「imperfect」が手がけるチョコレートやコーヒーは、農家で働く人の人権や環境への負荷に配慮された原材料が使用されている。目を向けるのは生産者や環境だけではない。「Do well by doing good.(いいことをして、世界と社会をよくしていこう)」と消費者に呼びかけ、一緒に課題を解決することを目指す。imperfect株式会社代表取締役社長の佐伯美紗子さんに、同社が取り組むプロジェクトや自身のキャリアについて話を聞いた。

imperfect代表取締役社長の佐伯美紗子さんにインタビュー
imperfect代表取締役社長の佐伯美紗子さんにインタビュー【撮影=阿部昌也】


メキシコでの経験、社会課題に関心を持つきっかけに

――まずは佐伯さんのキャリアについて教えてください。佐伯さんが、世界が抱える課題に目を向けるようになったきっかけは?
【佐伯美紗子】小学校6年生から高校1年生まで、父の仕事の都合でアメリカに住んでいました。父がメキシコで働いていたこともあり、メキシコを訪れる機会がよくあったのですが、そこで小さな子どもが物乞いや物売りをする姿を目の当たりにして、生活環境の違いに衝撃を受けたのを覚えています。

【佐伯美紗子】物売りをする子どもに「買ってください」と言われると、「買ってあげたほうがいいのかな」と感じましたが、自分がどう振る舞えばいいのかわかりませんでした。すると父の同僚のメキシコ人の方に「一時的な救済はもちろん必要だけど、今日、明日彼らに恵むことが、必ずしも課題を解決するわけじゃないんだよ」と言われたことがすごく印象に残っています。

【佐伯美紗子】彼らが物乞いや物売りをすることで、その日食べるものを得てしまうと、明日も明後日も5年後も同じ生活を続けてしまうし、自分たちの子どもにも同じことをさせることにつながります。こういった課題を解決するには、経済の仕組みや生活の仕組みそのものが変わらないといけない。考え方の違いを学び、非常に大きな影響を受けました。

【写真】中学生のころ、アメリカ・テキサス州に住んでいた佐伯さん。クラスメイトとボウリング場にて
【写真】中学生のころ、アメリカ・テキサス州に住んでいた佐伯さん。クラスメイトとボウリング場にて


――高校で帰国し、大学では経済学を専攻されました。経済学を選んだ理由は?
【佐伯美紗子】メキシコでの体験があって、ビジネスを通じて経済の仕組みをよりよい方向に変えていったり、社会の課題を解決したりすることに携われたらいいなと思っていました。じゃあ今の経済の仕組みを理解していないと、それを変えることにはつながらないのかなと思ったので、大学は経済学部に進学しました。

――実際に経済学を専攻していかがでしたか?
【佐伯美紗子】マクロ経済や、企業の経済活動が社会経済全体にどのような影響を与えるのかといったことを勉強していました。あと、人の行動に焦点をあてて経済の動きを研究している教授のゼミにも入っていました。より大きなところから経済を動かしているのは人間で、人間はロボットやAIみたいに、必ずしも毎回合理的な判断ができるわけではない。けれどもそのなかで最適解をどうやって求めていくのかということを勉強して、すごく興味深かったです。

大学では経済を専攻。人の行動に焦点をあてて経済の動きを研究するゼミにも所属
大学では経済を専攻。人の行動に焦点をあてて経済の動きを研究するゼミにも所属【撮影=阿部昌也】

商社で感じた「環境にいい」だけじゃ売れないもどかしさ

――卒業後、大手総合商社に入社した理由を教えてください。
【佐伯美紗子】商社というのは、経済の仕組みや社会の仕組みにおいて、川上から川下までの構造をつくる役割を果たしているというイメージがありました。そういう企業で働くことで、私が子どものころに思った「大きな仕組みを変える」ということに携われるのではないかと思って決めました。

――入社してからは、どういったお仕事をしていましたか?
【佐伯美紗子】最初は食品を扱う部署に入って、国内の食品の流通や、日本のメーカーさんの海外進出をお手伝いするという仕事に就きました。

――事前に抱いていたイメージとギャップはありましたか?
【佐伯美紗子】ギャップはありましたし、イメージとあっていたこともありました。ギャップに関しては、もちろん新人なので、イチから自分で大きな絵を描くというよりも、一つひとつの小さく見えるような仕事をやらなければいけないということです。そんななかでも、どうやって物が流れているのかを学ぶことができました。

【佐伯美紗子】メーカーさんの海外進出をサポートしていたときに感じたのですが、食って「物がいいから」「おいしいから」だけでは広がりません。その国の歴史や長い間培われてきた食文化がベースにあるので、生活にどうやって入り込むのか、また日本のものを守るのではなく、その食文化のなかで今後どう変わっていくのか、みたいなところがすごくおもしろいですね。

