「“身にならない”ことが今、役に立っている」70年続く老舗の合成樹脂製品メーカーがジン製造を始めたワケ

東京ウォーカー(全国版)

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古くから工業地帯として栄えてきたものづくりの街、八王子で70年続く合成樹脂製品メーカー・株式会社大信が、新たにジン製造事業を開始した。2021年に東京八王子蒸溜所を設立、2022年1月より「トーキョーハチオウジン CLASSIC」「トーキョーハチオウジン ELDER FLOWER」の2種を発売し、わずか2週間で初回蒸留分が完売。同年5月には「東京ウイスキー&スピリッツコンペティション2022 洋酒部門」にてそれぞれ金賞・銀賞を受賞している。老舗企業の3代目であり蒸留所の代表も務める中澤眞太郎さんが、どのような経緯でジン製造を始めるにいたったのか、その背景と想いを聞いた。

お話を伺った東京八王子蒸留所 代表・中澤眞太郎さん【撮影=三佐和隆士】


クラフトジンとの出合いは函館のバー

【写真】中澤さんが手掛ける『トーキョーハチオウジン』。ロゴは中澤さんがオーケストラで担当するトロンボーンの原型であるサックバットがモチーフとなっている【撮影=三佐和隆士】

――早速ですが、ジン製造事業を始めた背景について教えてください。
【中澤眞太郎】本業はプラスチック製品を作っている工場で、私の祖父が創業し、そこからずっと合成樹脂製品を作ってきた会社です。その事業の主体となるマーケットが建築業界なのですが、日本の市場的に人口が増えない、新しいものが必要ないという、縮小の時代に入っています。そのため当社で作る製品もどんどん生産量が減ってきているんですね。そうした背景のなかで、これから伸びていく市場に対して何か製造ができれば、ということは常々考えていて、そのなかで“クラフトジン”というものに出合い、これを新たな事業にしたらいいんじゃないかと思ったのがきっかけでした。

――クラフトジンとの出合いというのは?
【中澤眞太郎】大信工業は札幌にも営業所があり、そこの責任者として4年間赴任していました。そこで得意先まわりをするなかで、もともと飲むのが好きなこともあり行く先で仕事終わりにバーに行ったりすることも多かったんです。最初にクラフトジンというものに衝撃を受けたのは、函館に出張へ行った際に立ち寄った『舶来居酒屋 杉の子』という老舗のバーでした。そこのマスターに、「おもしろいジンが入ったので飲んでみますか?」と勧められ飲んだのがきっかけです。それはフランスのジンだったのですが、まるで香水のように香りが豊かなジンでした。

【中澤眞太郎】それまでジンはあまり飲んでこなかったんですよ。どちらかと言えば苦手なお酒という意識があり自ら飲むことはなかったのですが、そのジンを飲んだら自分が苦手だと思っていたものと全く違うお酒がそこにあってすごく魅力的でおもしろいと感じました。そこから、ほかの国内のジンも気になり飲んでみるうちに、同じ“ジン”なのになぜこんなにも味が違うんだろう、どうやってこれができているんだろうと興味が湧いてきたんです。そこでいろいろと調べているうちに、とても自由度の高いお酒だということがわかり、これはおもしろいぞと。

【中澤眞太郎】あとは、製造から商品として世に出るまでのサイクルが短いことも知りました。ウイスキーのように樽に入れて何年も寝かせるということが必要ないので、作ったらすぐ出せるんです。あとは賞味期限がないので作ったものが無駄になるということもありません。ビールなんかの場合は鮮度が大事だったりするので、そのまま在庫になっていたら破棄しないといけなかったりしますが、ジンの場合は作ってしまえば長期で保存できるという事業としての入りやすさがあるので、プラスチック製品を作っているノウハウを生かして事業化できると思ったんです。クラフトジンに新規参入する場合、自身の思い描くジンを作ってみたい、こういう味にしたいという職人的発想から参入するパターンが多いのですが、うちの場合は製造業の一部として見ていたんですね。

