早速だが、みなさんはどんなシーンで「トマトジュース」を飲むだろうか。食事のお供だったり、リコピンをはじめとする栄養素を摂取するため、あるいは料理に使用したりとさまざまかもしれない。

いずれにしても日頃の生活を送るなかで当たり前にある商品なわけだが、トマトジュースを製造・販売するカゴメ株式会社によると、発売当初から爆発的にヒットした商品ではなかったようだ。では、なぜここまで支持されるようになったのだろうか。また、このトマトを搾ったシンプルな商品には、一体どんな企業努力が詰まっているのか。

今回は、カゴメ株式会社(以下、カゴメ)マーケティング本部 主任の伴諭さんに、トマトジュースの誕生秘話と製造のこだわり、そしてブランディング戦略の変遷を聞いた。

もともと営業を担当していた伴さん。今回は、営業時代のエピソードも話してくれた
もともと営業を担当していた伴さん。今回は、営業時代のエピソードも話してくれた【画像提供=カゴメ】


発売当初はまさかの不調!?テレビ放映開始がきっかけでブームに

カゴメの創業者・蟹江一太郎氏が、軍隊時代の上官から受けた言葉からヒントを受け、1899年にトマトをはじめとする、西洋野菜の栽培を開始したのがすべての始まり。その後、1903年にトマトソースの製造をスタート。1917年に「カゴメ印」を商標登録するなどして、1933年に発売されたのがトマトジュースだ。

「視察でアメリカを訪れていた当時の営業担当取締役が、トマトジュースの存在を知り、日本に持ち込んだのがきっかけでした。今ではスーパーやコンビニで当たり前のように販売されていますが、当時は『トマトジュースって何?』と言われるくらい認知されていなかったんです。そのため、発売から20年以上は売り上げがあまりよくありませんでした」

【写真】1930年代の製造の様子。カゴメでは「畑は第一の工場」という商品づくりの哲学のもと、1899年の創業以来、農家と契約栽培に取り組んでいる
【写真】1930年代の製造の様子。カゴメでは「畑は第一の工場」という商品づくりの哲学のもと、1899年の創業以来、農家と契約栽培に取り組んでいる【画像提供=カゴメ】

1933年発売当初の商品パッケージ。飲料品というより、トマト缶のような見た目だった
1933年発売当初の商品パッケージ。飲料品というより、トマト缶のような見た目だった【画像提供=カゴメ】


日本での発売当時は、西欧式のレストランや高級なホテルに卸していたという。アメリカではハイソで健康的な飲み物として販売されていたそうで、現在のようにどこでも売っているわけではなかった。

「1953年に日本でテレビ放映が開始されたのが、大きな転機となりました。西洋野菜の普及のまたとないチャンスとして、そこからいろいろな施策を打ちました。まず高度経済成長の1960年代には『行動派ビジネスエリートに安らぎを与える飲み物』と銘打った広告を展開。“デキる男の飲料”と言われ、人気を博しました。このようにターゲット層を明確にしたことによって、当時のビジネスパーソンを中心に多くの方にご購入いただけるようになりましたね」

1968年の商品パッケージ。発売当初と比べて少しスリムに
1968年の商品パッケージ。発売当初と比べて少しスリムに【画像提供=カゴメ】


1970年代から80年代にかけては、「風呂上がりの一杯」というキャッチコピーで、より広い層へのアプローチを実施した。当時の日本は洋食化が進んでおり、日本国内で生活習慣病が騒がれ始めた時期だったため、健康志向が高まりつつあった。こうした時代背景から、トマトジュースのおいしさと健康的な価値が広く浸透し、さらに競合ブランドの参入で市場は拡大していった。

1972年の商品パッケージ。このころから飲料品らしい見た目に
1972年の商品パッケージ。このころから飲料品らしい見た目に【画像提供=カゴメ】


バブル崩壊にエナジードリンクなどの台頭で人気は下火に...