【佐伯美紗子】経済は物があってお金が回るだけではなく、やっぱりそれには人がついてくる。ビジネスを通してあらためて実感できたことはすごく大きかったと思います。

――imperfect創業の経緯について教えてください。
【佐伯美紗子】imperfectの構想を始めたのは2018年です。当時の日本は、サステナビリティやSDGsという言葉もまだ浸透していなかった時代です。私も含め、一緒に立ち上げたメンバーは、世界中の農園に行って、カカオなど食品原材料と呼ばれるものを輸入する仕事に携わっていました。

【佐伯美紗子】そこには生産を続けることが難しいという課題があり、現地の方々はどうにか解決しようと当時から取り組んでいました。ただ、私たちが農家の方や環境に寄り添った原材料を作って輸入しようと思っても、日本では品質がよくて安いものが求められます。私たちがこんなに農家の方たちを思って作った地球環境にやさしい原材料がどうして売れないんだろう。そのもどかしさは、きっと先輩方も感じていたはずです。どうにか自分たちの力で改善できないかと思いました。

【佐伯美紗子】「原材料がいいですよ」と、川上から推すだけではなく、私たちが消費者の方と接点を持てるビジネスを生むことで、消費者のニーズを作り出して原材料を広げていく。ひいては農家の方々の役に立っていく、というビジネスを作れないかと思って始めた事業です。

生産地において、環境保全や農家の生活、労働環境の改善といったサステナブルな取り組みをしている。写真はガーナのカカオ農家
生産地において、環境保全や農家の生活、労働環境の改善といったサステナブルな取り組みをしている。写真はガーナのカカオ農家

生産地において、環境保全や農家の生活、労働環境の改善といったサステナブルな取り組みをしている。写真はザンビアのコーヒー農家
生産地において、環境保全や農家の生活、労働環境の改善といったサステナブルな取り組みをしている。写真はザンビアのコーヒー農家


――imperfect(不完全)という名前には、どのような意味が込められているのですか?
【佐伯美紗子】まず、私たちがメインで携わっているコーヒーやチョコレートが、生産現場ではさまざまな社会課題を抱えていて、世の中の不完全さのひとつであると消費者の方に伝えたいということです。

高品質、かつサステナブルに配慮したスペシャリティコーヒー
高品質、かつサステナブルに配慮したスペシャリティコーヒー


【佐伯美紗子】もうひとつは、不完全さをよりよくする過程も、最初から完璧にはできない、完璧である必要はないということです。不完全でもいいから、一人ひとりができることから始めようというメッセージとして、imperfectという名前にしました。

imperfect(不完全)という名前に込めた想いを語る佐伯さん
imperfect(不完全)という名前に込めた想いを語る佐伯さん【撮影=阿部昌也】

悩むことは解決につながらない

――社長就任の経緯と、当時の想いを教えてください。
【佐伯美紗子】創業が2019年3月で、私が社長に就任したのが2022年8月です。創業時の社長からは「自分が離れなければいけないタイミングがいつか来るから、そのときは佐伯を後任にしたいと思っている」と言ってもらっていました。まだまだ先の話かと思っていましたが、2022年の7月に社長就任の話をもらい、そのときはとても驚きました。

――プレッシャーはありましたか?
【佐伯美紗子】すごくありましたね。農家、生産者の方の想いも背負っている事業なので、それを自分が受け継いでいけるか、継続できるのかとプレッシャーを感じました。以前から経営に携わっていましたが、自分が社長として本当にやっていけるのかと、自分の能力にも不安がありました。

【佐伯美紗子】ただ、もともとの性格なのかもしれませんが、あまり悩むことがないんです。不安だから、わからないからと悩むことは解決につながりません。自分には何ができるのか、不安な気持ちを払拭するには何をしたらいいのかと考え、覚悟を決めました。それが7月から8月にかけて、実際に就任するまでの気持ちのいきさつです。

――imperfectの具体的な事業内容を教えてください。
【佐伯美紗子】私たちが農家の方と生産したチョコレートやコーヒーを消費者の方に販売するというのが一番大きな事業です。今は消費者の方の意識変革を促しながら、一緒に構造を変えていくことを目指して取り組んでいるところです。

――日本ではサステナビリティという考えが以前に比べると浸透していますが、まだまだこれからかと思います。浸透させていくために力を入れている取り組みは?
【佐伯美紗子】まず、私たちが大切にしているのは、サステナビリティや環境にいいということを、前面に打ち出しすぎないということです。扱う商品はチョコレートやコーヒーなど、嗜好品といわれる分野の商品なので、「かわいい」や「おいしい」ということを楽しんでいただきたいと思って商品設計しています。

