もし我が子の大切な人がいなくなってしまったら、子どもははじめて抱くその感情にどう向き合うのでしょうか——。台湾発の翻訳絵本『ママはおそらのくもみたい』(ポプラ社)の作者であるハイゴー・ファントンさんと、絵を手がけたリン・シャオペイさんが来日し、3月30日に誠品生活日本橋で開催されたイベントに参加。絵本の読み聞かせとワークショップを行いました。

ママはおそらのくもみたい

●台湾華語と日本語で読み聞かせ

 まずは、読み聞かせの時間。作者のハイゴーさんは「一緒に座ってもいいですか?」とフランクに話しかけ、自然と子どもたちの輪の中に入っていきます。ハイゴーさんが台湾華語でお話を読み、その直後に日本語で翻訳される、という流れで読み聞かせが行われました。

 絵本『ママはおそらのくもみたい』は、悲しみを乗り越え、やがて前を向いていく父と子の物語。学校で「あなたの ママは どんなものに にていますか?」という宿題を出されたカエルくんは、ママの口ぐせや思い出は浮かんでも、答えをなかなか見つけられません。他のみんなはすぐに答えを見つけているというのに…。“ぼくはママのことを忘れてしまったから答えが見つからないのかな”とカエルくんは考えるのですが…。

 印象深かったのは、カエルくんが、ママやパパとよく過ごしていた思い出の場所で、風によって運ばれてきた花の香りを嗅ぐ場面。ハイゴーさんは本に出てくる「いい香りです」という言葉を日本語で伝えると、スーッと香りを嗅ぐような仕草を見せて、子どもたちと“香りを嗅ぐ”という感覚を共有。つられて鼻からスーッと空気を吸ってみる子どもの姿も見られました。

ママはおそらのくもみたい

●五感のアプローチで子どもたちが反応

 ハイゴーさんは、カエルくんの気分の良さそうなときは笑顔に、カエルくんの気分が沈んでいるようなときは神妙な顔つきになるなど、言葉だけではないアプローチで子どもたちの五感に働きかけ、物語のニュアンスを丁寧に伝えていきます。

 そして物語は、カエルくんがひとりで空を見上げる場面へ。空に漂う雲の形が、だんだん“何か”に見えてくるのですが…。カエルくんの「ママー!」という言葉を日本語で読むハイゴーさんの声には、やっとママを見つけたカエルくんの嬉しさとママを愛おしく思う気持ちが感じられて、大人の目にも涙が…。

 魚に見える雲や、花に見える雲が登場するシーンでは、「この雲は何に似てる?」というハイゴーさんの問いかけに、子どもが絵本の絵を指さして答える姿もありました。

ママはおそらのくもみたい

●みんなで雲をつくったワークショップ

 ワークショップのテーマは、リンさんが中心となって子どもたちと一緒に「雲をつくる」というもの。床に大きな紙が広げられ、まずはリンさんが空の色を塗っていきます。リンさんが使った絵の具は青・水色・オレンジのわずか3色。混ぜる絵の具の配合によって空の色が繊細に変化していきます。「こっちが晴れ空で、こっちが曇り空。灰色って黒と白を混ぜるだけじゃないんだね」とリンさん。

ママはおそらのくもみたい

 空ができあがると、子どもたちの雲づくりがスタート。リンさんが「レオ・レオニの絵本『スイミー』のように小さな雲を合わせて大きくしてもいいし…」などと促すと、星、新幹線、ハト…など、白い紙を思い思いにちぎり、自由な発想で雲をつくっていく子どもたち。「こんなに大きな紙に描いたことある?」とリンさんが話すと、ハイゴーさんが「描き終わったらおふとんにしちゃおうか」と冗談を言うなど、作家2人による温かいやりとりにも場が和みます。

ママはおそらのくもみたい

 雲がたくさん貼られた紙を見たリンさんは「海の中みたいだから、これが一気に空になるように先生が描いていきます」とのこと。ここでも3色の絵の具を使い、木や山々が描かれていくと、あっという間に空を描いた絵に早変わり。「この紙よりうーーんと長いトンネルを描いて」という子どもの要求にもしっかりと応え、賑やかな空の絵が完成。プロの作家が描く絵を間近で見ながら、一緒に制作するという貴重な機会となりました。

ママはおそらのくもみたい

●台湾の作家2人に独占インタビュー

——今日はイベントに参加していかがでしたか?

