仕事を選択することは、人生を選ぶことと言っても過言ではないだろう。現在の日本では職業選択の自由が認められているが、実際のところ、障がい者の方々の職業の選択肢は限られているという現実がある。

そのような現状を打破すべく「自分の持てる力を発揮したい、社会人としての役割を果たしたい、自分ができることに挑戦したい」を全力でサポートしているのが、creW株式会社(以下、creW)だ。この会社は「ぷりんクルーズ」というプリンのテイクアウト専門店を運営し、障がいのある方々の就労支援を行っている。

このお店を開店したのは、creWの代表取締役 佐藤絵理さん。彼女が企業を決意したきっかけには、勤めていた総合商社での苦い経験があったという。今回は佐藤さんにcreWの事業内容やぷりんクルーズを開店したきっかけ、そして障がい者就労継続支援において目指す姿について話を聞いた。

creW株式会社 代表取締役の佐藤絵理さん
creW株式会社 代表取締役の佐藤絵理さん【撮影=福井求】


総合商社での悔しい経験を経て一念発起!起業のきっかけとは?

ーーまずは、佐藤さんの経歴について教えてください。
【佐藤絵理】私は千葉市出身です。2009年に津田塾大学を卒業し、その後は豊田通商株式会社に13年ほど勤務していました。その後は独立し、現在はcreW株式会社の代表取締役として「ぷりんクルーズ」というお店を埼玉の和光市で運営しています。

ーー前職ではどのような事業に携わっていましたか?
【佐藤絵理】そこでは合成樹脂の営業担当を経て、食品メーカーに出向して商品開発を行うなどの業務をしていました。ですが、そのころにある悔しい失敗を経験し、それがもととなって現在の会社を起業するにいたります。

佐藤さんは新卒で総合商社に入社
佐藤さんは新卒で総合商社に入社【撮影=福井求】


ーー総合商社での悔しい経験とはどのようなものだったのでしょうか?
【佐藤絵理】商社での勤務中、ある大手製パン会社に出向して仕事をしていたのですが、新しい市場を開拓して新しい顧客を獲得することになりました。その際に、女性だけのグループを作って商品開発しましょうということになり、川下の商売にチャレンジしてみたいと思い、自ら手を挙げて異動することになりました。

【佐藤絵理】新商品の開発においてはアレルギーを持っている子どものために、小麦粉や牛乳、卵といった7大アレルゲンを全く使わないパンをゼロから企画開発していました。このような子どもたちにとって食事の選択肢が限られている現状があり、それをなんとか改善したいと思ってこの企画を考えました。

【佐藤絵理】新商品の企画開発の過程では「小麦粉を使わないパンは果たしてパンなのか」という議論が始まったり、「競合他社がしていないことをなぜするんだ」といったことを上層部に言われたりしながらも応援・協力してくれるメンバーと一生懸命取り組み、2年くらいかかってなんとか商品発売まで漕ぎ着けました。

【写真】ぷりんクルーズで販売されているプリン。平飼い卵をたっぷり使い、添加物は加えず、一つひとつ厨房で手作り
【写真】ぷりんクルーズで販売されているプリン。平飼い卵をたっぷり使い、添加物は加えず、一つひとつ厨房で手作り【提供=creW】


ーーその後、企画はどのようになったのでしょうか?
【佐藤絵理】その後、2018年に出向期間が終了したため、豊田通商に戻りました。そこからは親会社の立場から、その企業を支援する立場だったのですが、食品と異なる部署への移動もあって、自分の力不足でその商品の拡販などができませんでした。最終的に発売2年くらいで私が企画した商品は販売中止になってしまいました。

【佐藤絵理】自分としては「絶対にいける!」と信じて開発した商品でしたが、懸命に取り組んできた商品がなくなってしまったことがとても悔しかったのです。商品を手に取ってくれたお客様、アレルギーを抱えるお子さんを持つ親御さんが「こんな商品を待っていた」という声が頭から離れず、悔しい気持ちでした。消費者の方々や協力してくれた仲間に申し訳ない、と感じていました。

【佐藤絵理】それと同時に、サラリーマンという立場を活かしてできる仕事もあればできない仕事もあると考えるようになり、次に新しい商品を作るときは「最後まで面倒を見られる責任ある立場で、何かを作りたい」と強く思うようになりました。

ーーそれで、現在の会社を立ち上げられたのですね。
【佐藤絵理】そうですね。私の夫がWOOOLY株式会社という会社を2019年から経営しています。この会社では埼玉県春日部市をはじめとした40カ所以上で、就労継続支援B型事業所という、就労を希望する障がいを持った方々のサポートを行う福祉施設を運営しています。その影響もあって、私にできることはないかと思い、2022年6月に「ぷりんクルーズ」をオープンしました。

ぷりんクルーズの販売所でお客さんがプリンを受け取っている様子
ぷりんクルーズの販売所でお客さんがプリンを受け取っている様子【提供=creW】


プリンのテイクアウト専門店「ぷりんクルーズ」の目的は?

