世界中で多くの人に楽しまれ、多くのチェーン店でも当たり前のように提供されている「テリヤキバーガー」は、モスバーガーが1973年に発売した知る人ぞ知るオリジナルメニューだ。そんな日本を代表するハンバーガーブランドを運営する、モスフードサービスの創業者・櫻田慧さんのもとで、社長室長を務めていたのが、現・代表取締役社長の中村栄輔さん。2016年の社長就任後、従来のモスバーガーのイメージにないハンバーガーを次々と世に送り出し、若者離れが進み停滞気味だった業績をV字回復させた。2018年には焼きトマトとバジル香る「マルデピザ」、2019年には辛さを売りにした「激辛テリヤキチキンバーガー」を発売。そして、エビ天を挟んだ「海老天七味マヨ」は、3カ月で290万食を売る大ヒット商品となった。そんな中村社長に、就任後に取り組んだ組織改革やコロナ禍の取り組みなどについて話を伺った。

株式会社モスフードサービス 代表取締役社長 中村栄輔さん
株式会社モスフードサービス 代表取締役社長 中村栄輔さん【撮影=阿部昌也】


判断基準はおいしいことと、独自性があること。創業時の思いは変わらずニーズに合わせてチェンジ

ーー新しい取り組みにGOを判断する際の基準や、決め手としてポイントにしていることを教えていただければと思います。
【中村栄輔】判断基準は、とにかく圧倒的においしくて、他社にないオリジナリティがあること。もうひとつは、商品を通じて少しでもお客様の健康に寄与する、バランスのよい食材を使いたいと考えています。

ーー味と食べる方の健康面の両立ですね。
【中村栄輔】そうですね。その前提として、安全・安心であることは当然です。

ーー商品化にいたらなかったけど、「これおもしろいかも?」と思ったメニューがあれば教えてください。
【中村栄輔】最終的には商品化になったのですが、29日限定発売で「にくにくにくバーガー」という商品を、2017年に発売したことがありました(※)。このハンバーガーは、あるテレビ番組の、ワケあって日の目を見ることがなかった“没メニュー”を紹介する企画で誕生した商品なんです。司会者の方や出演者の方たちが、試食して最も評価が高かったメニューを実際に店舗で販売するという内容だったんですね。皆さんから一番おいしいと評価されたのですが、我々としては「え?これ?」って感じでした。まあでも、せっかくおいしいと評価されたのだから「じゃあ出してみようか」と販売してみたら、確かに評判がよかったんですよね(※29日限定で販売中)。

毎月29日限定販売される新きんにくにくバーガー
毎月29日限定販売される新きんにくにくバーガー【画像提供=株式会社モスフードサービス】


【中村栄輔】そして、昨年、ともに50周年を迎えた新日本プロレスとコラボレーションし、オカダ・カズチカ選手監修の「きんにくにくバーガー」を販売しました。さらに、今年の3月から「新きんにくにくバーガー」としてパワーアップして発売しています。そんな意外でユニークな経緯で誕生したメニューもあります。

ーーそういうケースもあるんですね。今までのイメージを刷新されたり、新しいことに挑戦されるとき迷いはなかったのでしょうか?
【中村栄輔】それに対する迷いはなかったですね。じゃあ従来と本当に全部違っているのかというと、そんなことはないんです。先ほどの判断基準でもある、おいしい商品や、競合他社とは違うちょっと工夫した商品作りに関する基準など、根本的な考えは変わっていませんからね。

【中村栄輔】お客様のニーズを学んで、「こういうお客様に対して、こういう商品をしっかりと出していきたい」と、対象顧客を絞る形で作っているだけなんです。「とにかくおいしいものを作れば、食べてもらえる」という発想ばかりではなく、「お客様はどういうものを期待されているのか?」という視点から「じゃあこういう商品を作ってみようか」とメニューを考えています。そして、「こういう対象の顧客だから、こういう販促をやろう。お店ではこうやって販売しよう」という、一連の流れを作っているんです。

【写真】新商品にゴーサインを出す判断基準は圧倒的においしくて、他社にないオリジナリティがあること
【写真】新商品にゴーサインを出す判断基準は圧倒的においしくて、他社にないオリジナリティがあること【撮影=阿部昌也】


ーー根本のフィロソフィーの部分は大事にしたまま、そのうえで新しいものにチャレンジし、決断されているんですね。
【中村栄輔】はい、そのとおりです。「おいしい商品を、作ったので食べてください」というプロダクトアウトのスタンスから、ちょっとマーケットイン側に視点を変えてみたというだけです。これって両方ともバランスじゃないかと考えています。今まで、プロダクトアウトのスタンスが強かったので、客観的にお客様側からの視点を取り入れただけであり、そのために組織も変えました。

