疎ましい存在から徐々に心惹かれていき…川端新さんの『口紅 美しき軍医の一生』が話題 / (C)川端新/実業之日本社
【漫画】銀座での“逢瀬”後に待ちうける辛く悲しい展開…「語彙がみつからない」と読者から反響続々

コミックの映像化や、ドラマのコミカライズなどが多い今、エンタメ好きとしてチェックしておきたいホットなマンガ情報をお届けする「ザテレビジョン マンガ部」。今回は川端新さんの『口紅 美しき軍医の一生』(実業之日本社)をピックアップ。

大正時代を舞台に、女性のような美しさを持つ謎めいた少年・緒方朔(はじめ)の一生が描かれている本作。中でもEpisode-0(コミック1巻収録)では、軍医となった緒方に惹かれていく陸軍幼年学校の生徒との物語が描かれ、10月5日に作者がX(旧Twitter)に投稿すると5.4万以上の「いいね」が寄せられ大きな反響を呼んだ。この記事では作者である川端新さんにインタビューを行い、創作の背景やこだわりについてを語ってもらった。

美しい軍医に恋をした将校生徒 交わることのない想いが“切ない”と話題

『口紅 美しき軍医の一生』より / (C)川端新/実業之日本社
時は大正12年。将来の将校を育成するための陸軍幼年学校に入学した竹善介は、そこで美しい容姿の二等軍医・緒方朔と出会う。“女性”を想像させる美しさを持ち、謎めいた雰囲気の緒方は将校生徒たちから好奇の目で見られていた。軍人教育に染まりきった竹にとっても緒方は疎ましく、近寄り難い存在だった。

2年後のある日、竹は屋外で生徒たちと軍人勅論を奉読している際、高熱で倒れてしまう。医務室に運ばれ肺炎と診断されるも、竹は緒方に看病されることに抵抗を示す。それからしばらくの間ベッドで休んでいると、緒方が一人で涙を流している姿を目の当たりにする。その感情あふれる姿に竹はなぜか胸が痛み、心臓が高鳴るのを感じていた。

緒方のことを知るうちにだんだんと惹かれていく竹。そんな中、緒方が落ち込んでいるのは想いを寄せている吉良生徒監が任務で亡くなったからだと知る。竹は意を決して外出許可を願い出ると「銀座で私と待ち合わせしてください」と緒方を誘い出すが…。

美しい青年軍医・緒方に心惹かれていく様子が将校生徒・竹の目線で描かれているEpisode-0。余韻を感じさせる悲しいラストシーンと登場人物たちの繊細な感情描写にも多くの注目が集まり、X(旧Twitter)上では「哀しくも美しい話」「細やかな感情が詰まってて胸がぎゅっとなる…」「そこはかとなく深い」「語彙がみつからない」「漫画の域を超えた芸術的と思わせるシーンに出会えた」などのコメントが寄せられ、大きな反響を呼んでいる。

緒方朔は自分の“願望”を叶えてくれる存在 作者・川端新さんが語る創作の背景とこだわり

『口紅 美しき軍医の一生』より / (C)川端新/実業之日本社
――『口紅 美しき軍医の一生』が生まれたきっかけや理由があれば教えて下さい。

Episode-0は元々、ある雑誌の月例賞に合わせて制作したものでした。結果は掠りもしなかったので、同人誌として発表しながら話を広げていきました。

当時は商業誌デビューがなかなかかなわず、同人誌に切り替えて、自分の描けるものは何か、読者にちゃんと伝わるかを繰り返し実験していた頃です。ある時点で「美少年」「耽美」という概念に興味が出て、歴史の中でどうやってそれが表現されてきたかを調べていました。そして、どういう要素があれば「美しい」と読者が感じてくれるのかを言語化しストーリーやキャラクターに落とし込む実験をしました。『口紅』はその流れで生まれた2作目の作品です。

陸軍幼年学校(以下、陸幼)という舞台設定は好きな小説である『帰らざる夏』(加賀乙彦著)の影響が強く、『口紅』の前に同一世界設定の同人誌を数冊出していました。

――物語を通してその一生涯が描かれる軍医・緒方朔のキャラクターはどのように生み出されたのでしょうか?

私自身が持っていた「異性になりたい」という願望をもっと強くし、説得力のある中性的なビジュアルにしたのが緒方朔です。できる限り自分が知っている感情をもとにしつつ、その願望をかなえてくれるような存在にしました。更に「美しい」と受け取ってもらえるキャラクターにするために竹善介をはじめ、周りのキャラクター・モブで彼を補強しています。

軍医という設定は陸幼を描きたかったため、その中にどのポジションであればねじ込めるか検討した結果です。歴史上では実際にどうだったかはわかりませんが、軍医はなんとなく軍属の中でも自由で柔らかな感性を持っていそうというイメージでした。

――プロローグとなるEpisode-0では大正時代の陸軍幼年学校が舞台となっていますが、軍医と将校生徒との関係性を描くうえでこだわった点や「ここを見てほしい」というポイントがあればお教えください。

生徒たちからすると、緒方軍医は「異端・性的興味の対象・秘密・直視しがたい」といったイメージです。思春期真っ盛りの中学生男子たちの前に現れた、保健室という特異な場所にいるセクシーなお姉さん先生みたいな(笑)。

特に陸幼は将来のエリート軍人を育てる場ですから、富国強兵の逆を行くような緒方軍医は生徒たちにとって過激な存在であるのがこの世界の中での一般です。ちょうど軍縮期で戦争を知らないであろう彼らは大人たちの教える軍人精神などを憧れとともに膨らませて捉えていたり、ゆとりから内向的でポエミーな子もいたのではないかと想定しています。

竹生徒にとっては見てはいけない・触れてはいけないもの、一方で橘生徒のような子にとっては自分を理解してくれそうな大人に見えているのではないかと思います。そんな、生徒達の緒方軍医への態度の違いも見ていただけると嬉しいです。

――本作をXに投稿後、5.4万を超える「いいね」が寄せられ大きな話題となっています。今回の反響について、川端さんの率直なご感想をお聞かせ下さい。

Episode-0は何度か全ページをXに投稿していたのですが、今回反響があって、乗っからせていただいたタグに感謝しています。そして、コミックスの売り上げに繋がってくれ!と切実に願っています。

ご感想については、「美しい」「耽美」といただけていることに狙いが通じたのが見えて嬉しく思っています。ただ、このEpisode-0は1本の読切としては完成度が低く、続編があってやっと回収ができているというものなので「これでいいんだ」とはならないようにしていきたいです。

――本作の中で川端新さんにとって特に思い入れのあるシーンやセリフはありますか?

Episode-11(最終話)冒頭、女性の恰好をした緒方軍医が、軍服を着た自分に向かって

”その服がみかけに合っているよ"

"大丈夫さ 本当の自分はここにあるからね"

"いらない体を捨ててしまえばいいだけなのに"

"今日も僕は僕の体を見送っている"

と言っています。

ここのセリフと画はある時期に自分が陥った感覚をきれいに昇華できて良かったと思っています。同じ感覚を経験したことのある方(いらっしゃるでしょうか…)に伝われば嬉しいです。

――最後に作品を楽しみにしている読者やファンの方へメッセージをお願いします。

この作品を描き始めたのは今からちょうど10年前になります。商業誌デビュー前のものがあって拙いところも多いですが、それも含めて楽しんでいただけたら幸いです。

また、同人誌の頃から応援してくださっている方々には頭が上がりません。皆さまがその都度レスポンスしてくださったおかげで、最もいい形で完結に至ることができました。ご縁に感謝しております。

これからも何卒よろしくお願いいたします。