全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

【写真】開業時から愛用している焙煎機、BULLET R1

グリーンがさりげなく店を彩る
九州編の第40回は、福岡市西新エリアにある「NIYOL COFFEE」。2018年オープンかつ、決して大きなコーヒーショップではないが、コーヒー好きの間では「NIYOL COFFEE、良いよね」と話題に上がる人気店になっている。その大きな理由は高いクオリティを有するコーヒー、ドリンクの味わいはもちろんのこと、受け皿の広さ。人間的にもステキだともっぱら評判の店主、越智大輔さんの“今までの人生で経験したすべてが凝縮”している同店の強み、魅力に迫る。

オーナーの越智大輔さん
Profile|越智大輔(おち・だいすけ)

1981(昭和56)年、福岡県福岡市生まれ。美大を卒業後、絵描きとして活動。生活費を稼ぐために始めたバイトがシアトル系コーヒーチェーンだったことが、コーヒーの入口となる。接客の楽しさに魅了され、約7年間、コーヒーショップで働いた後、知人が営むバーでバーテンダーを経験。結婚を機に昼の仕事がメインの地場の飲食企業に就職。料理やサービスのスキルを磨き、このころから独立を考え始める。4年間、複数のアルバイトを掛け持ちしながら開業資金を貯め、2018年に「NIYOL COFFEE」をオープン。

イマドキだけど、コーヒーマニアの心もしっかり掴む

13席のみの小さなコーヒーショップ
2018年にオープンし、今では西新エリアを代表するコーヒーショップとなった「NIYOL COFFEE」。人気を得ている理由として、コーヒーに対して確かなポリシーを持ち、生豆のポテンシャルを最大限引き出す焙煎を一貫していることはもちろんだが、コーヒーショップとして間口が広いことがあげられる。

絵画を描いてきた越智さんの作品をはじめ、さまざまなアートが店を彩る
カフェのドリンクはカフェラテ(500円)や、いわゆるハンドドリップコーヒーのオーディナリーコーヒー(450円)といった定番に加え、ビジュアルもかわいいラッキーニヨルシェイク(670円)、飲みやすさを重視したホワイトナッツモカ(550円)など、さまざまなメニューをラインナップ。

焙煎、抽出ともにコーヒー豆が持つ甘さを引き出すことを意識
コーヒーショップ時代に培った抽出技術、自家焙煎を通して味わいの高いクオリティ、オリジナリティはしっかり表現しつつも、コーヒー好き以外も利用しやすい店づくりをしたことで、幅広い年代に親しまれているというわけだ。もちろん昨今、そういったスタイルの店は数多くあるが、「NIYOL COFFEE」はその中でも群を抜いてメニュー構成やアレンジ力に個性を放っている。実際、見た目にもかわいいドリンク目当てに訪れ、SNSで写真をアップするライトなユーザーもいれば、コーヒーの味わいに対してシビアなマニア層の利用も多い。これら2つの客層の心を、ともに掴むことができているのは、素直にすごいことだ。

ラッキーニヨルシェイクはホワイトナッツエスプレッソ、抹茶など全3種。写真はバナナ
越智さんは「当たり前の話ですが、店として間口が広く、敷居が低い方が多くのお客さまにご利用いただけます。一方で、カジュアルなメニューでも、当店ならではのオリジナリティ、シンプルにドリンクとして完成度が高いことを意識しています。もともとシアトル系のコーヒーショップからコーヒーの世界に飛び込みましたが、その後、バーテンダーをやったり、調理・ホールをスタッフをしたり、コーヒー以外の仕事もたくさん経験したのは、今の私の財産です」と話す。

店内は植物、アートなど越智さんの“好き”で溢れている
その言葉通り、エスプレッソにトニックウォーター、ライム果汁などを合わせた夏季限定のニヨルビアトニック(650円)はバーテンダーらしいアレンジがキラリ。同じく、夏メニューのシトラスエスプレッソソーダ(620円)もシトラスミックスシロップやドライオレンジを合わせるなど、随所にカクテルから派生したであろうアイデアを見て取れる。ともにコーヒーという観点では変化球系のドリンクではあるが、エスプレッソに使用するコーヒー豆が持つ柑橘系のフレーバーを理解し、それを上手に引き出しているのはさすが。店に足を運ぶ度に、「やっぱり越智さん、すごいわ」と思わせてくれる。

