マッチングアプリ世界最大手として知られる「Tinder(ティンダー)」。世界190の国と地域で利用され、これまでにダウンロードされた数は、実に5億3000万回以上にものぼる。2012年にアメリカで誕生し、日本でもZ世代を中心に多くのメンバーに活用されている。マッチングアプリというと「出会い系サイト」というイメージが強いが、Tinderは結婚相手や恋愛相手を探す目的のみならず、幅広い「出会い」を提供するプラットフォームである。

誕生から10年以上に渡って、時代の流れに沿ってアップデートを繰り返してきたTinderだが、近年は、ジェンダーや性的指向への理解を深めるためのオリジナルサイト「Let's Talk Gender」を公開したり、デートへの知識を深めるためのガイド「Safe Dating Guide」を発表するなど、マッチングアプリを安全に楽しく利用するための啓蒙活動にも力を入れている。今回は、「Tinder」を運営するMG Japan Servicesのシニアディレクター・永野久美さんに、アプリの機能や「Let's Talk Gender」の内容を中心に、理想的なマッチングアプリの使い方について話を伺った。

MG Japan Servicesのシニアディレクター・永野久美さん
MG Japan Servicesのシニアディレクター・永野久美さん【撮影=阿部昌也】


Tinderが創り出すデジタル時代の“出会いのカタチ”

ーーTinderは、どのように誕生したアプリなのでしょうか?
【永野久美】Tinderは、190の国と地域で使われている世界最大級のマッチングアプリです。もともと、18歳から25歳のZ世代と呼ばれる人たちの、“生活圏の外にいる人たちと出会いたい"というニーズに応えるために誕生したアプリなんですよ。ですから、メンバーの半数以上がZ世代で、自然と人づてに広まっていったという背景があります。

ーー日本でサービスがスタートしたのはいつからですか?
【永野久美】日本法人ができたのは2019年ですが、日本での国内向けサービスは、Tinderが立ち上がったころから提供していました。

ーー今、5人に1人はマッチングアプリをきっかけに結婚していると言われ、マッチングアプリがすごいスピードで普及していると感じるのですが、その辺はどうお考えですか?
【永野久美】私たちもそう思っています。特に、アプリが普及する勢いを、コロナ禍の外出自粛や行動制限がさらに加速させたと考えています。ひと昔前の世代と違って、今はこの四角いスマホの中に自分の世界がありますから。リアルで人と出会うことにこだわらない人や、アプリの利用者は増えているんじゃないかなと思っています。

ーー利用するうえで、注意しておくべき重要なポイントを教えてください。
【永野久美】出会いには、目的がある出会いや、ゴールを定めない出会いなど、いろいろな種類があります。ですから、まず、アプリを利用する理由として、恋愛の可能性を模索しているのか?もしくは、友達の可能性を模索しているのか?何を求めて利用しているのか明確にしましょう。そして、それを言葉で表現することも大事です。出会いを前提としているので、「自分はこうしたい。こういうことを求めている。でも、これは嫌だ」ということを、相手のことも思いやりながら、ハッキリと伝えるべきだと思います。

自己表現をしっかりすることが、アプリをうまく活用するコツだそう
自己表現をしっかりすることが、アプリをうまく活用するコツだそう【撮影=阿部昌也】


ーー若者の恋愛離れというワードも聞かれますが、Z世代の恋愛感をどのように分析されていますか?
【永野久美】私たちは、日頃からデータ分析をしていて、『Future of Dating Report 2023』というZ世代のデートトレンドをまとめたレポートを発表したこともあります。恋愛離れというよりも、恋愛が必須ではなくなったんじゃないかなというふうに見ているんです。例えば、「恋人がいなきゃ」とか「結婚しなきゃ」っていう、彼らの表向きの価値観が、自分主体に変わってきているということがわかりました。

【写真】Z世代の動向から、今後のデートトレンドを分析した『Future of Dating Report 2023』を発表
【写真】Z世代の動向から、今後のデートトレンドを分析した『Future of Dating Report 2023』を発表


【永野久美】Z世代には、国を問わずに共通点が多いんです。自分がハッピーであるためにどうするか、自分がやりたいこと・やりたくないことがハッキリ行動に表れる、そこがこれまでの世代とはかなり違う価値観なのかなと感じています。それが恋愛にも反映されているのではないでしょうか。ですから、Z世代は結婚にあまり興味を抱いていないと言われていますが、正直なコミュニケーションを重視しているという点において、恋愛や結婚が成功しやすいのではと思います。

コミュニケーションを高める新機能とコミュニティーを守るAIを活用した安全性

ーーTinderの機能は、世界共通なのですか?
【永野久美】結果的にどの国も基本的にニーズは同じなんですよね。安全性やジェンダーの知識は差がないので、国による偏りはないです。すべての人に共通する情報なので、ある国で開発した機能が使えるとなったら共有しています。日本のニーズで始まった機能もあるんですよ。「興味」という機能なのですが、名前の下に、自分の関心があるタグを5つ表示できる機能があるんです。これは、実は日本から始まっているんですよ。日本人は、会話のきっかけ作りやプロフィール作りが少し苦手な傾向があるので、こういったニーズが生まれたのかもしれません(笑)。これが世界中で導入されています。

興味のあるタグが表示されるTinderのプロフィール画面。ジェンダー代名詞も追加すると表示される
興味のあるタグが表示されるTinderのプロフィール画面。ジェンダー代名詞も追加すると表示される