ーーぷりんクルーズの概要について教えてください。
【佐藤絵理】ぷりんクルーズとは、埼玉県和光市にある手作りプリンのテイクアウト専門店で、先ほど申し上げたWOOOLY株式会社の100%子会社としてcreW株式会社が運営しています。常識やしがらみ、障がいや障壁に関係なく多様性が実現された世界に少しでも近づきたい。そんな願いを込めてオープンしたお店です。

【佐藤絵理】のびのび育った親鶏から生まれた平飼い卵をたっぷり使い、添加物は加えず、一つひとつ調理室で手作りしています。ぷりんクルーズという名前の由来は、こだわりのおいしいプリンを乗せて、多くの人のもとへクルーズしていきたいという想いからです。現在は、和光市の販売所での店頭販売とオンライン販売を行っています。販売所の営業時間は平日13時〜14時30分の90分です。

ぷりんクルーズの販売所。営業時間は平日13時〜14時30分
ぷりんクルーズの販売所。営業時間は平日13時〜14時30分【撮影=福井求】


ーーどのようなきっかけで、ぷりんクルーズを始めたのでしょうか?
【佐藤絵理】障がいを持った方々の仕事は、主に箱を折るなどの単純作業が多いのが現状です。集中される方は集中されるし、向いてる方は向いていますが、私は「本当にみんな箱折りが好きなのかな」という疑問を抱いていました。また、あるとき市役所に赴いた際、障がい者の方たちが作ったクッキーが販売されていたのですが、ホコリを被ったまま放置された状態でした。それを見て「何かできることはないか」と思ったのがきっかけですね。


【佐藤絵理】商品を作って売るうえで、販売する能力や買う側が「買いたい!」と思える魅力をつけることが大事だと考えています。障がい者の方々の作るものにそのような魅力をつけることができれば、しっかり売ることができるのでは?と思い、起業にいたりました。また、プリンを選んだ理由はプリンのテイクアウトを事業としている事業者さんがあまりいなかったこと、プリンはケガの心配が少なく安全に作ることのできるものだったこと、の2つですね。

プリンをオーブンに入れている様子
プリンをオーブンに入れている様子【提供=creW】


ーープリンって嫌いな人も少なそうですものね。2022年6月に開業されて1年半ほど経過しましたが、どのような影響や変化がありましたか?
【佐藤絵理】お客さんのなかで「自分の子どもが障がいを持っています」といった方が見に来てくれたりしますね。そのような方々のなかには、将来子どもが学校を卒業したら通わせたいという方もいらっしゃいます。あとは、これまで障がい者福祉とは全然縁がなかったけれど、来てくれて「みなさんはこんな風にお仕事をしているのですね」と言っていただいたりもしています。

【佐藤絵理】障がい者の方の働く選択肢は多くありません。ですが、弊社ではオープンにすることで「障がい者福祉の会社がやっているおいしいプリン屋」と口コミで来てくれる人も増えましたし、楽しく働けそうな福祉施設として広がっているのではないかと思います。

プリンの製造工程
プリンの製造工程【提供=creW】


ーー私もお店を拝見しました。みなさんの働く様子が見えますし、すごくオープンな場所だなと思いました。
【佐藤絵理】ありがとうございます。障がい者支援を社会課題や社会問題、SDGsといった側面を前に出しすぎてしまうととっつきにくいですし、重い感じがしてしまうと思います。ですが、当事者としては楽しくお仕事ができますし、新しいチャレンジができ、経験も積める場所を作ることを第一に考えています。そして、全く事情を知らないお客さんから見たら「なんか楽しそうでかわいい雰囲気だな」みたいな感じに捉えてもらうことが目的ですね。

ーー実際に働かれている利用者さんの反応はいかがですか?
【佐藤絵理】通われている方のなかには、もともとお菓子作りがすごく好きで、お仕事としてやってみたかったという方もいます。でも、箱折りがまだまだ難しい方もいるので、ここを見つけて通われて「すごく楽しいです」と言ってもらっています。また、プリンをお友達に買っていって「自分が作ったんだよ」と自慢している方もいました。利用者さんにとって楽しく経験を積める場になっていると、本当に思いますね。

ーーまた、商品デザインにもこだわりがあるのですよね。
【佐藤絵理】そうなんです。それも気にしていたところでもあって、楽しげな感じで広がっていけばすごくいいかなっていうのは常日頃思っていますね。おいしく見せるためには、やっぱりある程度のかわいさやオシャレさが必要ですし、ロゴやデザインなどの見せ方も大切だと思います。それも買い手側に「買いたい!」と思ってもらうための工夫です。やっぱり、商品が売れるとみんながうれしいですからね。

紙袋のデザインまでこだわり抜いているのがぷりんクルーズの特徴だ
紙袋のデザインまでこだわり抜いているのがぷりんクルーズの特徴だ【撮影=福井求】


ーー作り手側からしても、自分たちがかわいい商品を作っているという自信がつきそうですね。
【佐藤絵理】商品に自信があると自分の仕事にも自信が持てますし、誇りに思えると思います。また、こういったかわいい商品を作っている福祉施設があれば、お子さんを通わせたいと親御さんは思うでしょうし、これまで障がい者福祉と関係のなかったお客さんにも、自然に社会課題を知ってもらえるようになればいいなと思いますね。

ぷりんクルーズスタッフが地域のお祭りで販売会をしている様子
ぷりんクルーズスタッフが地域のお祭りで販売会をしている様子【提供=creW】