乙武洋匡さん
乙武洋匡さん【撮影=阿部昌也】

ベストセラー作家、スポーツジャーナリスト、テレビキャスター、タレント・インフルエンサー、教職員、さらにはサッカークラブのGMといった経歴を持つ乙武洋匡さん。惜しくも当選はならなかったが、今年は政治の道へのチャレンジも果たした。実に多岐に渡るキャリを誇る乙武さんへのインタビューを3回にわたってお届け。今回は、多様性の時代の働き方、そして今後の野望について話を聞いた。

――多様性の時代の働き方について、乙武さんの考えを教えてください。
【乙武洋匡】フリーランスで働く方も増えましたが、まだまだ日本の企業では、数年ずつに異動があり、いろいろな部署を経験させて、ジェネラリストを育てていくという人材育成を行っています。これだと、障害者をはじめとする特性に偏りのある方は出世しづらいし、もっといえば、採用されにくいと思うんです。メインシステムが“ジェネラリスト中心”であることは変えなくていいのですが、一部にスペシャリストを育てていく観点を持っていただいて、「苦手なことはいいから、あなたはひたすらこれだけに取り組んで」というポジションもいくつか用意していただけると、特性に偏りのある方も、自分の持ち味を発揮しながら自己実現を図れたり、その企業に貢献できているという感覚を持ちながら働き続けることができると思います。ジェネラリスト一辺倒ではなく、一部でスペシャリストも育てていくという意識を企業側に持っていただけると、ダイバーシティ時代の働き方がかなり実現されていくと思います。

――ジェネラリストとスペシャリストのバランスは確かに大切ですね。乙武さんは仕事において、苦手なことはありますか?
【乙武洋匡】炎上はよくしますが、仕事上の失敗はあまりないんですよね。けっこう要領のいい人間なので(笑)、きちっとこなします。ただ、私は相手の話をきちんと聞きたいので、討論系のトーク番組が実は苦手です。よくTwitterで尖ったコメントでフルスイングしてしまうので(苦笑)、論客的な見られ方をすることは多いのですが、「せーの」で喋り出す場所では、「この人はこういうことを言っているんだな。それを踏まえて言うと……」と考えたいタイプなので、まったく糸口をつかめないまま番組が終わってしまうことがあります。「他人が何と言おうが、オレはこれを言いたい」という人でないと主戦場に躍り出ることができないので、そういう討論番組に出演すると「置き物になってしまった……」と反省することがありますね(苦笑)。

乙武洋匡さん
乙武洋匡さん【撮影=阿部昌也】

――今日お話してあらためて感じましたが、乙武さんは、相手が何を考えていて、何を言いたいかを聞きたい方ですよね。
【乙武洋匡】そう、対話が好きなんですよ。

――苦手というテーマの次は、努力について聞かせてください。乙武さんが努力してきたこと、努力していることはありますか?
【乙武洋匡】努力という言葉の定義も難しくて、純粋に、自己研鑽を積んで自分自身のスキルなどを上げていくことを意味する場合もあれば、日本語で努力という言葉を使う場合は「嫌なことも我慢しながら」という文脈が付与されることが多いと思うんです。前者の意味で考えると「先輩がやっていることを見る」だとか、あと、これは私が教員時代に意識していたことでもあるのですが、子どもにスモールステップをうまく用意してあげることってすごく大事で、その子が完全にやれる範囲のことを課題に出しても成長しないし、ものすごくがんばっても届かないようなビッグステップを用意しても彼らはやる気を出せなくなってしまうし、「ちょっと頑張れば達成できるぞ」というくらいのちょうどいいスモールステップを用意してあげることが子どもの成長においてすごく大切なことなんです。そしてそれは、私自身に課していることでもあります。いろいろなお仕事の依頼がくるなかで、「これは私にはハードルが高いけど、ちゃんと勉強して臨めばいい経験になるぞ」と思えるものを、臆せず、積極的にお受けしていくことを意識しています。一方、後者の、我慢しながら嫌なこともがんばるという文脈で考えると、「乙武義足プロジェクト」の達成に向けた階段トレーニングです(苦笑)。2日に1回、70フロアを小1時間ほどかけてトレーニングする、これはずっと“いやいや”でしたが、「努力してきたぞ」と自分の中でも胸を張れることかなと感じています。