【佐伯美紗子】私が子どものころは、環境にいいものは「使い勝手が悪いけど社会にいいから使わないと」というイメージがありました。でもそれだと消費を広げることは難しい。「おいしいと思って食べているものが、実は何かのためになっていた」という商品を作っていきたいです。

【佐伯美紗子】また、日本では、社会によくて環境に負荷をかけない商品に関心があっても、手に取れる場所が限られています。それが非常に大きな課題のひとつだと思っています。私たちは表参道にお店を構えていましたが、それに限らず接点をどうすれば増やしていけるのかを考えているところです。

――表参道の店舗では企画運営や新商品開発なども中⼼となって担当されていました。大変だったことは?
【佐伯美紗子】お店に来ていただいた方には、商品をお買い求めいただくだけではなく、社会課題に関する情報にも触れていただきたい。でも、押し付けがましくなく、自然な形で楽しく知ってもらうにはどうすればいいのかすごく悩みました。

【佐伯美紗子】そこで、商品をご購入いただいた方にチップを渡して、店舗で提示している3つのプロジェクトの中から「最も応援したい」と思ったプロジェクトに投票していただくことにしました。みなさんせっかく一票を投じるからにはと、投票ボックスに書いてある文章をしっかり読んでくださったり、ご家族で話し合いながら投票してくださったり。社会の課題に関心を持つきっかけになるとうれしいなと思いました。

――消費者と接するお仕事をするようになって、印象に残っていることは?
【佐伯美紗子】小学生のお子さんが学校でサステナビリティについて学んで、お母さんに頼んでimperfectに連れてきてもらったということがありました。商社などBtoBの仕事をしていると、自分がやっている仕事が、誰にどう伝わっているのか実感できる機会がほとんどありません。彼女になにかすごく響くものがあって、わざわざお店に足を運んでくれたのだと思うと、とてもうれしかったです。

サステナビリティや環境にいいということを、前面に打ち出しすぎないことを大切にしている
サステナビリティや環境にいいということを、前面に打ち出しすぎないことを大切にしている【撮影=阿部昌也】

50年後もビジネスを成長させるための“投資”

――全国の街の洋菓子屋さんとともに行うサステナブル・プロジェクトについて教えてください。
【佐伯美紗子】パティシエやショコラティエの方の中には、サステナブルな材料を使いたいと関心を持たれている方もいらっしゃいます。ただロットが大きかったり、すごく価格が高かったりと、個人でお店をされている方々には買うチャンスがありませんでした。

【佐伯美紗子】そこで立ち上げたのがサステナブルなチョコレートを、日新化工さんと共同で少量で展開するというプロジェクトを始めました。売り上げの一部は、私たちが取り組むガーナで女性のサポートや、カカオの森を守る活動の資金に充当されます。街のケーキ屋さんに参加してもらい、生活圏内でサステナブルなものとの接点を作っていかなければ、本当の意味で社会を変えることにつながらないのではないかと思っています。

日新化工と共同で展開する「サステナブルチョコレートダークカカオ70%」
日新化工と共同で展開する「サステナブルチョコレートダークカカオ70%」


――洋菓子屋さんからの反応は?
【佐伯美紗子】もともと関心を持っていた方が多いので、「これを買って使うだけで、自分も森林保全のために何かできるんだ」と喜んでくださる方が非常に多いです。街の洋菓子屋さんって、周辺の方、特に小さいお子さんが、すごく喜んで買っていきますよね。そういう場で「こういうチョコレートを使っているんだよ」と話してくださるそうで、すごくうれしいと思いました。

――接点を増やすというところでいうと、ローソンとのコラボ商品を発売されていますね。
【佐伯美紗子】私たちのチョコレートやコーヒーを使った商品を、コンビニに合わせた商品形態や価格帯で作って販売させていただくというビジネスです。生活動線上でどうすれば手に取っていただける機会を作れるかと考え、私たちからローソンさんへ提案に行きました。

――反応はいかがでしたか?
【佐伯美紗子】表参道で成功しても、コンビニでサステナビリティを訴えて、消費者の方は買ってくれるのかわからない、そこまで消費者は変わったのか、というのが最初の反応でした。お話を重ねるなかで、では一度やってみようと、2022年の冬に最初の商品を発売することになりました。
※2024年1月にはサステナブルカカオ使用の2品をナチュラルローソンで販売

