図らずも新型コロナウイルスがひとつ“引き金”となり、ビジネスシーンにおいてリモートワークは一気に拡大した。そんななか、株式会社HQは、実際にリモートで働く社員一人ひとりの住環境に合わせて、PCモニターや椅子、デスクなどを提供するサービス「リモートHQ」を展開中だ。

同社のCEO坂本祥二さんは、多くの企業が、この職場環境の大変化とどう付き合っているかをつぶさに見ている。自らも八ヶ岳に居を構える坂本さんに起業のきっかけや、同サービスを始めた想い、今後の事業展開、さらには本人のキャリア観、仕事観を聞いてみた。

株式会社HQの坂本祥二CEO
株式会社HQの坂本祥二CEO

――まず、起業のきっかけとその背景からうかがえますか?
【坂本祥二】もともと起業するつもりはなかったのですが、きっかけはコロナでした。我々は今、社員37人(非常勤社員を含む)で「リモートHQ」というリモートワークのサービスを手掛けています。詳細は後ほどお話ししますが、人が働く場でコロナが生み出した変化はリモートワークだけではありません。日本における個と組織の関係、働き方そのものが、根本的なところから大きく変わり始めたと思っています。

【坂本祥二】それを証明するかのように、人的資本経営、リスキリングといった用語や、「女性の役員の比率を上げないと」といった、もっぱらコンプライアンス文脈でしか聞けなかったような話が、コロナを起点に、メインストリームの話題としてメディアでも頻繁に見かけるようになりましたし、保守本流と呼ばれるような大企業も「この先、働き方が大きく変わっていくだろう」と言い始めました。そうした世の中の変わりようを見たときに、ビジネスパーソンの働き方というフィールドで、何か社会的なインパクトを出せるんじゃないか、と創業を考え始めました。コロナがなければ、僕は起業しませんでしたし、社会にそういう変化を強いたという意味で、コロナは“黒船”だったと僕は捉えています。
 
――コロナ前から興味を持っていた分野だったんですか?
【坂本祥二】僕のなかでは、この分野は前職とつながっています。起業前に在籍したLITALICOは、放課後等デイサービスや児童発達支援など、障害者向けの事業を手掛ける企業でした。障害にはグラデーションのような多様性があります。その種類も度合いも違う人たちを丸ごと包含し、一人ひとりに寄り添える社会システムをつくっていきたいという思いが当時はありました。リモートワークも同じです。働く人のための支援と障害者のための支援は、アプローチこそ違えども、個々の人に寄り添うための社会システムの構築という点で、僕の中ではつながっているんです。
 
――人の働き方そのものにフォーカスした理由は?
【坂本祥二】まず、事業を通じて本当に影響を与えたい、豊かにしていきたいのは、人間一人ひとりの生き方、人生の送り方に対してです。その人生のなかではやはり「働き方」が、先程お話しした歴史的な転換点を迎えている今、技術的にも価値観のうえでも変化率が一番高いと考えたんです。まずはここにフォーカスすることで、より大きなインパクトを社会に与えられるんじゃないかと思いました。

――リモートHQのサービスについて、具体的に教えてください。
【坂本祥二】一言で言うと、会社の福利厚生へのサポートとして、社員一人ひとりにぴったりのリモートワークの環境整備を行うお手伝いです。お客様の企業には、例えば社員一人あたり予算5000円の制度を設定していただいて、その枠内で個々の社員のご自宅に支給するデスクや椅子、パソコンなどをご用意して、個別最適の環境整備を行います。あるいは電気代、ネット使用料、書籍代などの支給を非課税で充てることができます。

リモートHQのサービス内容
リモートHQのサービス内容

【坂本祥二】こうしたサービスを自社で内製化している会社もあるのですが、用意する備品のラインナップの是非が問題になったり、すでにモニターを持っている社員に重複して支給してしまうなど、個別対応がものすごく面倒くさくなってしまいます。しかも、これを単に会社の福利厚生の一環として行うと、社員への支給分が報酬の増えた分として、より高い限界税率で課税されるため、手取りがぐっと減ってしまうのです。しかし、我々を使えばそうした福利厚生面での負担も少なくなるし、データ・AIの活用や、我々がコンシェルジュと呼ぶプロフェッショナルの手助けで、社員の方々全員が一人ひとり違う形でご満足いただけます。

