組織に生き、事件と隣り合わせの警官たちの生きざま。
『警官の道』

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

『警官の道』

『警官の道』文庫巻末解説

解説
西 (文芸評論家)

 アンソロジーには、編者(アンソロジスト)が、テーマにう作品をこれまで書かれた膨大な作品の中から選別するものと、主に出版社の編集者が提示したテーマで作家に依頼するものの二種類がある。前者はあらゆるジャンルをできる膨大な読書量が必要だ。後者はこのテーマであればこの作家という具合に、作家を選別する眼力が問われるだろう。もちろんどちらのタイプのアンソロジーでも、携わる者の斬新な企画力と広範な知識、そして作品・作家選びのセンスが問われることは共通している。
 本書はタイトルから自明だが「警官」をテーマにという依頼で書き下ろされた、後者のタイプのアンソロジーの文庫化である。はじめに二〇二一年十二月という親本の刊行に留意されたい。これから逆算すると、新型コロナウイルスがしていた時期と、執筆の時期が重なっていることが想像できる。その影響を取り入れた作品もあり、はからずも時代性がにじみ出ることになったのは、思わぬ効用であったかもしれない。
 さて本アンソロジーの特徴の第一は、前述したように「警官」に関わる作品であること。
 第二がいずれもミステリー新人賞を受賞して本格的にデビューした、およそ十年から二十年というキャリアを持つ作家が選ばれていることだ。最もデビューが早かったのが、の二〇〇五年。最もキャリアが浅いのが二〇一五年デビューのである。各作家の紹介は各編の扉の次ページに記されているのでここでは触れないが、受賞した年と新人賞名を挙げておく。

 二〇〇四年 深町秋生 第三回『このミステリーがすごい!』大賞
 二〇〇八年  第七回『このミステリーがすごい!』大賞
 二〇〇九年  第八回『このミステリーがすごい!』大賞
 二〇一一年   第六回小説現代長編新人賞
 二〇一三年  第十六回日本ミステリー文学大賞新人賞
 二〇一四年  第六十回江戸川乱歩賞
 二〇一五年 呉勝浩  第六十一回江戸川乱歩賞

