「ファイト イッパーツ!」のCMでよく知られる、大正製薬株式会社(以下、大正製薬)が 発売する栄養ドリンク「リポビタンD」。1962年にドリンク剤として誕生したこの商品は、およそ60年以上もの間、仕事やスポーツなどで頑張る人を支え続けてきた。

そんなリポビタンDは近年、2022年のキャッチコピーである「一歩を、一緒に。」 や2023年の「君には君の、ファイトイッパツ。」を掲げて、“頑張り方”の多様化に応じる形で、新しいコンセプトを打ち出しながらブランド展開を続けている。ワークライフバランスの重要性が叫ばれ、働き方への価値観が変化する昨今、リポビタンDのマーケティングも時代に合わせて変わりつつあるのだ。

今回は、長年にわたり多くの人に愛されているリポビタンDについて深く知るべく、大正製薬 マーケティング本部 ブランドマネジメント1部 ドリンクグループ の大野耕作さんに、商品の誕生秘話やビジネス戦略などについてインタビューを行った。

大正製薬  マーケティング本部 ブランドマネジメント1部 ドリンクグループの大野耕作さん
大正製薬 マーケティング本部 ブランドマネジメント1部 ドリンクグループの大野耕作さん【撮影=福井求】


リポビタンDの始まりは、社長の革新的なアイデアだった

発売以来、頑張る人を応援すべく活躍するリポビタンDだが、実は前身となる医薬品があったという。大正製薬では、強肝解毒剤の「タウリン」という成分を戦前より研究をしていて、1949年には「タウリンエキス」など、タウリンを主薬とする医薬品を発売していた。

この流れを受けて1960年にはリポビタンシリーズ第1号となる「リポビタン(錠剤)」を発売。そのわずか3カ月後にはリポビタンDの原型となる「リポビタン液」が誕生した。当時のリポビタン液の剤形は、容器の細い部分を折ってストローで飲むアンプル剤だった。

「当時、社長だった上原正吉は『アンプル剤の大型のものを作ったらおもしろいのでは?』とひらめきました。そして、当時『味が良い』と評判だったアンプル剤の『量を増やせば薬臭さは薄れ、飲み応えのあるものができるのではないか。さらに味付けをして冷やせば、これまでのアンプル剤よりもおいしくなって消費者に歓迎されるのではないか』と考えたのです。 医薬品の飲み応えや風味、ストッカーで冷やして飲むなどは、当時の常識では考えられないまさに革新的なアイデアだったと思います」

「リポビタンD」<指定医薬部外品> 疲労回復・栄養補給
「リポビタンD」<指定医薬部外品> 疲労回復・栄養補給【提供=大正製薬】


そして、1961年にタウリンエキスの流れを含む医薬品「タウローゼC」が100mLドリンクとして登場。この商品が成功したことをきっかけに、翌年の1962年にリポビタンDが誕生した。

発売当時は主力商品のアンプル剤ではなく、新しい商品であるリポビタンDを売り込むことに戸惑いを覚えた社員たちもいたそう。しかし冷やすと確かに飲みやすく、しかも効能が認められているという商品の新しい価値に商機を感じ、売り込みを開始。薬局・ 薬店の販売員に冷やしたリポビタンDを試してもらうと、「これはいいね」と納得され、次第に店頭に置かれるようになった。

積極的に営業を行う一方、広告宣伝にも力を入れ、アンプル剤のイメージを利用して『アンプル剤から一歩前進』『アンプル剤5本分のボリューム』など、特長を前面に打ち出す戦略で次第に知名度が向上し、注文が殺到。生産現場では商品が品切れしないように全力投球の状態になったという。

「リポビタンZERO」<販売名>リポビタンO<指定医薬部外品> 疲労回復・栄養補給
「リポビタンZERO」<販売名>リポビタンO<指定医薬部外品> 疲労回復・栄養補給


「薬は苦いもの」という先入観を覆したリポビタンD

リポビタンDの前身であるアンプル剤のころから「味が良い」と評判だったリポビタンブランド。やはり、一番のこだわりは“風味”にあるという。現在のリポビタンDは意外にも「ミックスフルーツ風味」とのことだが、味のモデルは発売当初高級品とされていたパイナップルがベースの風味になっており、その後改良が加えられて現在の風味にいたる。

「リポビタンDを飲み始めるきっかけとしては『親の影響』や『上司からの勧め』など、人によってさまざまです。しかし、飲み続けてもらえる理由には『風味が良い』ということが大きく関わっています。やはり風味が良くないと飲み続けられませんからね。『薬は苦いもの』という先入観や常識を覆した功績は大きいと思います」

「リポビタンDスーパー」<指定医薬部外品> 肉体疲労時の栄養補給・滋養強壮
「リポビタンDスーパー」<指定医薬部外品> 肉体疲労時の栄養補給・滋養強壮【提供=大正製薬】


大正製薬の風味へのこだわりは大きく、1974年に作られた総合研究所では、さまざまな製品とともにドリンク剤に関する研究が行われているのだとか。研究所には「官能検査室」という部屋が存在し、そこでは複数の風味ソムリエが勤務。毎日風味や香りなどの服用感に関わる研究をしている。

大正製薬は、風味の工夫だけでなくブランド全体の強化にも力を入れており、リポビタンDよりも価格帯が高い「リポビタンDスーパー」や「リポビタンDハイパー」などの商品を充実させている。いつもよりも疲れが溜まっている人、もうひと踏ん張りしたい人向けのこれらの商品は、ブランド展開における「疲れに合わせたシリーズ」として店頭に並べられている。