マーケットイン側に視点を変えることで、新しい商品を発売する流れを作った
マーケットイン側に視点を変えることで、新しい商品を発売する流れを作った【撮影=阿部昌也】


旧体制から組織をチェンジさせ、時代にあった効率のよい新体制へ

ーーなるほど。組織が変わった理由は、お客さんの声を聞きやすくするためなのですね?
【中村栄輔】はい。別々だったマーケティング部門と商品部門を一緒にして、マーケティング本部にしました。まず、マーケティング企画グループでどういうことを期待されているか顧客調査を行い、それに見合う商品はどんなものかを商品開発部に伝え、商品開発グループが商品を作ります。そして、その商品をどうアピールすればお客様にその魅力が伝わるかを考えるのが販促グループになります。これらすべてがマーケティング本部のなかにあります。ひとつの部署にまとめることで、一連の流れがスムーズになります。一緒になったほうが、コミュニケーションがもっとよくなりますから。

【中村栄輔】さらに、その意図をお店にも伝える必要があります。ですからマーケティング本部長と、それを現場に落とし込む営業本部長のコミュニケーションをよくすることを考えました。おかげさまで、「今回の商品はこういう狙いで、こういう食材を使って、こういうところが強みであり魅力なんです」ということが営業本部を通じてお店にしっかり伝わるという一連の流れがスムーズになりました。

ーーそうした改革を進め始めた矢先の就任2年目に、食中毒問題が発生しました。それを機に、変わるという決意を込められて「チェンジ」という大方針を打ち出されましたが、あらためてどのようなチェンジをされたか、具体的に教えてください。
【中村栄輔】食中毒を発生させてしまったときは、ご迷惑をかけた方々に対して本当に申し訳ないと思い、急いで対応すべきことをしました。私が社長に就任したときに、会社は50周年を迎えようとする大きな組織になっていたので、仕事の仕方や仕組みを変えるべきだと思っている部分もあったんです。ただし、そこまで業績が悪かったわけではないので、前任の会長兼社長から自分が引き受けたものを、少しずつ丁寧に変えていけばいいと考えていました。

【中村栄輔】ところが、あの食中毒を発生させてしまったときに、「中村、お前な、ゆっくりしている場合じゃない」と、社長室長時代にお世話になった創業者に怒られた気がして。そこで、「社長の自分がすべての責任を負わなきゃいけないんだから、自分が変えるべきだ」と決心したんです。

食中毒を発生させてしまったときは迅速に対応。組織改革のスピードを早めるきっかけにもなった
食中毒を発生させてしまったときは迅速に対応。組織改革のスピードを早めるきっかけにもなった【撮影=阿部昌也】


ーーどのように変更されたのですか?
【中村栄輔】まず、取締役と執行役員の関係を変えました。それまでの取締役は、代表取締役の下に常務取締役と取締役がいました。そこの層をまずなくしたんです。そこで、取締役は代表取締役と取締役だけ。取締役の序列をなくし、その上に代表取締役がいる形にしました。

【中村栄輔】取締役に関しては社内か社外かの違いだけ。常務をなくしてフラットにしました。違いは代表権があるかどうか。当時、代表権があったのは私と会長だけでした。

【中村栄輔】それから、執行役員もそれぞれが執行責任を持つような形にして、こちらもフラット化しました。常務執行役員と上席執行役員がいて階層があるように見えますが、実はこれも違うんです。常務執行役員、上席執行役員と執行役員の違いは、守備範囲の広さと責任の重さの違いです。海外をすべて見ていたら責任は重くて当然です。では、常務と上席の違いは?というと、常務は社長の代わりを務める場合があるという位置づけにしています。

組織の上層部から改革に着手して、役職をフラットな関係にした
組織の上層部から改革に着手して、役職をフラットな関係にした【撮影=阿部昌也】


ーー組織の上から変えたんですね。
【中村栄輔】そうです。執行役員は、自分の部門に関して決裁権限があるので、積極的に進められるようになりました。例えば、執行役員に3億円までの決裁権がある場合、基本的にGOサインは彼が決めていいんです。もしくは3億円では足りなくて、5億円とか10億円が必要なときは、私さえ説得すれば決めることができるんです。そうすると責任も明確になるし、スピードも速くなりますよね。

