“タイパ(タイムパフォーマンス)”を重視するZ世代の学生を中心に、今話題となっている究極のタイパ文具がある。一度ノックするだけで、芯が出続けるシャープペンシル「オレンズAT」だ。このシャープペンのコンセプトは、ずばり「思考を止めない」。そんな革新的なシャープペンが、どのようにして生まれ、どんな特徴を持つのか?発売元である「ぺんてる」の商品企画グループ・大澤成さんと、マーケティング課の小中真哉さんに、お話を伺った。ペン先の自動芯出し機構のヒミツやデザイン、ネーミングやキャッチコピーの由来など、あらゆる角度から話題のシャープペンシルの人気を紐解いてみた。

ぺんてる 製品戦略部からおふたりにお話を伺った。商品企画グループの大澤成さん(左)と、マーケティング課の小中真哉さん(右)
ぺんてる 製品戦略部からおふたりにお話を伺った。商品企画グループの大澤成さん(左)と、マーケティング課の小中真哉さん(右)【撮影=オオノマコト】


ノックの煩わしさから解放!芯が自動で出るシャープペン「オレンズAT」とは!?

ーーまず、この「オレンズAT」が、どういった製品になるのか教えてください。
【大澤成】通常のシャープペンは芯が減るとノックをして芯を出しますが、「オレンズAT」は使用前に1回ノックをするだけでずっと芯が出続ける機構を備えたシャープペンなんです。主に中高生をターゲットにしていて、同じ自動芯出し機構を持つシャープペンの「オレンズネロ」をもっとカジュアル化したものになります。

ーー「オレンズネロ」はどんな商品なんですか?
【大澤成】「オレンズネロ」は、ぺんてるのシャープペンのフラッグシップモデルですので。デザイン、機構、機能の面で弊社の技術を集結させたものを目指して、2017年に発売されました。「ネロ」はイタリア語で「黒」っていう意味なんですよ。発売当時、私たちは「いいものを作りたい」という思いが強く、単に売れるからというよりは、最高の製品を作ることに注力しました。その結果、想像以上の好評を得て、今でも欠品が出るほどの人気商品となっています。そこで「オレンズAT」に関しては、自動芯出し機構をこれからのシャープペンのスタンダードにするという使命感持って開発にあたりました。

「オレンズAT」は、「オレンズネロ」よりも実用性を目指して開発されたと教えてくれた、大澤さん
「オレンズAT」は、「オレンズネロ」よりも実用性を目指して開発されたと教えてくれた、大澤さん【撮影=オオノマコト】


ーー「オレンズAT」は、最初から学生をターゲットに作られたんですか?
【大澤成】一番多くシャープペンを使っている層は中高生なので、必然的にメインターゲットはそこになりました。ただ、いろいろな人にご使用いただけるように、大人っぽいデザインになっています。そして、「オレンズネロ」には、持っていてかっこいいモノっていうプレミア感みたいなものがあったのですが、「オレンズAT」はもっと実用性を追求して開発しました。

ーー「オレンズAT」は、2023年のグッドデザイン賞を受賞されましたが、どういった点が受賞の理由になったと考えていますか?
【小中真哉】「オレンズネロ」をカジュアル化したので機能は似ていますが、中身の部品や機構に関しては全く別モノになっています。「オレンズネロ」の定価が3000円(税別)で、この「オレンズAT」は2000円(税別)です。そのため、カジュアルにするうえでイチから機構を見直して作り直しました。“文具にこだわりたい学生たちにも手が届く価格帯とすることで、ユーザー層が広がるよう細やかに開発、デザインがされ、小さなボディの中に多くのアイデアと技術が詰まっている”と、評価をいただいたと聞いています。

2000円の定価にするため、「オレンズネロ」の設計を見直し、カジュアルにするのに苦労したと語る小中さん
2000円の定価にするため、「オレンズネロ」の設計を見直し、カジュアルにするのに苦労したと語る小中さん【撮影=オオノマコト】


ーーおふたりは、どんなところが気に入っていますか?
【大澤成】自動芯出しの機構はもちろんですが、やっぱり、この12角形のボディですかね。12角形っていうのは、ぺんてるのシャープペンに代々受け継がれている伝統的なデザインなんです。さらに、製図用シャープペン由来の金属とゴムによるデュアルグリップも気に入っています。

12角形のケースに、金属とゴムを採用したデュアルグリップが、「オレンズAT」に搭載されている
12角形のケースに、金属とゴムを採用したデュアルグリップが、「オレンズAT」に搭載されている【撮影=オオノマコト】


ーー鉛筆だと六角形ですけど、その倍なんですね。
【小中真哉】実は、「オレンズネロ」も12角形なんです。ぺんてるのシャープペンの技術力を集結させた製品なので、その伝統を踏襲させたと聞いています。そのDNAは「オレンズAT」にも受け継がれ、12角形のボディが採用されているんですね。12角なので角が多いですが、実は丸に近く指にフィットしやすいんですよ。そんな持ちやすさが好きですね。

ノックよさらば!自動芯出し機構の特徴とあゆみ

ーー自動芯出し機構はどんな仕組みなんですか?
【大澤成】通常のシャープペンの芯をつかむ部品はチャックと呼ばれており、芯が滑らないようにしっかりつかむ構造になっています。しかし、「オレンズAT」はボールチャックという部品を使っており、一方向には芯をしっかりつかみますが、反対方向には芯が出る仕組みになっています。