「リポビタンDハイパー」<販売名>リポビタンDK <指定医薬部外品> 肉体疲労時の栄養補給・滋養強壮
「リポビタンDハイパー」<販売名>リポビタンDK <指定医薬部外品> 肉体疲労時の栄養補給・滋養強壮【提供=大正製薬】


また、ブランドの「目的に合わせたシリーズ」としては、女性向けにした糖類ゼロの「リポビタンファイン」、カフェインゼロで寝る前にも飲める「リポビタンフィール」、子ども向けの「リポビタンDキッズ」など、目的に合わせた商品を展開。メインターゲットのサラリーマンだけでなく、さまざまな世代に飲んでもらえるような工夫を行っている。

「リポビタンファイン」<販売名>リポビタンファインN2 <指定医薬部外品>疲労回復・栄養補給
「リポビタンファイン」<販売名>リポビタンファインN2 <指定医薬部外品>疲労回復・栄養補給

「リポビタンフィール」<販売名>リポビタンフィールN2 <指定医薬部外品>疲労回復・栄養補給
「リポビタンフィール」<販売名>リポビタンフィールN2 <指定医薬部外品>疲労回復・栄養補給


「近年、疲労への対処の仕方が多様化してきました。そのため、幅広くさまざまな属性のユーザーに認知してもらうためのブランド展開をしています。そのなかでも、お腹が空いたときなどに手軽にエネルギーを摂取できる清涼飲料水(ゼリー飲料)のリポビタンゼリーはとても開発が厳しかったと聞きます。この商品は宇宙飛行士の宇宙食として、宇宙で活用された商品としても有名です」

「リポビタンJELLY」<清涼飲料水(ゼリー飲料)>
「リポビタンJELLY」<清涼飲料水(ゼリー飲料)>

【写真】リポビタンJELLYは宇宙デビューも果たした
【写真】リポビタンJELLYは宇宙デビューも果たした【撮影=福井求】


時代や価値観の変化に合わせた「ファイト イッパーツ!」

リポビタンDの認知度を上げたのがテレビCMと、おなじみのキャッチコピー である「ファイト イッパーツ!」。このコピーが起用されたのは1977年のこと。このころに初めてタレントを2人起用し始め、若さと力強さが画面からあふれ出るような勢いのあるCMで、商品の「頑張る人を応援する」というコンセプトが表現された。

「テレビCM自体が始まったのは1961年で、当初は大活躍していたプロ野球選手を起用し、コピーは『ファイトで行こう!』でした。起用したプロ野球選手がホームランを打つたびに薬局・薬店でリポビタンDがよく売れ、知名度が伸びていきました」

「リポビタンDX」<販売名>リポビタンtb <指定医薬部外品> 加齢に伴う身体不調(寝付きの悪さ・目覚めの悪さ)の改善
「リポビタンDX」<販売名>リポビタンtb <指定医薬部外品> 加齢に伴う身体不調(寝付きの悪さ・目覚めの悪さ)の改善【提供=大正製薬】


CMが始まって60年以上が経過するなか、ケイン・コスギさんなど肉体派の俳優たちが「ファイト イッパーツ!」のかけ声でリポビタンDを盛り上げてきた。そして、2021年にはリポビタンブランドの新CMキャラクターとして、アーティストであり俳優の木村拓哉さんが登場。時代とともに変わる「頑張ることへの価値観」と向き合い、「一歩を、一緒に。」や「君には君の、ファイトイッパツ。」といったコピーを掲げたCMを放送した。

「昔は『何がなんでも頑張る』が当たり前の時代でしたが、時代の流れとともに頑張り方は人や環境によって多様化しています。リポビタンDは頑張る人に寄り添っていくブランドなので、現代の価値観に合わせてメッセージやキャッチコピーの出し方を更新していく必要があると考え、CMのコンセプトに合わせてキャッチコピーを変更しています」

「これからもリポビタンDをよろしくお願いします!」と大野さん
「これからもリポビタンDをよろしくお願いします!」と大野さん【撮影=福井求】


リポビタンDは高度経済成長期に売り上げが伸びた商品。そのため、現在でも一番の顧客層は50代以上だという。逆に20~30代の若い世代への訴求に力を入れていて、時代に合わせたCMを放映したり、人気アニメとのコラボを行ったりと、さまざまな施策を行っている。

「20~30代にもっと商品のことを知ってもらうべく、営業活動を行っています。ですが、一番のリポビタンDのアンバサダーは50代以上の世代です。例えば、お父さんやおじいちゃんが家で飲んでいたから飲み始めた、という人も少なくありません。ブランドを支えてくれている方々への感謝を忘れず、若い世代に訴求していくことが大事だと考えています」

「15歳以上の疲れた人全員に、リポビタンDを飲んでほしい」と話す大野さん。これからもすべての疲れた人に寄り添うべく、ブランド展開を行っていく予定だ。2022年に誕生60周年を迎えたリポビタンDは、今後はどのような商品やキャッチコピーを生み出してビジネス展開をしていくのだろうか。

この記事のひときわ#やくにたつ
・商品の「良さ」を追求することがヒットにつながる
・先入観や固定概念にチャンスあり
・時代や価値観に合わせた戦略が大事