【コンビニ初進出】2022年11月にナチュラルローソンで発売した、深煎りカシューナッツを使用した「ナッツ香る 手づくり濃厚プリン」
【コンビニ初進出】2022年11月にナチュラルローソンで発売した、深煎りカシューナッツを使用した「ナッツ香る 手づくり濃厚プリン」

2024年1月にナチュラルローソンで発売したカカオスイーツ2種。「カカオとろける大人のガナッシュサンド」(右)と「Butters バターサンドウィッチ ホワイトチョコ&チップ」(左)
2024年1月にナチュラルローソンで発売したカカオスイーツ2種。「カカオとろける大人のガナッシュサンド」(右)と「Butters バターサンドウィッチ ホワイトチョコ&チップ」(左)

2024年2月20日(火)から、焙煎アーモンドの芳醇な香りにこだわった「imperfect 焙煎アーモンド香る大人のナッツラテ」(198円)が全国のローソンで発売
2024年2月20日(火)から、焙煎アーモンドの芳醇な香りにこだわった「imperfect 焙煎アーモンド香る大人のナッツラテ」(198円)が全国のローソンで発売


――持続可能な社会をつくるための取り組み、特にそれが企業であれば、持続可能であるためのビジネスモデルがやはり必要だと思います。ビジネスモデルの構築について、佐伯さんの考えを教えてください。
【佐伯美紗子】創業したときから、私たち自身が持続可能でなければいけないという話はすごく出ています。そのためには日本の消費者に変わってもらうことで適正な価格を設定し、その収益を農家の方も含めて分配しなければならない、というのが考え方です。

【佐伯美紗子】私たちも慈善活動でこのビジネスをしているのではありません。起業のときに考えていたことは、今のままの生産と消費の仕組みでは、ビジネスを続けられなくなるということです。10年後、50年後も私たちのビジネスを成長させ続けていくための投資という考えがベースにあります。

「社会課題の解決に取り組む会社といえばimperfectだよね」と言ってもらえるようになるとうれしい
「社会課題の解決に取り組む会社といえばimperfectだよね」と言ってもらえるようになるとうれしい【撮影=阿部昌也】

リーダーの仕事は「決断して責任を取ること」

――佐伯さんが仕事において大切にしていることと、リーダーとして大切にしていることをそれぞれ教えてください。
【佐伯美紗子】仕事においては、周りの人とコミュニケーションをとることを意識しています。どれだけ長く一緒に仕事をしている人であっても、「たくさん言わなくてもわかるよね」ではなく、思っていることや考えたことを言葉にして、お互いに伝え合うことがすごく大切だと思っています。

【佐伯美紗子】そのなかで、私がリーダーとしてやらないといけないのは、やはり決断して責任を取ることだと思います。みんなから聞いた意見をもとに決めて、ダメだったときは私が責任をとる。そしてなぜこの選択をしたのか、説明する責任もあると思っています。

――imperfectの今後の展望や野望を教えてください。
【佐伯美紗子】imperfectは、社会の仕組みを消費者の方と一緒に変えることを標榜しているので、共感してくれる消費者の方を、どれだけ増やせるかということを意識しています。そのために「imperfectはこうあるべき」と固執せずに、事業のチャネルや方法を多様化し、幅を広げて深さも変えて、消費者の方との接点を少しずつ増やしていきたいと思います。

――人の考え方や行動の変化を測るのは難しいのでは?
【佐伯美紗子】おっしゃるとおり、人の気持ちはどれだけ調査しても、定量化はできません。私たちが定点で見ているのは実際の行動です。私たちの商品がどれだけ売れたのか、社会や環境に配慮した商品が世の中にどれだけ増えているか、そういった事象でしか表せないと思っています。

【佐伯美紗子】調査をしていると、環境に関することを誰かと話すのは、はばかられるという方がいらっしゃいます。でもその気持ち、すごくわかるんですよね。そういう話をするのってちょっと怖い。でもそういう会話をしても、違和感のない社会になるといいなと思っています。

――佐伯さん自身の野望は?
【佐伯美紗子】子どものころから、ビジネスを通じて社会の課題をどうすれば変えられるのかということを考えていたので、imperfectがどんどん成長して「社会課題の解決に取り組む会社といえばimperfectだよね」と言ってもらえるようになるとうれしいです。今はチョコレートやカカオに関する課題に取り組んでいますが、それが解決されれば、また新しい課題を見つけてそれにチャレンジする。そういう繰り返しをしていきたいですね。

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【撮影=阿部昌也】

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【撮影=阿部昌也】


この記事のひときわ#やくにたつ
・消費者のニーズを生み出すにはまず接点を増やす
・持続的な成長には、長期的な視点で見て将来に投資することが大切
・悩むよりも自分ができることをやってみる

取材=浅野祐介、撮影=阿部昌也