2023年現在、グミ市場は右肩上がりの急成長を遂げる一方で、ガム市場は縮小の一途をたどっている。その原因はさまざまで、環境の変化や代替品の進化、スキマ時間の消失などが重なり合っているという。そして2020年以降のコロナ禍で、マスクを外すことが敬遠されたことをきっかけにガム市場は大打撃を受けた。

しかし、2023年以降のコロナ禍の落ち着きにより、人流増加、脱マスク率向上とともに、ガムの売り上げが右肩上がりになった。この背景には外的要因だけでなく、ガムの老舗・株式会社ロッテ(以下、ロッテ)が「ガムを噛むことのメリット」を発信したことにもあった。

今回は、ロッテ 中央研究所 噛むこと研究部 主査の菅野範さんに、ガム市場の変遷や、噛むこと研究部の研究成果、そしてガムを社会に訴求するための取り組みについて話を聞いた。

ロッテ 中央研究所 噛むこと研究部 主査の菅野範さん
ロッテ 中央研究所 噛むこと研究部 主査の菅野範さん【撮影=福井求】


2000年代に最高潮を迎えたガム。現在の動向は?

ロッテがガムの発売を始めたのは今から75年前の1948年。ロッテが誕生した当時より、チューインガムの製造・販売を開始。敗戦後の貧しい日本において、子どもたちにおいしいチューインガムやチョコレートをいっぱいたべさせてあげたいという、ロッテグループ創業者・重光武雄さんの強い想いがあった。

「もともとガムが日本に広まったのは、戦後に進駐軍がチョコレートやガムを持ち込んで子どもたちに配ったところから始まっています。そのなかでも、日本で製造・販売するおいしいものを子どもたちに提供したいという想いから、ガム事業が始まって、ロッテが始まりました。そのように設立された会社ですので、ガムに対する思い入れがとても強いんです」

ロッテ創業時のガム。「子どもたちにおいしいものを食べさせたい」という願いが込められている
ロッテ創業時のガム。「子どもたちにおいしいものを食べさせたい」という願いが込められている【提供=ロッテ】


ガム市場のリーディングカンパニーとして世の中にガムを提供し続けて75年。発売当初はガムを世の中に広め、1970〜1990年代の「効能ガム全盛期」と言われる期間に売り上げを一気に伸ばすことに成功。そして1997年以降にデンタルや健康志向のシーン開拓を行い、ガム市場のトップを走り続けていた。そして、ガムの市場として2004年に最高記録の売り上げを記録することとなった。

「ガムは子どもたちのお菓子みたいなところから始まったのですが、1950〜60年ぐらいになるとミント系ガムが出てきて、大人のエチケットとして嗜まれるようになりました。その後、1980年代に入ると、息スッキリ!といった機能性や目的を持ったガムが登場しました。その後、1997年には歯の健康のためのガムが発売され、今までむし歯の原因ともいわれていたガムがむしろ、歯によいものになり、パラダイムシフトが起きました」

ガム市場は2000年代前半に最盛期を迎えたものの、その後は、厳しい状態が続くことになってしまったという。その原因のひとつがグミ市場の伸長だ。2000年ごろからグミが徐々に売り上げを伸ばし始め、噛み終わったら口から出さないといけないガムに比べ、口に入れたらそのまま飲み込めるグミが次第に人気に。そして遊び心のあるグミが多数登場することによって、2021年にはガムとグミの市場規模が逆転した。

ほかにもたくさんの要因があると菅野さんは話す。口臭ケアのタブレットへの代替、たばこ・車離れの加速、公共施設のゴミ箱の減少、大人をターゲットとしたお菓子市場の成長、スマートフォンの普及によるスキマ時間の消失など、環境の変化や代替品の進化がガム市場を圧迫。そして2020年から続くコロナ禍によって外出の機会が減少し、エチケット用品としてのガムの需要が少なくなったことも理由のひとつだ。