ハイゴー・ファントン(以下、ハイゴー):直接触れ合いながら読み聞かせができるのは、台湾でも日本でも変わらず嬉しいこと。聞くだけではなく、五感で物語を感じてほしいといつも思っているので、花の香りを嗅ぐような反応が返ってきて嬉しかったです。「死」をテーマにした物語を重苦しく感じるかもしれないけど、実際に読み終えてみたら、誰も悲しそうな様子じゃなかった。読者に伝えたかったことが伝わったようで、それも喜ばしいことでした。

リン・シャオペイ(以下、リン):ワークショップでは、さっきみたいに「長いトンネルを描いて」という突拍子もない要求がきても断ることができません(笑)。すぐに反応したいけど、通訳を通じてしか会話ができないのはもどかしい。でも、みんなで雲をつくることができ、絵は国境を超えた共通の言語なんだなとあらためて喜びを感じました。以前、子どもが最後に発表をするようなワークショップを日本で開いたのですが、短い言葉しか出てこない台湾の子どもとは違い、日本の子どもたちの言葉はしっかりとした文章になっていて、日本の学校ではそういう教育をしているのかなと感じました。

ママはおそらのくもみたい

——ハイゴーさんは、物語を読んだときに子どもたちから哲学的な質問をされることを楽しんでいるとか。

ハイゴー:子どもに質問されたら、自分の中にある答えを簡単には与えないで、「じゃあ君はどう思うの?」と聞き返すようにしています。子どもは、最初はわからないような顔をするけど、しばらく考えて、予想もつかないような答えを返してくることが多い。「どうしてカエルくんはこう思ったんだろうね」など回りくどい言い方をして、子どもたちにも考えてもらいます。

●カエルくんのママは自分らしく生きるお母さん

——カエルくんのお母さんの姿は絵には描かれていませんが、文を読み、絵を見ることで、頭の中にイメージが広がっていきます。リンさんはカエルくんのお母さん像をどんなふうにイメージして絵にしたのですか?

リン:文章の中にお母さんの情報が詰まっているわけでもなかったので、自分でよく読み込んで造形しました。お母さんは、お父さんやカエルくんと競走をするといつも一番になっていて、子どもにわざと一番をゆずるようなお母さんではなかった。きっと、子どもに遠慮しすぎず、ただ自分らしくあろうとしただけ。ただ絵本の中には、よく見ると、お母さんを思わせる形の雲が家族の近くにこっそりといる場面が何か所もあります。カエルくんのお母さんはきっと、自分の気持ちを優先しているように見えても、実際はちゃんと家族のそばに寄り添う人。それが絵本を読む方に伝わるといいなと思います。

——ハイゴーさんも、子どもたちだけではなく、お母さんにも絵本を読んでほしいと仰っていました。ちなみに、あちこちのページに「お母さん雲」が隠されていることには気づいていましたか…?

ハイゴー:すぐに気づきました。絵が仕上がったとき、あまりにも嬉しくて、パソコン上で絵を拡大して見ていたので(笑)。

ママはおそらのくもみたい
悲しみに暮れているお父さんカエルにそっと寄り添う「お母さん雲」

——カエルくんが心の中にいるお母さんの存在に気づく場面では、大人も泣けてきます。本書の評判はお二人のもとにも届いていますか?

ハイゴー:台北の書店で聞いた話によると、お母さんを亡くしたばかりの韓国の方がこの絵本を買ってくれたそうです。その方は、亡くなる前のお母さんから、「あなたは絶対に台湾が好きになる」と言われていたとか。まるで亡くなったお母さんがこの絵本に出会えるように導いてくれたようで、その方のそばにもお母さんが寄り添っているんだなと感じ、心を揺さぶられました。

リン:日本語版に続いて、韓国語版もこれから出ますよ(笑)。

ママはおそらのくもみたい

●想いを心に秘める国民性は日本と台湾でよく似ている

——「誰かを思う気持ち」は台湾でも日本でも同じ。子どもたちには本書を通じて、台湾にも興味を持ってくれるといいなと感じます。

ハイゴー:大切な人を思う気持ちは国に関係なく、みんなに共通するもの。特に台湾と日本は自然災害が多いですし、直接の家族ではなくても、近くにいる人が被害にあって悲しい思いをしたことがある人は多いのではないでしょうか。

リン:誰かを思う気持ちを表に出さず、心に秘めるところは台湾と日本で共通しているのかな。台湾の歌手、テレサ・テンの代表的な曲『月は何でも知っている』(中国語のタイトル「月亮代表我的心」)は、人を愛する気持ちを言葉にせずに、逆に月の満ち欠けで表した歌ですから。

——台湾に一度でも行ったことがある人なら、日本人と同じような奥ゆかしさを台湾の人たちに感じているような気がします。ところで、2人が次作をつくるとしたら、どんな作品になりそうですか?

ハイゴー:またカエルの物語がいいかな? シャオペイ(リンさんのこと)はびっくりして飛び上がるんじゃない?

リン:カエルの服を考えるのが今回は大変だったから…。今度描き分けるとしたら、腹巻きかな(笑)。他の生きものだと、犬を描くことが多いけど、今は猫を飼っていて。本当は犬派だけど、今飼っている猫は犬っぽいんです。

ハイゴー:僕は犬を飼っているし、「猫っぽい犬」と「犬っぽい猫」の物語を描くのも良さそうだね(笑)。

 日本と台湾という別の国であっても、「絵本を読むこと」や「絵を描くこと」を通して、心を通わせられるのは同じ。使う言葉は違っても、心はとても近くにあることを強く実感できるイベントでした。言葉の壁を超えて交流できる絵本の可能性が今後も広がることを願っています。

取材・文・写真=吉田あき


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