仕事、結婚、性別…すべてを自分で決める“自由な時代”を生きるには?「歴史と哲学が求められる」ワケをCOTEN代表に聞く

東京ウォーカー(全国版)

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ポッドキャスト「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」を運営する株式会社COTEN代表の深井龍之介さんは、「今の時代は変化がすごく速い時代」だと語る。「中世なら300年くらいかけて常識が変化していたのに、現在はひとりの人間が生きている間に、常識が4回も5回も変わるような時代です」と。いつの時代でも常識が変化するとき、人間は必ず歴史と哲学を求める傾向にあるらしい。株式会社COTENは今、3500年分の世界史情報を体系的に整理した「世界史データベース」を開発中とのこと。世界史データベースとはいかなるものか、さらには今後の時代の変化や深井さんのシゴト観について話を広げて、聞いてみた。

株式会社COTEN代表の深井龍之介さん【撮影=樋口涼】


歴史と哲学が「100%の力を注げる領域」だった

――まずは、株式会社COTEN設立の経緯について教えてください。
【深井龍之介】もともとは、複数のスタートアップ企業で取締役をしていました。自分で言うのもなんですが…人よりは頑張っていたと思います。でも、どこかで力を抜いているという感覚が自分のなかにあった。100%の力を注げる領域はどこなのか、と考えたとき、自分は哲学と歴史にしか興味がないということがわかったんです。20代後半は「哲学と歴史をどうやって仕事にするのか」と迷っていたものの、結局、30歳のときに「ほかにやりたいことがない」と腹をくくって起業しました。

――具体的に、どういった事業を展開する会社なのでしょうか?
【深井龍之介】現状で一番知られているのがポッドキャストで、ただひたすら歴史の話をする番組をやっています。それを通じてCOTENの事業全体にお金を払ってくれている個人が約7000人、法人が74社いらっしゃるという状態です。

【深井龍之介】2つ目は、企業向けのコンサルティングや研修です。歴史を使ったコンサルティングや重要意思決定のサポートであるとか、自分たちを俯瞰してみるためのサポートなどを、実はたまにしています。3つ目は、世界史のデータベースをつくる事業で、これが僕たちの本丸です。

開発中の世界史データベースは、別々の切り口で書かれた歴史情報や知識を、同じ型にそろえて整理し、キーワードやタグによる検索を可能にするサービス【撮影=樋口涼】


――世界史のデータベースという発想はどこから出てきたのでしょうか?
【深井龍之介】僕は、今の時代を、変化がすごく速い時代だと思っているんです。ひとりの人間が生きている間に、常識が4回も5回も変わるような時代です。中世なら300年くらいかけて常識が変化していたのに、我々は15年くらいで経験させられている。そういう意味で、非常に特殊な時代だと認識しています。

【深井龍之介】いつの時代でも、常識が変化するときに、人間が必ずやっていることがあります。それが、世界観を捉え直すということ。「自分とは何か?」「社会とは?」「この世とは?」といった根源的な問いが、回答しなおされるという現象が起こります。それは、人文知と呼ばれる、歴史や哲学から出てくるもので、過去のすべての転換点で、歴史と哲学が使われています。

自分で考え、決める必要がある時代

――そこに歴史と哲学が登場するのですね。
【深井龍之介】今まで使われなかったことは、一度もありません。なぜなら、常識が変化するときは「昔の人はどう考えたのか?」と考えざるをえないから。かつては知識人や一部のエリート層だけが、歴史や哲学を使って考えていました。しかし現代は民主主義なので、僕たち一人ひとりが主権者であり、決断者です。自分自身で考える必要があるんですね。

【深井龍之介】しかし、歴史と哲学は、学習コストがすごく高い。この数年間で本をたくさん読んでいますが、何千冊か読んで初めてわかることもある。僕たち全員が数百時間、数千時間かけるのは非現実的ですが、データベースがあれば、かなりのボトムアップができると思っています。データベースなら検索ができるからです。実際に歴史に詳しい人は、頭の中で“検索”をしています。そして、それを万人ができるようになることが、今後の人類に必要だと思っています。

「過去の時代に比べて、圧倒的に多くの人たちが、人生で何回も世界観の更新をする。僕らはそういう特殊な時代に生きている」と深井さん【撮影=樋口涼】


――たしかに、今は大多数の側が決断し、変えていく時代ですよね。
【深井龍之介】それは、サルトルが「人間は自由の刑に処せられている」と言ったほど、大変なことでもあります。100年前なら男で生まれたら男、女で生まれたら女でした。今は自分の性別でさえ、自分で決めないといけない。職業だって、100年前は農民で生まれたら農民だったけど、今は自分の天職とは何かを自分で決めないといけない。結婚するかどうか、子供を産むかどうか、すべて自分で決める。モデルケースのない時代に放り出されて苦しむ人が多いなか、求められているのが歴史と哲学です。