――プラスチック製品のノウハウが生かせるというのは、具体的にはどのようなことでしょうか?
【中澤眞太郎】プラスチックを作る場合というのは、主原料を買ってきて、副材料を添加して、機械にかけて製品を作ります。ジンも全く同じで、主原料を買ってきて副材料であるボタニカルを添加して機械にかけて製品どりするという全く同じプロセスなんです。そのため、そんなに違うことをやっているという意識はなくて。札幌で働いていた当時、新しくクラフトジンの蒸留所ができるという記事を見たんです。それで「ジンって作れるんだ」と思い、じゃあどういう機械で、どうやって作っているんだろうと自分で調べられることは調べて、いけそうだなと思ったのがスタートです。

ジン製造を学びにアメリカへ

「本場で学びたい」とアメリカ・シカゴへ研修を受けに行った中澤さん【撮影=三佐和隆士】


――では、特に苦労したことや大変だったことを教えてください。
【中澤眞太郎】立ち上げるときはやはり法令関係が苦労した点です。酒税もそうですし、食品を扱う工場を建てるにはどういう施設・設備が必要か精査するところが一番大変でした。また、酒類製造免許というのは最終的には工場が出来上がらないと取得できないんですよ。だから免許が下りるかどうかもわからないのに、機械を発注してこの建物を建てていると(笑)。

――それはドキドキしますね…。事業を始めるまでの期間はどのくらいかかりましたか?
【中澤眞太郎】時系列でいうと、函館のバーでジンと出合い、おもしろいお酒だなと思い始めたのが2019年5月。そこから事業化を計画して、いけそうな気がするけど実際のところどうなのかわからないから勉強しにいこうとなって、アメリカへ研修に行ったのが2019年の11月。どうせなら本場で学びたいという気持ちがあったので、海外で研修を受け入れているところを探しシカゴに受け入れているところがあるというのを見つけて、そこに直接メールで問い合わせて研修を受けさせてもらいました。

――研修ではどのようなことを学ばれたのでしょうか?
【中澤眞太郎】ジンの作り方と設備、マーケティングや事業計画といったところまで教えてもらいました。全く見たことのない機械や、知らないことばかりだったのですが、物を作るという部分については家業でものづくりをやっている身としてなんとなくわかっていたというのと、もともとは営業職だったのでマーケティングに関しても勉強はしていて、教わったことのなかでジンの部分以外はわりとわかる内容だったんです。家業と通ずるところがあって。

【中澤眞太郎】肝心の作るところに関しても、こういう設備でこういう作り方をすればいい、というのがある程度そこの研修でわかったので、これは思ったとおりいけそうだなと確信しました。その話を持ち帰り「事業化しませんか」ということを社内で提案し、そこから取り掛かったという流れです。

――社内でご提案された際、反対などはありませんでしたか?
【中澤眞太郎】主に私の父が決裁権を持っているのですが、やはりものづくりをやってきているため何をやろうとしているのかは説明すればすぐに伝わりました。また本人もおもしろいことをやりたいと思っていたのだと思います。「じゃあやってみようか」ということで、私は当初こんなに広い工場があるのだからどこか一角を間借りしてやろうと思っていたのですが、「いや、せっかくだから新しく建てよう」という話になりまして(笑)。そういう新しいことに対しても積極的に応援してくれましたね。

広い工場の敷地内に建てた『東京八王子蒸溜所』。ジンの魅力をしっかりプレゼンできるよう、細部までこだわって造られている【撮影=三佐和隆士】


――現在、製造は何人くらいで行われているのでしょうか?
【中澤眞太郎】ジンそのものを作っているのは私とアシスタントの2人です。そのほか、瓶に詰めたりラベルを貼ったりという作業は4人体制でやっています。営業担当もひとりいるので、現状5人で回しています。

――中澤さんご自身で、製造も経営もされていらっしゃるということですか?
【中澤眞太郎】そうです。あとは本業と、週末は音楽活動がありますので。本業をやって、ジン製造をやって、マーケティングに販売、お客様の見学対応もやったり、大きい会社との商談もしたり……。今はけっこう大変ですね(笑)。本当はもっといろいろやりたいのですが、時間が限られているので。

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