(左から)横尾アナ、林田アナ / (C)NHK
【写真】防災の日・9月1日周辺でNHKはさまざまなノウハウを公開

8月23日、NHKは災害報道時アナウンサーが使用している“呼び掛け”の文言の一部を、9月1日には長年防災・減災報道に取り組んできたアナウンサーの“伝える技術”を学習したAIが読み上げる音声データをHPにて公開した。

NHKでは災害が予想される際や災害が差し迫っている緊急時に、防災・減災のため、視聴者の避難行動につなげるための報道を実施している。そこで使用されている文言やアナウンサーの話し方は、東日本大震災後、被災者や災害の専門家、避難情報の専門家にNHKのアナウンサーや記者が取材をしながら日々改良を続けている、NHKのノウハウが詰まったものだ。

これまで時間を掛けて培ってきたノウハウを一部とはいえ公開するに至った背景や、災害報道への思い、そしていかに活用して欲しいのか、横尾泰輔アナウンサー、林田理沙アナウンサーに話を聞いた。

「NHKの呼び掛け文言を知りたい」という声が寄せられていた

ーー今回、災害報道での「呼び掛け」文言や、音声公開に至った経緯を教えてください。

横尾アナ:命を守る呼びかけの原点は3.11です。あの時、津波が到達するまでに時間的猶予があったにもかかわらず、多くの犠牲者が出てしまいました。だからこそ、NHKは東日本大震災以降、震災の経験と教訓を踏まえ、災害時に一人でも多く方の命を守るにはどのような放送・報道にすべきかを考え続けています。

その一巻として、言葉で避難や備えを促す「呼び掛け」について、私たちアナウンサーや記者が中心に、専門家や被災地の地域住民のみなさまと対話を重ね、蓄積してきました。今後も進化させていき、将来の災害に備えたいと考えています。

そんな中、災害に関する勉強会や地域の方とのミーティングなどの場で、地域メディアの方からの声をはじめ、自治体、商業施設の防災担当の方、学校の先生などから「NHKがどのような呼び掛け文言を用意しているのか知りたい、教えてほしい」というご要望が非常に多くありました。

地方自治体の防災行政無線の文言についてアドバイスが欲しいとか、大型商業施設の店舗の組合から、館内放送の参考にしたいという声もいただいて。こうした声に応えたいという思いで、一部ではありますが、オープン化した次第です。

「正解だったのか、今でも考える」3.11報道

ーー横尾アナは3.11にて、初動報道をご担当されていました。当時の思いをお聞かせください。

横尾アナ:あの日は非常に切迫した状況ではありましたが、当時のNHKはとにかく冷静に落ち着いた報道を、という方針でしたので、自分に「落ち着け、落ち着け」と言い聞かせて報道に当たりました。

一方で、落ち着いて伝える言葉では限界があるということも事実だと思います。正直、今も「あのトーンであの言葉を選んで正解だったのだろうか」と、ずっと考えています。あの日の報道を思い出さない日は、1日もありません。以来、どのように情報を伝えれば人は逃げるのか、どんな言葉なら背中を押すことができるのかを考え続けてきました。

震災後も毎年のように豪雨災害が起き、多くの方が被災されています。今回公開した呼び掛けは、NHKの知見だけでなく、専門家や地域の住民、特に災害を経験した被災者の方の意見なども取り入れており、公共性の高いものだと考えています。これを共有し社会に還元し、地域防災に貢献することは公共メディアの使命だと考えています。

「どうにか伝わってほしい」と願いながら磨き上げてきた呼び掛け文言

(左から)横尾アナ、林田アナ / (C)NHK
ーー公開した文言は、NHKのアナウンサーや記者が自ら被災者や災害の専門家、避難情報の専門家に取材をしながら改良を続けているものとのことですね。

林田アナ:我々アナウンサーは、新人からベテランまで1人1人が呼び掛けの文言に思い入れを持っています。私自身も過去の災害の研究をしながら、他のアナウンサーとともに新しい呼び掛けの作成に当たっています。

例えば、「道路に落下物があるかもしれません」ではなく、「道路に落ちているものがあるかもしれません」といった表現の方がより伝わりやすいのではないか、といったように、小さな違いかもしれませんが、どうにか伝わってほしいと願いながら、1つ1つの言葉を選定しています。

ーー災害報道にあたり、アナウンサーとして心がけていることを教えてください。

林田アナ:ニュースを日々お伝えする中で、災害の時の呼び掛けでは、「この状況で、どう呼び掛ければ一人でも多くの方が命を守る行動をとって下さるか」ということを、言葉を発する瞬間まで考え抜くようにしています。

その際に一番大切だと感じているのは、「“あなたに”逃げてほしい」と心の底から思って伝えることです。そうすることで、より一人ひとりに届き、「自分のこと」ととらえて命を守る行動につなげていただけるのではないか、と考えています。

ーーアナウンス時の具体的なノウハウをいくつか教えていただけますでしょうか?

林田アナ:まずは、正確であること。その上で、その時々の状況にあったトーンで呼び掛けることが大切です。例えば、雨が強まる前は、本格的な危機までまだ時間がありますので、「トーンを上げすぎずに、冷静に伝えること」がポイントです。こうすることで正しい備えや行動の指針をていねいに示すことができます。

一方で非常事態では、声のトーンにも切迫感を持たせて伝えることを心がけています。また、災害が起きた時、必ずと言っていいほど聞かれるのが「自分は大丈夫だと思った」という声です。「あなた」「ご家族」といった呼び掛ける相手や、「〇〇地区の皆さん」というように具体的な地名を示すことで、より自分のこととして捉えてもらえるようにすることも大切です。

より多くの方に命を守る行動を取っていただけるようになれば

(左から)横尾アナ、林田アナ / (C)NHK
ーー今回公開したノウハウが、今後どのように活用されていくことを望みますか?

林田アナ:自分自身が呼び掛けに当たりながらも、災害で命を落とす方がいらっしゃるのは、本当に心が痛いことです。被災する方が1人もいない、というところまでなんとか辿り着けないか…という思いで取り組んでおります。今回の取り組みによって、より多くの方に命を守る行動が浸透したら、うれしく思います。

横尾アナ:東日本大震災の際、被災された方に話を伺う調査・研究の機会がありました。ある女性は避難所に到着してから、自身は2階に上がったけれど、息子さんは庭でサッカーをしていた。そして数分後には息子さんの姿はなくなっていたと。どうしてあの時「一緒に逃げよう」と言えなかったのか、非常に後悔されていました。

また、津波警報が発令された旨をトラックで呼び掛けをされていた消防団員の方は、なぜもっと強く逃げるように伝えられなかったのか悔やんでいると。我々メディアと同様、なぜあの時もっと強い言葉で伝えられなかったのか、悔やんでいらっしゃるんです。

今回の呼び掛けは、元々は我々同様、情報発信側のために公開したものではあります。ですが、地域の皆さん一人ひとりに使用していただけたらと思っております。