かくして、一般に広く認知されるようになったカゴメのトマトジュース。しかし、1990年代に入ると、バブル崩壊により景気が後退。外食で乱れた食生活を支える役目もあったトマトジュースも影響を受けた。以降、長期間に渡り苦戦を強いられたそうだが、どのように打破していったのだろうか。

「“余計な味がしない”というコンセプトで、あらためてトマト100%のおいしさを訴求し始めたのが、1998年ごろです。また、同時期にふたたび生活習慣病の警鐘や予防が叫ばれるようになってきたので、健康ニーズを取り込むため、2000年ごろから『リコピン』の訴求をスタートしました」

1998年の商品パッケージ。1985年にRO(逆浸透圧)濃縮技術の特許を取得したことで、年中品質をキープしたまま商品を提供できるようになった
1998年の商品パッケージ。1985年にRO(逆浸透圧)濃縮技術の特許を取得したことで、年中品質をキープしたまま商品を提供できるようになった【画像提供=カゴメ】


加えて、2000年代中ごろになると、健康的な飲料として「滋養強壮ドリンク」や「エナジードリンク」が台頭。トマトジュースの価値が相対的に低下する結果となってしまった。しかし、カゴメはトマトのDNAを解き明かすため、日々研究を続けていた。

「風向きが大きく変わったのは、2015年の『機能性表示食品』制度の開始でした。前述の研究の積み重ねによって、知見が溜まり始めていたので、すぐにアクションを起こすことができました。ヘビーユーザーである、40〜60歳代の方が最も抱えている『血圧・コレステロール』といった機能性をつけることで、今までご愛飲いただいていた方は、より習慣的に飲んでいただけるように。逆にこれまであまり購入されたことがない方には、トマトジュースの新たな魅力を“再発見”していただける機会が増えました」

2002年の商品パッケージ。2016年に「善玉コレステロールを増やす」(リコピン)こと、2018年からは「高めの血圧を下げる」(GABA)ことをサポートする機能性表示を追加
2002年の商品パッケージ。2016年に「善玉コレステロールを増やす」(リコピン)こと、2018年からは「高めの血圧を下げる」(GABA)ことをサポートする機能性表示を追加【画像提供=カゴメ】


毎年8月はトマトを“一斉出荷”!?カゴメ一丸となる取り組み

定番のトマトジュースのほかに「カゴメトマトジュース プレミアム」(以下、プレミアム)という商品があるのをご存じだろうか。定番商品では健康価値の訴求を行っているが、2014年に発売したプレミアムは“トマトのおいしさ”をとことん追求している。そして毎年8月には、国産の新鮮なトマトを搾ったジュースを、プレミアムとして期間限定で販売しているのである。

「その後、市場の拡大とともに、海外のトマトペーストも調達し、使用してまいりましたが、ストレート(トマトを搾ってそのままジュースにしたもの)のおいしさを守りたい想いで、1985年にRO(逆浸透圧)濃縮技術を開発。以降、フレッシュなトマトジュースに近い味わいを提供できるようになりました。これが現在の定番商品(濃縮還元タイプ)ですね。一方2010年からは、旬の国産トマトのおいしさを発信する取り組みを行っておりまして、2014年までは価格を変えず、夏場はストレートを販売、売切れたら定番商品を販売していました。そして2014年から、弊社独自の『とれたてストレート製法(R)』で作った、プレミアムの発売を開始しました」

「カゴメトマトジュースプレミアム食塩無添加」(195ml紙容器)。カゴメ独自の搾汁方法により、さらっとしたのどごしを実現し、熱をできるだけかけずにすばやくパックすることで、トマトの爽やかな香りを残している
「カゴメトマトジュースプレミアム食塩無添加」(195ml紙容器)。カゴメ独自の搾汁方法により、さらっとしたのどごしを実現し、熱をできるだけかけずにすばやくパックすることで、トマトの爽やかな香りを残している【画像提供=カゴメ】


8月にとれたてのトマトジュースを出荷することを、カゴメ社内では長年“一斉出荷”と呼び、会社の伝統的な行事となっている。毎年新入社員は、そんな製造の様子を見学・体験するべく、製造工場やトマトの畑に足を運ぶそうだ。「こうした商品に行き着くまでの過程を知ることで、営業に行ったときに魅力を伝えることができるんですよ」と伴さん。

「8月の一斉出荷のときは、店頭には営業パーソンだけでなく、工場や本社のスタッフも立ち、カゴメの社員が一丸となって試飲会を行います。コロナの影響により、2019年最後に中止を余儀なくされましたが、2023年8月8日、4年ぶりに復活いたします。ただこちらが喋るだけでなく、お客さまとコミュニケーションを図り、共感していただけるイベントになればと思っています」

「カゴメトマトジュースプレミアム食塩無添加」(720mlPET)。当時、取引先に卸しに行く際には、はっぴを着て鉢巻を巻いた祭りのようなスタイルで出向いていたそうだ
「カゴメトマトジュースプレミアム食塩無添加」(720mlPET)。当時、取引先に卸しに行く際には、はっぴを着て鉢巻を巻いた祭りのようなスタイルで出向いていたそうだ【画像提供=カゴメ】