――このビジネスモデルはどうやって思いついたのですか?
【坂本祥二】グループ全体で社員数千人を抱えるLITALICOに在籍していたときは、コーポレート部門を管轄する立場にいました。そのため、今の我々の顧客にあたる企業の方々と同様の、福利厚生上の課題に当事者として向き合っていました。例えば経営会議で、普段から数千万、億単位の金額で議論しているなかで、エンジニアから「モニターを支給してほしい」と言われると「確かになあ」とは思いつつ、「単価がいくらまでなら支給していいんだろう?」とか、支給したらしたで「じゃあ、椅子はどうするんだ」となって、事業部長や役員陣も困っていたんです。

【坂本祥二】下手に「ここは〇万円」と大盤振る舞いしたら変な具合に使われるかもしれないし、かといってあまりに少額では何もできません。きちんと管理しないと課税されたり、上場基準を満たせなくなる。そういうお客様の悩み、課題を自分ごととして管理できない業者には、発注などしませんよね。それに、僕はCFO(最高財務責任者)として、PL(損益計算書)を見て利益を出さなければいけない立場でしたから、コストや税務には敏感でした。そうした経験からお客様の立場は理解できますので、少しでもその利益に貢献するようなサービスにしたいという気持ちもあって、それがこのビジネスモデルの構築につながった、というところはあると思います。

【坂本祥二】ちなみに、支給するモニターや椅子は基本的に我々の所有物です。ただ、いろいろな会社さんと提携して使わせていただいているので、すべてが我々の在庫というわけではありません。ビジネスの備品の業界はおもしろくて、1点10万円の椅子が、ある日突然、数百個単位で不要になることがあります。保管料が高くつくし、メルカリでも売れません。今ならコロナで撤退した会社のオフィスの備品なども残っているので、我々もスムーズに入手させていただいています。

リモートワーク特化型のラインナップ
リモートワーク特化型のラインナップ


――社員一人ひとりへのカスタマイズについては、どのように対応しているんでしょうか?
【坂本祥二】大きく分けて2つあります。1つは社員の方々の各種データです。職種、年齢、リモートで使う部屋のサイズ感、2つ目は今、必要な備品のうち何を持っているか、どんな解決すべき課題を持っているかの聴き取り、さらに部屋の写真もご提出いただいて分析します。例えば、座るときに前傾姿勢になる方と後傾姿勢になる方とでは違う備品をお勧めしますし、「部屋が狭い」というだけならだいたい対応可能です。リモートのための環境が優れてない方にはパッケージを提供して手取り足取りお教えしたり、エンジニアの方のキーボードのマニアックなこだわりに対応したりと、社員の方々へのパーソナライズは非常に手厚く行います。過去に素晴らしい職務経験を持つが、今はリモートワーク勤務をしたいという地方の子育て層の社員を採用して、一人ひとりの社員さんの相談にリモートで対応していただいています。ですから、社員さんには「こんなに丁寧に教えてくれるのか」とけっこう感動していただいています。

リモートHQの活用事例
リモートHQの活用事例

――どんなクライアントを相手にしていますか?
【坂本祥二】IT企業や、ある程度業績を伸ばしている企業さんのリモートワーク率が高いですね。それから大企業。規模が大きいほどリモートワークの比率は上がっています。製造業の企業様の引き合いも多いです。例えば社員数8304人(2023年3月末時点)の車載アンテナ大手であるヨコオさんは、群馬県の工場に大規模な食堂を新設する一方、東京本社はオフィス縮小のために我々を入れてリモートワークと、リアルとリモートの両建てで設備投資を進めておられました。我々は新しい企業ですが、徐々に信用も高まっていて、大企業さんからの引き合いも徐々に増えています。

株式会社HQの坂本祥二CEO
株式会社HQの坂本祥二CEO

――リモートHQサービスの成長戦略と、今後の計画を教えてください。
【坂本祥二】現時点でのセグメント別の売り上げはリモートHQが100%であり、ここを持続的に成長させていくつもりですが、リモートワークはあくまで一手段。我々はリモートワークを広めることを目的とする会社ではないのです。一番大きな成長の源泉として、リモートワークの領域を超えた新サービスの開始を来春に予定しています。詳細はまだ申し上げられませんが、仕事で現場に出なければならない方々も、リモートとリアルの双方を使いこなすオフィシャルワーカーの方々も、共に全員がより働きやすくなる、すべての個性や違いに対応できるようなサービスを見出していきます。

【坂本祥二】これには非常に強い需要を感じていまして、一部の企業さんとはすでにお話を始めています。リモートHQでは、従業員が数千人規模のお客様が最大ですが、新サービスは数万人規模の企業様を狙えると見ていて、すでに僕もこちらのほうに自分の時間を多く費やしています。あと2年ほどはリモートHQが我々の事業の柱であり続けますが、最終的にはこの新サービスの売り上げが、リモートHQのそれより大きくなると考えています。