ)へ入社。その後、父親が創業した、鮮度抜群の魚介が地元で評判の「寿商店」に入社する。現在は常務取締役として、市場での仕入れから下処理・加工、取引先への卸し、飲食店の経営に奔走。魚好きが集える場所としてのYouTubeチャンネル「魚屋の森さん」などのSNSや、ファミリーサロンの運営を行い、魚食と水産業のファン拡大に努める。好きな海の生き物はくじらで、入社後につくった寿商店ロゴのモチーフに使用。好きな見た目の魚は金目鯛、味は太刀魚。2022年6月に初著書『共感ベース思考 IT企業をやめて魚屋さんになった私の商いの心得』(KADOKAWA)が発売され、大きな話題を呼んでいる。

人気ランキング

お知らせ