――それでデータベースを、みんなのために用意をしようと?
【深井龍之介】「みんなのため」というより「必要だろうな」と。初めは直感からくる仮説でしたが、ポッドキャストで提示してみたら、想像以上のリスナー数の増加や反響があり、「やっぱりそうだよな」となりました。

【深井龍之介】リスナーの方からは「決断の仕方が変わってきた」「昔と考え方が変わった」という感想がよく届きます。それがまさに人文知の力。一度身につけた歴史と哲学は、人生経験と同じで、それ以降の重要な決断に影響を与え続けます。「コテンラジオ」のリスナーの方々には、それを感じていただけているのではないでしょうか。

――COTENを設立した当時と現在とで、抱いている想いに変化はありますか?
【深井龍之介】実は、あまり変わっていないんですよね。ずっとデータベースをつくりたくて、ただひたすらそれを続けています。もともと「できるまでやる」と決めていたので、時間がかかってもしょうがないと思っていました。もちろん、つらいこと、しんどいことはあります。でも、ベンチャー企業にいたころに、チームが崩壊したり、資金がショートしたり、いろいろな経験をしていたので、予想外のことが起きまくる、ということはありませんでしたね。

「メタ認知」できるとどう変わる?

――ミッションとして掲げている「メタ認知のきっかけを提供する」について、そもそも「メタ認知」とは何か教えてください。
【深井龍之介】自分が当たり前だと思っていることを、俯瞰してみることです。例えば、海外留学したら、日本という国がよくわかりますよね。留学だと「日本人だからこうなんだ」ですが、メタ認知ができると「現代人だからこうなんだ」となり、自分が常識だと思っているものが何なのかを理解することができます。

【深井龍之介】今はほとんどの人が、お金が大事だと思っていますが、それはここ150年間くらいのこと。圧倒的に宗教のほうが大事だった時代もありました。時代や文化に規定される常識や倫理って、たくさんあるんです。生きている間に何度も常識が変化しない時代なら、僕たちが決断者ではなかったら、歴史も哲学もそれほど重要ではありません。現代はこの二つがそろっているから重要なんです。

歴史を勉強していると「当たり前だと思っていたことが、そうではなかった」と気づく瞬間がよくあるという【撮影=樋口涼】


――深井さんが歴史に興味を持ったきっかけを教えてください。
【深井龍之介】大したきっかけではないのですが、20歳ぐらいのとき、父親の本棚にあった歴史の本を読んで、ハマったという感じです。そのときの僕は、尊敬できる大人が周りにひとりもいませんでした。尊敬できたのは、ミュージシャンと歴史上の人物だけ。迷ったときは、歴史を勉強して、昔の人はどうしたのかを見ていました。

――そこからいっき歴史に没頭したのでしょうか?
【深井龍之介】自己分析による自分の特殊性は、人文知が好きなのに、それだけに没頭するのではなく、ビジネスも勉強しているということです。基本的にこの2つは背反します。人文知を勉強すると、ビジネスのような俗っぽいことに意味を感じなくなる。一方で、数字を伸ばすことに一生懸命になると、「カントやニーチェを勉強して何になるの?」となる。僕より人文知を勉強している人、ビジネスをしている人はいるけれど、両方をまあまあやっている人というのは少ないですね。

――「コテンラジオ」を始めたきっかけは?
【深井龍之介】データベースをつくるとなったとき、「資金調達」と「採用」という2つの課題がありました。採用サイトで世界史に詳しい人を見つけるのって大変ですよね。歴史でお金を集めることも、かなり難しい。その両方をクリアするために、情報発信が必要だと思ってはいたものの、どのような形がいいのかがわかりませんでした。

【深井龍之介】今、番組で一緒にMCをしてくれている、株式会社BOOK代表の樋口聖典さんが、もともと音声番組の制作をしていて、「一緒にラジオをやろうよ」と誘ってくれたのがきっかけです。別に動画でもよかったのですが、教養授業とビジネスパーソン層の流れ聞きの相性がよく、運よくヒットしたという感じですね。

――より多くの方に聴いてもらうために、意識していることがあれば教えてください。
【深井龍之介】常識が覆される瞬間を、必ずつくるようにしています。歴史を知って「へー」だけで終わるようにはしていません。ほぼすべての歴史コンテンツが「〜に学ぶ」とか、「こんなおもしろいエピソードがあります」というものですよね。僕たちの場合は、常識を覆し、メタ認知のきっかけを提供できているかどうかを意識しています。