「何も食べない条件に比べて、ミントガムを食べている条件のほうが乗車前後での酔いの症状について、酔いによる目の疲れやふらつきという症状が軽減することが確認された(*:p<0.05,**:p<0.01)(出典:人間工学 2023:59(5);193-200)
「何も食べない条件に比べて、ミントガムを食べている条件のほうが乗車前後での酔いの症状について、酔いによる目の疲れやふらつきという症状が軽減することが確認された(*:p<0.05,**:p<0.01)(出典:人間工学 2023:59(5);193-200)【提供=ロッテ】


噛むことのメリットを伝える!「噛むこと研究部」の活躍

ガム市場全体は縮小する一方で、2023年のガムの売り上げは右肩上がりに回復。その理由として、コロナ禍の落ち着きによる人流増加や脱マスク率の向上、そして2023年春のWBCで選手がガムを噛んでいたシーンを人々が見たことにより、ガムを買い求める人が増えたという。そのような社会的背景を受けて、ロッテは「今日は誰に会いに行く?」というコンセプトのCMを展開。おでかけ需要に向けた訴求を行った。

そして、もうひとつの取り組みが「噛むこと研究部」の研究成果をもとにしたメディア露出だ。噛むこと研究部とは、「噛むことを通じて世の中に貢献したい。」というテーマを掲げて2018年に設立された部署。ロッテは1948年の創業以来、ガムを生産・販売して研究し続けるなかで、“噛むこと”の必要性や、“噛むこと”が脳や心、体に影響を及ぼすことを明らかにした。そこで、さまざまな研究機関や企業と連携して“噛むこと”の効果を研究し、社会貢献を目指している。

「研究結果では、『噛むこと』によりさまざまな効果があることがわかっています。噛むことの効果として、頭皮血流の上昇、集中力の向上、記憶力の向上、目の疲れの軽減、フェイスラインの引き締め、唾液量の増加に伴う免疫物質の増加、子どもの口腔発達への効果、ストレスの軽減、自律神経バランスの改善、カロリー消費量の増加、静的バランス機能の改善等の運動能力への効果、乗り物酔いの軽減といった、数々のメリットが確認されています」

ガム咀嚼習慣と毛髪の太さに関する調査研究結果。1日のガム咀嚼時間が多い群では、少ない群と比較して、頭頂部の毛髪径が有意に太かった(出典:アンチ・エイジング医学 2021:17(2);82-85)
ガム咀嚼習慣と毛髪の太さに関する調査研究結果。1日のガム咀嚼時間が多い群では、少ない群と比較して、頭頂部の毛髪径が有意に太かった(出典:アンチ・エイジング医学 2021:17(2);82-85)【提供=ロッテ】


このような噛むことに関する研究結果が、様々なメディアに取り上げられるようになった。数々の噛むことで得られる効果の中でも、「噛むこととスポーツパフォーマンスの関連性」や「頭皮血流改善にガムを噛むことが効果的」、「ガムを噛むことでカロリー消費アップ」といった内容が取り上げられた。そのような取り組みの結果、コロナ禍の2020年度にはガム売上昨対比が78.7%だったのに対し、2023年5〜6月のコロナ5類移行後は売上昨対比が108.1%に回復した(※)。
※出典:インテージSRI+ ガムカテゴリー 推計販売規模(前年比)  全業態(期間2020年4月~2021年3月、期間2023年5~6月)

「SNSでは『30年ぶりにガムを噛んだ』『ガムを噛むことでこんなにいいことがあるとは知らなかった』などのコメントが増えました。やはり最近は健康ブームが謳われていることもあり、この時代にガムを健康的に使うという意味では、すごく意義があるのではないかと思っています。2018年に噛むこと研究部を発足させて以来、その結果を今の時代に活かすことができているのでは、と感じています」

ガム咀嚼を2週間継続することで、自律神経バランス・気分状態の改善および唾液中のIgA濃度が増加することが確認された(出典:薬理と治療 2022:50(6);1049-1054)
ガム咀嚼を2週間継続することで、自律神経バランス・気分状態の改善および唾液中のIgA濃度が増加することが確認された(出典:薬理と治療 2022:50(6);1049-1054)【提供=ロッテ】