芯がどのように出てくるかというと、まず芯が短くなるにつれてペンの内部のパイプが少しずつ後退し、スプリングが縮むんです。そして、ペン先を少し持ち上げると、スプリングの反動で芯とパイプが一緒に出てきます。この仕組みによって、書くたびに芯がスムーズに出てきて、快適に書けるんですよ。

ペン先に内蔵されている、芯をキャッチする「ボールチャック」を搭載した自動芯出し機構の構造図
ペン先に内蔵されている、芯をキャッチする「ボールチャック」を搭載した自動芯出し機構の構造図【画像提供=ぺんてる株式会社】

樹脂化された「オレンズAT」のボールチャック。クリアパーツなので構造がわかりやすくなっている
樹脂化された「オレンズAT」のボールチャック。クリアパーツなので構造がわかりやすくなっている【撮影=オオノマコト】


ーー筆圧が強い人も、弱い人も、その人に最適な書き味になるわけですね。昔、芯を出しすぎて、よくポキって折っていたことを思い出します。
【大澤成】そうですね。もともとオレンズシリーズは、パイプで筆記するというコンセプトで開発されているので、芯が折れないんです。だから0.2ミリなど極細の芯でも書ける特徴があるんですね。その特徴をさらに進化させ、芯を守るだけじゃなくて、自動で芯を出す機構を備えたのがこの「オレンズAT」と「オレンズネロ」になります。

ーー「オレンズネロ」は、ボールチャックのデザインまで洗練されていますね。
【大澤成】これは開発時にスタイルが良く見えるよう「細くしよう、細くしよう」とした、血の滲むような努力の結果ですね。もう0.1ミリくらいと突き詰めて細くすると、どうしても強度が弱くなってしまうので「オレンズネロ」には金属製チャックを採用しました。一方、「オレンズAT」は樹脂製なので、太さ的にはどうしても制限があります。

ーー自動芯出し機構は、ゼロから開発されたものですか?
【大澤成】自動芯出し機構は、古くからある技術で、プロッターシャープという道具で使われていました。昔、図面を描くときは、コンピューターに入力されたデータに基づいてペンが動いていました。この仕組みを使った装置が「プロッター」と呼ばれています。プロッターは1970年代にはもうあったとされており、そのシャープペンシル版が「プロッターシャープ」として知られています。現在では、図面作成にはCADソフトウェアが一般的に使われていますが、当時はプロッターが製図の重要な役割を果たしていたんですよ。

永遠に文字を書き続ける、ハードな筆記テストを経て、最適な書き味を提供

ーー開発時にシャープペンの筆記テストは、何回ぐらいされたのですか?
【大澤成】「オレンズAT」は、チャック部分を樹脂製に変更し、芯をつかむボールチャックも新たに設計をしました。こうした少しの変更でも大きな違いを生むので、新しい試作品ができるたびに、原稿用紙50枚を使って丁寧に手書きでテストをしています。そして、柔らかい芯から硬い芯までどんな芯にも対応できるように、いろいろな種類の芯で同じく50枚ずつテストを繰り返すんですよ!さらに、ほかのメーカーの芯にも対応しなければならないので、限りなく書き続けなきゃいけない根気のいるテストを実施しています。

ーーテスト専門の方がいるんですか?
【大澤成】いいえ。持ち方、筆記角度、筆圧は人それぞれなので、もう総動員ですね(笑)。書く文書は決まっていて、それをひたすら書いていくんです。

ーーどんな文字を書くんですか?
【大澤成】「国会の年日」という文字を、ずっとそれだけ書き続けます。

テストで実際に使用された原稿用紙。書きやすさを追求するため、多くの社員が書き続けているという
テストで実際に使用された原稿用紙。書きやすさを追求するため、多くの社員が書き続けているという【画像提供=ぺんてる株式会社】

ーーまるで学生時代の漢字ドリルみたいですね(笑)。「国会の年日」という言葉に、何か意味はあるんですか?
【大澤成】「国会の年日」の5文字を書けば25画なので、文字数と画数が数えやすいんですよ。20×20の400字詰原稿用紙に書き続けることで、何回筆記したかっていうのがわかるようになっています。それに5文字の中に、縦横斜め線やトメ・ハライなどが含まれているんです。「国会の年日」は、私が入社する前から変わることのない弊社の伝統になっています。ただ、決まった文字がなく原稿用紙に書くとなると、何を書いたらいいんだ?って困ると思うんですよね(笑)。

ーー重心がペン先にあるんですね。
【大澤成】そうですね。ちょうどグリップぐらいですかね。やはり先端にパーツが集中していますし、ペンを持ったときに安定感があります。重心がグリップに近いほうが取り回しやすく、より快適に書けるようになっています。

自動芯出し機構が先端に搭載されているため、「オレンズAT」の重心はペン先にある。それが書きやすさの理由にもつながっている
自動芯出し機構が先端に搭載されているため、「オレンズAT」の重心はペン先にある。それが書きやすさの理由にもつながっている【撮影=オオノマコト】


ーーそういった部分でも書きやすさを追求されているんですね。そのほかに書きやすさでの工夫はありますか?
【大澤成】「オレンズネロ」と比較すると、少し低重心にしたり、ペンの長さを少し短くしたりして取り回しのいい形にしています。

「オレンズネロ」と比較すると、「オレンズAT」のほうが短く設計されていると教えてくれた
「オレンズネロ」と比較すると、「オレンズAT」のほうが短く設計されていると教えてくれた【撮影=オオノマコト】