
常に挑戦し続けるリーダーとしての仕事観と未来
ーー下川さんは、どのような姿勢で仕事と向き合っていますか?
【下川穣】そうですね。新しいことをするのが好きというか、“ひとつ階段を昇ると次のステップに行きがちなタイプ”と、妻からよく言われます(笑)。30歳という、若くして理事長に就任したので、周囲からは白い目で見られることも少なくありませんでした。しかも、開業医ではなかったわけですから。突発性難聴で左耳が聞こえなくなるぐらいストレスを抱えましたし、2年間、下痢が習慣化するなど、かなり苦労しました。そんな環境をひっくり返そうと思ったので、ほかの開業医の理事長より倍ぐらい大変だったという自覚があります。でも、人は慣れるもので、それに対して学ぶし、対応できるようになるんですよね。そして、時間が経つと、私のこのケースでいうと、3年ほど経つと自然と乗り越えられるようになる。こうなったときに、「このまま延長でいくか?」あるいは「さらに急勾配な道を選ぶか?」という岐路に立ったら、自分は性格上、また急勾配なほうを選びがちなんです。
ーー仕事において大切にしていること、経営者・リーダーとして大切にしていることを教えてください。
【下川穣】山あり谷ありで、波があるほうにやりがいを感じるんですよ。逆に、さざ波のように安定していると不安になるので、常に何かしら挑戦していたいと思っています。仕事を進めるうえで私が重要視していることは、足し算・引き算といった四則演算の方法に当てはめて考えることです。まず、足し算の場合は、能力が不足しているなら必死に努力して、結果を残すということが大切だと考えています。例えばボクシングの試合でパンチ力が弱かったら、相手の何倍もパンチを打たないと勝てないですよね。私も未熟なときはパンチ力が弱かったので、歯医者の仕事が終わったあとに副業もしていましたし、人の倍働いていました。パンチ力を増やすためです。
【下川穣】足し算ができるようになると、いろいろなチャンスが巡ってくるようになります。ただ、ここにトラップがあります。ちゃんと狙ってパンチを打てば勝てるのに、的が増えることで脇が甘くなるんですね。そこで引き算です。優先すべきことを見極めて、そうでないものを引く。つまり、狙いの精度を上げることがポイントになります。パレートの法則ではないですが、「8」をやりながら残りの「2」が何なのかをすべての業務において意識して、そこにいかにいいパンチを当てられるかです。

【下川穣】次に掛け算。Aの案件で「10」頑張って、Bの案件でも「10」頑張ったので「20」の能力があったとします。でも結果が「100」出たほうが効率的ですよね。そうなるには、仕組化など横展開が必要になってきます。我々の事例ですと、ペットに貢献することが掛け算だと思います。
【下川穣】そして最後の割り算、自分のリソースを経営者視点で配分すること。ただ、これが難しいんですよね…私もいまだに失敗しています。リーダーになると、人を惹きつけながら人に喜んで動いてもらわなければいけないし、社会のためによりコミットしなければいけない。個の力だけでは大きなものは動かせないですし、この配分は、自分を犠牲にしてでもやらないといけないんです。この割り算が上手になると、世の中に大きな価値を、より大きな意味で提供できるようになります。

ーー人に任せることって難しくありませんか?
【下川穣】私は、“任せるように、任せない”と心がけています。ただ任せると、丸投げになってしまうので、何度も失敗しているんですよ。リーダーがひとりでうまく仕事ができたからといって、その手法にあぐらをかいて丸投げするとダメなんです。なぜなら、それは個の戦いで勝っただけなので。チーム、一定規模の大きさの組織になると、自分が勝ったやり方を丸投げするだけでは通用しないんです。一緒に汗をかくことが大切で、一緒にパンチを打ち続けないと、任された側は「えっ、そんなパンチ打ったことないんすけど」というふうになるんです。逆に任せた側は、「は?いや、打ててたじゃん、オレ。どうして同じように打てないの?」となり、噛み合わなくなる。これは今でも大きな課題で、よく失敗したんですね(苦笑)。ただ、一度回りだすと追い風になるので、結果が出れば出るほどやりやすくなります。
ーーチームをつくり、導いていくうえでの永遠の課題ですね。
【下川穣】今までの人生もそうですが、やっぱり失敗するのはいやなんですよね。でも結局は、糧になっていることって、失敗から生まれているんですよ。例えば、今こうしてインタビューを受けて、スムーズに話していますけど、もともと話すこともここまで得意ではありませんでした。なぜうまく話せるようになったかというと、最悪の失敗を経験したからなんです。歯科医時代に、当時の理事長から40人くらいの社長が集まる懇談会の当日に無茶を言われたことがありました。パワポの資料だけ手渡されて、ほぼ原稿もなかったので、ただただ赤っ恥をかきました。焦って冷や汗は出るし、急にお腹が痛くなるし、顔を真っ赤にして話しても、全然うまくいきませんでした…そんな無茶振りが日常茶飯事だったんです。でも、私はカラーバス効果(※あるひとつのことを意識することで、それに関する情報が無意識に自分の手元にたくさん集まるようになる現象)の力も重視していて、「二度とこういう思いをしたくない」と意識することで、自然とうまい人のプレゼンの技を盗んで身につけられるようになったんです。
ーー同じことをしていても、インプットが変わるんですね。
【下川穣】インプットする量と質が急激に上がります。カラーバス効果を働かせるという観点でも、失敗は重要だと思います。
ーーそんな下川さんの今後の野望を教えてください。
【下川穣】やはり、クリニックや創薬の医療側に、いかに今まで積み上げてきたものを掛け算するか、ということですね。これを乗り切るかどうかで結果が明らかに変わってくるので、医療の分野に菌ケアを伝えることもやっていきたいです。今はマイクロバイオームに懸けていますが、それはマイクロバイオームに一番の可能性を感じているから。我々は今上場を目指していますが、上場後は、さまざまな出資やM&Aを通じて、慢性疾患に関わるさまざまな技術・領域の事業を掛け合わせることで群戦略で慢性疾患の解決に貢献できるかもしれません。今、売り上げや利益、決済数や解約率などKPIが複数ありますが、私の野望のKPIは、世界の慢性疾患率を減らすことなんです。今は夢物語ですけど、それを最大の野望として目指したいと考えています。

ーーありがとうございます。では最後に、KINSを今後利用するユーザーの方にメッセージをお願いします。
【下川穣】これからの新しいソリューションとして医薬品を目指そうとしているので、慢性疾患を抱えている方にご利用いただけるよう成長していきたいです。現状はまだ力が及んでいませんが、今後はそういう重度な症状を抱え、クリニックでも治らず困っている方にも貢献できるような形にしていきたいと思っています。
取材=浅野祐介、取材・文=北村康行、撮影=阿部昌也