――テレビでも拝見しましたが、あのトレーニングはかなりハードでしたね。「乙武義足プロジェクト」については、乙武さんご自身はそもそも二足歩行で歩かれたことがないですよね。「二足歩行で歩きたい」という思いとは別の観点も動機のひとつに取り組んでいらっしゃったように感じましたが、どういったモチベーションでこのプロジェクトに挑戦したのですか?
【乙武洋匡】先程お話した6年前のスキャンダルで、活動をすべて停止せざるを得ない状態になり、社会のために実現できることが何もなくなりました。もともと、ライスワークよりライフワークを意識して、それを生きがいに活動してきましたが、そのライフワークをすべて閉ざされてしまったことで、生きている意味を見失っていたんです。そんな折、「乙武さんがトレーニングを積んで歩けるようになれば、歩くことをあきらめている人たちに希望を与えられるかもしれない」と言われたときに、想像さえしなかったアプローチではありましたが、今度は言論ではなく、「体を張ることでライフワークをひとつ与えていただけるのかもしれない」と思いました。これは喜びでしかなかったです。一番のモチベーションになりましたね。

乙武洋匡さん
乙武洋匡さん【撮影=阿部昌也】

――スモールステップ、ビッグステップ、実際に取り組んでみてハードルの高さはどうでしたか?
【乙武洋匡】とてつもなく高かったです(笑)。当初抱いていた「社会のため」「歩く希望を失ってしまっている方のため」という思いは、もちろん後半も持ち続けていましたが、後半はそこにプラスして、単純に“負けず嫌い魂”に火がつき、おもしろくなってきました。「こんなにやっているのにどうしてできないんだ」とか「どうすればできるようになるんだ」という思いが、先程の階段トレーニングにもつながっていましたし、ストレッチや筋力トレーニングでは私の一番苦手な「継続は力なり」を求められましたが、それでもこなせた理由はそこにもあると思います。

――達成した瞬間の気持ちは?
【乙武洋匡】ほっとしました。私ひとりのプロジェクトではなく、義足の開発者である遠藤謙さんをはじめとしたプロジェクトチームで動いてきましたし、みんなが自分の持ち場でしっかりと力を発揮して、すべてのお膳立てをしてくれて、「あとは乙武が歩くだけだよ」というなかで、僕が大コケをしたら、彼らの努力や準備が水の泡になってしまいます。国立競技場という、これ以上ない大舞台を用意してもらって、「さあ、あとは歩くだけ。でも、本当に歩けるの?」というプレッシャーのなか、目標の100メートルを上回る117メートルを歩くことができました。とにかく、「ほっとした」という思いが強かったですね。

――最後に、乙武さんの今後の野望について教えてください。
【乙武洋匡】これは一貫して変わらず、この社会を、選択肢のたくさんある、多様性のある社会にしていくこと。この目標に対してどんなアプローチがあるのか、その時代その時代で、適宜考えながら取り組んでいくこと、これに尽きますね。この6年間は、政治というアプローチ以上に自分が打ち込めるものを見つけられない状況でしたが、今回落選をして、しばらく選挙がない状態のなかで、何をしていくのかをあらためて模索しなければいけないと思っています。ただ、自分は何のために生きていて、どこに情熱をぶつけていくのか、それを考えたときに、その先にあるのは「多様性のある社会」であることだけは変わらないと思います。

――絶対にあきらめない野望ですね。
【乙武洋匡】はい、絶対にあきらめません。

この記事のひときわ#やくにたつ
・先人、先輩がやっていることを見る
・ちょうどいいスモールステップを用意、意識する
・情熱のぶつけ先となる目的を明確にする

取材・文=浅野祐介/撮影=阿部昌也