かもめニッキ
『かもめニッキ』(週末北欧部chika/講談社)
 やりたいことよりもやらなければならないことをごく自然に優先させるようになったのは、いつ頃からだっただろう。あの頃抱いていた夢は、もうずいぶん遠くへ行ってしまったような気がする…。日常を振り返り、ふとそんな物悲しさを感じることはないだろうか。
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『かもめニッキ』(週末北欧部chika/講談社)は、そうした気持ちを抱いている人にこそ、手に取ってほしいコミックエッセイだ。  作者は、2022年10月からテレビ東京でドラマ化されるコミックエッセイ『北欧こじらせ日記』(世界文化社)を描いた、週末北欧部chikaさん。北欧愛やフィンランドで寿司職人になるという夢を見つけるまでの過程などが描かれている同作は、さまざまなメディアで取り上げられ、大きな反響を呼んだ。  本作『かもめニッキ』は、「フィンランドに住みたい」という長年の夢を実現すべく、会社員として働きながら寿司修業に取り組んでいた頃に描いていた絵日記を、当時のままフルカラー化した作品。  初めて作者の作品に触れる方はもちろん、ここでしか読めない描きおろし漫画&コラムも収録されているので、ファンも大満足の1冊だ。  夢の実現を目指しながら、東京のアパートで描き続けた“その時だからこそ描けた絵日記”の数々に、読者は心動かされるに違いない。

憧れの地への移住を夢見て、寿司修業に明け暮れたかけがえのない日々

 本作に収録されているのは、2021年冬から夏の絵日記、42エピソード。読み進めると、あまりに濃くてパワフルな半年間の記録に驚かされる。  作者は週末のみレッスンを受けられる、1年コースの寿司職人養成学校に入学。ところが、入学後まもなく、胆石による急性すい炎を発症し、胆のうを摘出。仕事に行けず、寿司学校も休学せざるを得なくなった。  だが、夢を追うことは諦めず、復帰後は別のクラスに編入し、寿司修業を再スタート。平日は仕事から帰宅した後にベーコンを使って握りの自主練をしたり、さまざまなテストに備えたりと奮闘する。
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 それだけでも多忙なのに、会社に許可を貰い、実務経験を積むべく寿司屋でのアルバイトも開始。バイト先では、フィンランドでお寿司を作りたいという夢を応援してくれる周囲の人の優しさに触れ、夢を口に出して伝えることの大切さを学んだという。  こうして、寿司修業だらけの日々を送ることとなった作者はやがて、できないことができるようになったという喜びを味わうように。
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 大人になると感じる機会が減るこの嬉しさを大切に噛みしめ、夢を実現するため、さらに努力。フィンランド人のペンパルとWeb通話をしたり、自主的に勉強したりして英語力を磨くようになり、「フィンランドで暮らす」という夢の解像度はあがっていった。  パワフルに行動し、夢を追いかけ続けた作者。そのエネルギッシュな生き方に触れると、夢を持つことの楽しさを思い出し、心の奥に追いやった自分の夢ともう一度向き合いたくなる。  いくつになっても、夢を叶えることはでき、自分が思っている以上に私という人間にはさまざまな可能性があるのではないかという前向きな気づきを、本作は与えてくれるのだ。  また、本作には寿司修業の様子だけでなく、友人や家族、北欧好き仲間とのなんでもないように思える尊い日々も収録。
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 未来を見ながら、「今」という瞬間も豊かなものにしている作者の姿が響き、退屈だと思っていた日常の見え方が変わるだろう。

何気ない日常にも、喜びの種がある。悲しい日にも、学びの種が満ちている。日常の見方で、世界は変わる。
 あとがきにそう綴った作者はついに夢を叶え、2022年9月現在フィンランドで暮らしている。  ぜひ、このほのぼのとした奮闘絵日記を、自分の日常を見つめ直すきっかけとしても役立ててみてほしい。 文=古川諭香