【永野久美】もちろんカルチャー的な違いはあるので、すべて同じではないですが、人間の行動自体に大きな差はないと感じています。特にZ世代ですね。この世代は、本質的な考え方など多くの共通部分があります。そして、アプリに国境はないので、きっと言語の壁も越えていくでしょうね。Tinderには、パスポート機能といって、自分の居場所を世界中のどこにでも移動させることができる機能が備えられています。例えば、来週パリに行くとしたら、事前にパリを中心に160キロ圏の相手とマッチングして、「情報を教えて」といったコミュニケーションをとったりだとか、実際にそういう使い方をしているメンバーもいるようですよ。

ーー近年はどんなアップデートをしましたか?
【永野久美】Tinderでは世の中に“出会い”を提供するプラットフォームとして、“学校では教えてくれない、でも人との出会いにおいては知っておきたいこと”を発信していきたいと考えています。昨年2023年9月には、NPO法人ピルコン監修のもと、恋愛、デート、健康、ウェルネスに関するトピックを総合的にカバーする「Safe Dating Guide」のサイトをローンチしました。オンラインとオフラインで安全に出会い、デートするためのヒント、守るべきルールやマナー、Tinderの安全機能、あらゆる関係における同意の尊重の重要性などを紹介しています。あと、プロフィールに関していうと、顔写真に対して日本は他国と大きな違いがあります。ほかの国のメンバーは自分をどんどんアピールするんですけど、日本人はあまり顔写真を出さない傾向があるんですよね。どうやったらそこをうまくカバーできるか、そういった機能についてもプロダクトチームが検討しているという情報は聞いています。

ーー相手に伝える情報として、写真は大切ですよね。プロフィールも空欄気味だと、どういった人か伝わらないですし。
【永野久美】だから、やっぱり言葉にして聞く、質問するって、本当に大事だと思います。マッチングアプリだからこそ、「嫌だ」とはっきり言わないとわからないし、「自分はこうだ」ってアピールしなきゃ伝わらない。でもこれは、マッチングアプリだけでなく、すべての出会いにおいて、実は一番大事じゃないかなとも思います。いい出会いを手に入れるためには、そこを鍛えていく必要があると思いますね。

ーー便利さの反面、ビジネス的な勧誘など危険性もゼロではないかと思いますが、リスク面についてはどうお考えですか?
【永野久美】Tinderでは、AIによる監視がかなり進んでいます。実は、MG全体で プラットフォーム上のスパムを減らすツールを使って、第一四半期で500万件近くのスパムやボットアカウントを新規登録時もしくは、メンバーの目に触れる前にブロックしました。毎秒平均44件のスパムアカウントを削除していることもわかっています。もちろん、それでも100%キャッチするのは難しいので、同時に人の目も光らせ、メンバーからの報告とダブルで監視しています。

【永野久美】あとは、教育面。アプリの外に出てしまうと私たちが追うことは難しいので、2023年にローンチした『Safe Dating Guide』もそうですが、アプリ内だけでは守れないことを前提にメンバーの教育に力を入れています。自分の周りを守るため、安全に楽しむために知識を持ってもらうことが大切なんです。もし、悪意のあるメンバーがいたら報告してもらい、私たちがそういったメンバーを排除していきます。機械と人間と利用者、3つの要素が重要です。大きい観点で見れば、マッチングアプリの存在意義を正しく認識し、安全に使っていけるように社会全体が考えていくことも大切なのではないかと思います。

「運営側やメンバーだけでなく、マッチングアプリを安全に使っていけるように社会全体が考えていくことが大切」と語る永野さん
「運営側やメンバーだけでなく、マッチングアプリを安全に使っていけるように社会全体が考えていくことが大切」と語る永野さん【撮影=阿部昌也】


【永野久美】あと、チャットで相手にNGなワードを送ろうとすると、「これを送信しますか?」とアラートが表示されます。逆に受け取る側にも「不適切な言葉が含まれていますが、表示しますか?」と表示される機能があります。会話で何を不快と思うかって、人によって基準が違うので難しいじゃないですか。もしかしたらふざけているだけかもしれない。でも、もしかしたら人によっては嫌な気持ちになってしまう場合もあるかもしれない。これを私たちは、教育的なモーメントだと考えています。私たちがすべて削除してしまうのは簡単ですが、アラートを出すことで気付きを与えているんです。

【永野久美】アプリを使っていて忘れがちになるのは、相手がいるっていうことなんですよね。画面に人が次々と表示されます。でも、その一人ひとりが生身の人間なんです。自分が聞かれたら嫌かもしれないことは聞かない。そう考えるきっかけとなるためにも、そういったアラート機能があるんだと思います。

アラート機能があることで、自分の誤った考え方に気づくことができるという
アラート機能があることで、自分の誤った考え方に気づくことができるという【撮影=阿部昌也】


【永野久美】ちなみに、チャットの内容を私たち人間が見ることはできません。でも、プロフィールで「これって勧誘だよね」とか「ビジネス目的だよね」と判断した場合は、AIなり人間なりが判断して削除しています。

ーーやはり、勧誘に利用するようなケースも一定数は出てきてしまうんですよね?
【永野久美】そうですね。AIは、特定のパターンを認識することに長けているので、勧誘などのパターンを見抜くことができるんです。でも、そうじゃない場合は人頼りですね。やっぱり受け取った本人がそれを見抜けるかどうかに掛かってきます。そこのリテラシーがやはり必要になってきます。例えば詐欺の場合だと、チャットしていて、会ったこともないのに「あなたのことが好きだ。お金を送って」って、普通に考えたらおかしいじゃないですか。初対面の人を相手に、そんなこと言ってこないですよね。送られてくる内容に「これはおかしいのではないか?」と気付けるようになる必要があります。