労働者が働く意義を求める時代に

――深井さんから見て、今という時代は世界史のなかで、どのように位置づけられるのでしょうか?
【深井龍之介】先程お話しした、変化のスピードが速いというのがひとつ。もうひとつは、この150年間くらいは、民主主義と資本主義が、範囲を拡大するという形で「発展」してきたと理解しています。例えば人権です。最初は白人の裕福な成年男性だけだったものが、女性やLGBTQの方にも少しずつ広がってきましたよね。参政権も付与され、民主主義の拡大先は現在では、もうあまりありません。資本主義もそうで、中国や東南アジア、アフリカの市場をどんどん開拓して、もうパイがなくなってきている。だから、ある程度大きな質的転換が起こるのではないかと思っています。

【深井龍之介】実は150年前から約60年周期で、これと同じような議論がなされています。1回目はマルクスが出てきたとき。2回目は1960年代くらい、学生闘争のときです。そして3回目の現在も、同じように資本主義に疑義が生じている状態です。

【深井龍之介】今はブロックチェーン(分散型台帳)技術に基づいたWeb3やDAO(分散型自律組織)など新しい技術が出てきて、僕たちの教養や知識量も変わってきた。環境問題というデッドラインもある。そのため、今回は突き抜ける可能性があると思っています。抜本的に変わることはないかもしれませんが、アップグレードバージョンのような感じで、少し形が変わるというのは、今までも起こってきたし、今回も起こるだろうなという感覚で見ています。

技術的な進歩や環境問題というデッドラインなど、いろいろな理由によって、資本主義がアップグレードされる可能性が高まっているという【撮影=樋口涼】


――そのような時代において、COTENはどのようなビジョンや目標を持っているのでしょうか?
【深井龍之介】資本主義のアップグレードによって、これからは労働者が働く意義を求め、結果、働く意義を与えられる会社が求められると思っています。今は人的資本経営の時代。つまり、全リソースのうち人材が最も大事だと言われています。そのなかでも、僕が最も重要だと思う人的リソースの投資先が新規事業開発です。

【深井龍之介】なぜ新規事業開発が重要かというと、パイがなくなっているから。これを作ればもう儲かる、みたいな時代は終わって、全く新しいことを生み出さないといけない時代になっています。そして、新しいことを生み出せるのは、100人の普通の人ではなくて、1人のすごく尖った人間です。

【深井龍之介】すべてを自分で決断しなければならない、という時代背景があるので、優秀であればあるほど、仕事に意味を求めます。例えば「2000万円の年収と超意味ある仕事」と「4000万円の仕事で、あんまり意味のない仕事」だったら、前者を選ぶんですよ。この“意味”を提供できる会社しか、優秀な人材を獲得できなくなる。結果として、株式会社が、資本主義のアップデートの担い手になるというのが僕の読みです。

【深井龍之介】そして、まさにここに、歴史と哲学が使われるだろうと思っています。各企業が自らの意味を語ったり、再認識したりする。そこをブーストさせるのが僕たちのように、人文知を司っている企業の重要なミッションです。

――具体的には、どのようにブーストさせるのですか?
【深井龍之介】僕たちは、哲学者と企業の架け橋になりたいんです。一昔前に、哲学者を経営に据えるということが一瞬だけ流行って、立ち消えたことがありましたよね。これは当然で、哲学者は専門職だから、この人を活用するだけのリテラシーとスキルが企業側に求められます。ITのことがわからない人たちがアプリケーションを外注したら失敗する、みたいなのと同じ構造ですね。

【深井龍之介】企業が人文知のインテリジェンス機関を持つという世界を想像していて、COTENはその世界を推し進める企業になろうと思っています。その機関には、哲学者など専門家と会話ができるスペシャリストをそろえ、そこに専門家を迎えます。そして、その機関が、重要な意思決定をする経営者に対して提言するという状態ですね。

【深井龍之介】例えば女性の社会進出について、ただ育休を取ればいいとか、そういうレベルの話ではなくて、本質的な価値を生み出すために、自国と他国の文化、女性の社会進出の歴史、他国の施策を、インテリジェンス機関が調べ上げた状態で経営者に提言する。そして、この人たちが世界史のデータベースを使っているというのが、僕たちのビジョンです。

【写真】COTENの未来について語る深井さん【撮影=樋口涼】


――実現までに、どれくらいの時間がかかると考えていますか?
【深井龍之介】この分野に対して意識の高い企業はあと1、2年でそのインテリジェンス機関をつくるでしょう。僕たちと一緒につくろうという話もすでにあり、それが今のESG(環境・社会・企業統治を考慮した投資活動や経営・事業活動)と同じくらい浸透するのに、おそらく10年かかると思っています。マス化はしなくても、大企業のうち20%くらいが、そういった機関を社内に持つことができ、優秀人材を採用しやすくなるはずです。

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