開業までの4年間で積み上げたもの

【写真】開業時から愛用している焙煎機、BULLET R1
焙煎機はここ数年で導入する店舗が増えている、BULLET R1。IHを熱源とした小型焙煎機で、九州で導入したのはおそらく「NIYOL COFFEE」が初。奥さんとの約束であった「借金をしないこと」を条件とした開業に向け、海外のコーヒー情報まで調べ尽くした末に見つけた焙煎機だ。さらに開業の1年前に焙煎機を購入し、自宅で焙煎のトレーニングを重ねるなど、とにかくしっかりと計画性をもって、開業にのぞんだ越智さん。

ネイティブ・アメリカンのナバホ族が使う言葉で「風」を意味するNIYOL
「できるだけ開業にかかるコストを下げる必要がありましたから、必死でさまざまな情報を探し回って、吟味する努力はしましたね。資金を貯め続けた4年間は、今振り返ってもめちゃくちゃ大変でしたが、借り入れを受けることなく開業したことで、心に余裕も生まれましたし、ポジティブなスタンスでいられるようになりました。そういった意味で、助言を与えてくれ、大変な時期を支えてくれた妻にはとても感謝しています」

豆は浅煎りを中心に、産地によっては中煎りを用意
開業資金を貯めていた4年の間に、原料である生豆に関しても素晴らしい出会いがあった。それが福岡県糸島市にロースタリーを構えるCOFFEE UNIDOS。

「COFFEE UNIDOSの田中さんが焙煎したコーヒーを飲んで、感激したんです。確かニカラグアのパカマラ種ナチュラルだったと思うのですが、まるでぶどうジュースのようにジューシーで!それから、休みの度に田中さんのもとに通って、カッピングを学ばせてもらったり、焙煎についてさまざまなお話をお聞きしました。今も、当店で使用している生豆の一部は田中さんたちが運営している共同買い付けグループ、BOOK your COFFEEから仕入れさせていただいています」と越智さん。

2022年8月現在、エチオピア、ホンジュラス、ニカラグア、エルサルバドル、メキシコ、ブラジルなど8種の豆をラインナップ。生豆の個性をしっかり感じられるように、浅煎りを主体とし、深めの焙煎でも中煎り程度だ。

居心地が良いコミュニティを自然と紡ぎ出す

決してオープンな雰囲気ではないが、一度来店すると虜になること請け合い
常連に愛されているのも「NIYOL COFFEE」の強み。同店をレコメンドしてくれたROLE PLAYING COFFEEの店長、貞松さんが多い時は2週間に1回ぐらいのペースで通っていると話していたように、取材した際もオープンと同時に常連が顔を出していた。これは越智さんの人柄あってのことだと思う。いつも穏やかで、笑顔を絶やさず、常連たちに愛されている越智さん。「NIYOL COFFEE」を中心としたコミュニティが自然と生まれ、コーヒーやドリンクを楽しむという目的以外に“越智さんに会いに来ている”という人もきっと多いはずだと感じた。コーヒーを通した人との繋がり。街のコーヒーショップの理想形を体現している「NIYOL COFFEE」。今後もますます多くのファンに愛され、親しまれていきそうだ。

カフェスペースの地下にあるギャラリー。定期的に展示会などが催されている。最新情報はInstagramをチェック

越智さんレコメンドのコーヒーショップは「ROASTERY MANLY COFFEE」

「当店をオープンする際、店舗の内装に関わるデザイナーさんを紹介いただいたのが『ROASTERY MANLY COFFEE』のオーナー兼ロースター、須永さん。その縁で理想的な物件も見つかり、須永さんにはご恩しかありません。もちろん、ロースターとしての須永さんも尊敬しています。豆のフレーバーはしっかり表現しつつ、それでいて丸みがあり、優しい味わいに仕上げられている。これは真似したくてもなかなかできるものじゃない。女性ならではの感性があると私は思っています」 (越智さん)

【NIYOL COFFEEのコーヒーデータ】

●焙煎機/BULLET R1

●抽出/ハンドドリップ(Kalita ウェーブドリッパー)、エスプレッソマシン(LA MARZOCCO GB5 S-2)

●焙煎度合い/浅煎り〜中煎り

●テイクアウト/あり

●豆の販売/100グラム800円〜

取材・文=諫山力(knot)

撮影=大野博之(FAKE.)

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