 年齢も四十歳代四人、五十歳代二人、六十歳代一人という具合に、円熟期を迎えようとしている作家ばかりである。さらに日本推理作家協会賞を始めとする各種文学賞を受賞している者も多い。つまりこのメンバーは、常に面白い作品を提供し続けている人気作家であり、これからいくつも文学賞を受賞するであろう、将来を嘱望された作家であり、良きライバル関係にある作家であるのだ。
 この企画を依頼され、参加するメンバーを聞いたとき、誰しもが皆に負けない作品を書こうという決意を固めたことであろう。そして各々の意気込みが伝わる素晴らしいアンソロジーになったのだ。
 葉真中顕の「上級国民」に登場する警官は、N県警の警備部所属の公安刑事の渡会である。渡会はひき逃げに遭い死亡した老人の遺族に関する極秘調査を上司から命じられる。加害者は県知事ので、翌年に引退する現知事のと目されていた。遺族の弱みを握り、交渉を有利に進め、なんとか起訴を逃れようというがあったのだ。渡会は警察を私物化する者たちに憤りを感じながら任務を遂行していく。
 作者の頭には、二〇一九年に東京の池袋で起きた暴走事故があったに違いない。十一人も死傷させながら、運転していたのが元高級官僚ということから、後に有罪になったとはいえ、逮捕もされず在宅起訴という処置が下された。それに対して警察や検察に批判が集まったことはニュースなどでご存じだろう。
 加害者である〈上級国民〉の対極にいる被害者側のしたたかさが浮かび上がる、二段構えのツイストは切れ味抜群だ。自分の正義感と汚い仕事とのギャップに悩む渡会の性格も、プロットに巧みに生かされている。七編中、もっとも驚かされた作品である。
 中山七里の「許されざる者」には、シリーズキャラクターである警視庁捜査一課の刑事が登場する。東京オリンピック開会式の日に、の森で有名な演出家の他殺体が発見される。彼は閉会式の演出チームの中心人物だった。
 七編中、もっとも現実に則した作品だ。新型コロナウイルスも収まらない中、多くの反対を押し切り強行されたのがあのオリンピックだった。開幕前にもいくつもスキャンダルがあり、終了後は贈賄による逮捕者も出るなど、腐臭が漂った大会だった。
 犬養は一枚の写真から手がかりをつかむのだが、そこから浮かび上がる身勝手な強者のりというテーマは、酷暑とコロナ禍の下で実施されたオリンピックを象徴しているように思えてならない。
 呉勝浩の「Vに捧げる行進」はストレートな警察小説の対極にある異色作だ。この作品もコロナ禍の現在を切り取っている。舞台となるのはコロナ禍による自粛生活が続くどこかの町だ。寂れた商店街のシャッターに、黄色と赤のペンキで円の中にV字を描く落書きがくり返される。現場に駆けつける交番勤務のモルオは、その度に被害者である商店主の怒りの矢面に立つ。
〈自粛警察〉なる言葉を頻繁に耳にしたことも記憶に新しい。犯人の意図はなんであるのか。コロナ禍におけるヒステリックな世相を背景に、七編中もっともシュールな展開が待ち構えている。
 深町秋生の「クローゼット」の主人公は、警察署の捜査一係の刑事である。上野の荒神と恐れられる武闘派の刑事だが、誰にも言えない秘密がある。自分が同性愛者(ゲイ)であることだ。しかもコンビを組む相棒のれているのだ。そんな二人が関わったのが、ゲイが集まるサウナの近くで起きた傷害事件だった。被害者は特殊警棒で殴られただけでなく、性的暴行も受けていた。ゲイ同士の痴情のもつれと思われた事件は意外な展開を見せていく。
 警察という、多様性を認める職場とはいいがたい組織の中で、ゲイ絡みの事件を追う荻野の苦悩はつのっていく。七編中もっとも、この後の主人公の物語を読んでみたいと思わせる作品だ。
 下村敦史の「見えない刃」は、本アンソロジーの中で唯一女性警察官が主人公として登場する作品である。所轄署の刑事は上司から性犯罪専従を命じられ、性犯罪捜査のベテランとコンビを組む。初めて担当したのは二十二歳の女性が被害者になった事件だった。彼女は夜の公園で襲われたのだ。彼女は事件から二週間後に被害を届けたが、その後に睡眠薬を飲んで自殺を計り、今も意識不明の状態が続いていた。
 深町作品と同様に、セクハラにで、性犯罪被害者にも配慮が足らない、旧態依然とした警察の体質も描かれる。性犯罪に対する取扱いの難しさ、セカンドレイプへの対処などが作品の中で問われていく。七編中もっとも自分自身のあり方を問い直したくなる作品だ。
 長浦京の「シスター・レイ」は、このアンソロジーのテーマを少し外したオフビートな作品だ。語学教師をしながら、母親の介護をするフランス帰りのバツイチ女性がである。母親のヘルパーである友人のフィリピン出身の女性から、特殊詐欺の共犯の疑いをかけられて行方がわからなくなった息子の救出を頼まれる。
 本作でもアジア系の外国人に対して差別的な扱いをする警察の実態が描かれる。フィリピン人から〈シスター〉と呼ばれる玲は警察嫌いの一面を持つ。彼女の正体が明らかになったとき、本作がテーマから外れていないことが判明する。七編中もっともアクションシーンと、ヒロインの格好良さにれた作品だった。
 柚月裕子の「聖」の主人公は、町の中華料理店で出前持ちのバイトをする高校生のである。定時制高校に通う聖は母と二人暮らし。母と自分に暴力を振るうチンピラだった父へするため、ヤクザになりたくてしかたがない少年だ。ある日、ヤクザ事務所に出前を届けた聖は、たっぷりの男を見かけるが……。
 ヤクザにれる少年と謎めいた男の交流。テーマのこともあり、読み慣れた者なら男の正体に意外性は感じないが、この作品の魅力はそこではない。作者の人気シリーズのスピンオフでもあり、七編中もっとも度数が高い作品であった。
 以上七編からなる〈警官〉がテーマのアンソロジー。ストレートあり、変化球ありの競演をお楽しみいただけただろうか。
 また、なじみのない作家がいたら、この出会いをきっかけに各作家の作品に触れてみてはいかがだろうか。それまで知らなかった作家を知り、読書の幅を広げる。それもまたアンソロジーを読む楽しみであり、効能なのであるから。

作品紹介・あらすじ

『警官の道』

警官の道
著 者:柚月裕子、呉 勝浩、下村敦史、長浦 京、中山七里、葉真中 顕、深町秋生
発売日:2023年12月22日

組織に生きる者の矜恃。豪華警察小説アンソロジー
「力が必要だ」――母と自分を虐待し別れたろくでなしの父親に復讐するため、暴力団員を目指す聖。中華料理店でアルバイトをしながら、神戸の金坂組のバッジをもらうチャンスを狙う聖は、組に出入りするサングラスをかけた迫力十分の男に弟子入りを懇願する。だが、男は素姓はそのうちわかると言い残し闇の奥へ消えた……(「聖」)。
組織に生き、事件と隣り合わせの警官たちの生きざま。
「孤狼の血」シリーズの柚月裕子、『スワン』『爆弾』で注目の呉勝浩、「刑事犬養隼人」シリーズの中山七里など、ミステリー界を背負う注目作家たちによる、豪華警察小説アンソロジー!

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