【中村栄輔】ただし、これは危険でもあります。そこで、7人のメンバーが集まる経営会議で話し合うことにしました。「こういうことをやろうと思うんだけど」と提案してくれと。そうすると「そういうことをやるのであれば、こういう点は気をつけたほうがいい」、「こういう可能性があるから注意しておいたほうがいい」といった助言をもらえたり、注意点が判明したりするようになりました。

ーー個人だけでの判断にならないような場を作ったと。
【中村栄輔】権限を持ってやれと言われると、どうしてもそれで走りたくなる部分もあるんです。もちろん、本当はそれでいいんですよ。それで決めてほしいし、やってほしいのですが、やっぱりひとりだけで決めてしまうと、ほかの部門から意見があったりしますよね。そのため、経営会議という機会を設けています。

権限を持ってもひとりだけで決めないように、経営会議を設けた中村社長
権限を持ってもひとりだけで決めないように、経営会議を設けた中村社長【撮影=阿部昌也】


ーーそういう組織改革を実践し、先ほどのマーケティング本部の変更にもつながるんですね。
【中村栄輔】その翌年は購買グループも一緒にしました。購買グループを一緒にすると、食材の調達まで全部を把握することになるので、すごく効率がいいだけではなく、ロスも少なくなるんです。一方で、これがベストだとも思っていません。なぜかというと、お客様の視点だけを見ることが本当にいいのかどうかという考えもあるので。やっぱりモスとして、「この商品はおもしろいな」っていう、お客様が気づいていない部分を提示することも大切だと考えています。

ーー気づきとして提示することと、ニーズのバランスが大切ということですね。
【中村栄輔】最初に申し上げたとおり、それまでは「おいしいものを出せば喜んでもらえるし、食べてもらえる」と考えていたけれど、それがあまりにも強くなりすぎるとお客様のニーズから外れてしまっているかもしれない。だから、お客様の意見を採用する仕組みを導入した。でも、今度はそっちに流れすぎてしまう可能性もある。だから、もう一度「自分たちとしてはこういう商品を出したい」という思いでやる部分も必要で、そのバランスですね。

コロナ禍に業績が伸びたのは、できることをやりながら評価されている部分をしっかり磨いた結果

ーーコロナ禍の時期は持ち帰りの需要が増えたと思いますが、コロナをきっかけにして、貴社として変わったことはありましたか?
【中村栄輔】もともとテイクアウトという販売形態を持っていて、利用率も高かったのでコロナ禍でも対応できました。ただ、実はコロナが発生する前の中期計画で「モスの強みと弱み」を分析していて、「これだけテイクアウトのお客様が多いのに、イートインで食べるときと持ち帰って食べるときを比べると、どうしても品質の差が生じてしまう」という課題が浮き上がってきました。

ーー難しい課題ですね。店舗でのできたてがおいしいがゆえの課題な気もします。
【中村栄輔】ありがとうございます。以前は、「それは仕方がない」と思っていたんです。でも、そうはいっても「できることをやろう」と工夫した部分があります。例えば、消費税が8%と10%に変わったタイミングで、テイクアウト需要が増えると予測し、バンズの保水性を高めました。2021年のオリンピックのときも、ミートソースの粘度を上げ、たれにくく改良しました。それから、テイクアウト用のボックスも蒸れないように少し穴を開けてみたり、そういう、すごく小さいことですが、できることから改善に着手しました。

【中村栄輔】あとは宅配です。もともとモスでは自店宅配サービスも早くから行っていました。その後、Uber Eatsさんや出前館さんが注目を集め始めたんです。そこで、当社も自店宅配ではなく、外部宅配の実験を始め、宅配のエリアを広げることにしました。するとコロナ禍になり、約200店だった宅配導入店舗が、650店くらいまで伸びることになりました。

コロナ禍はできることを改善して対応
コロナ禍はできることを改善して対応【撮影=阿部昌也】


ーー倍以上になったんですね。
【中村栄輔】もともと、そういう仕組みをやっていたので、急激に需要が伸びたときも対応できたんですね。たまたま宅配サービスという販売形態を持っていたことと、それを少し磨く努力をコロナ前の中期計画の段階で行っていたので、その効果がたまたま出る形になった。そういうイメージです。

ーー3月24日から商品の値上げを実施されましたが、価格変更の背景についても教えてください。
【中村栄輔】これはやはり、原材料の高騰が一番大きいです。それと、為替の動きが激しかったことからも大きな影響を受けました。昨年(2022年)の9月から12月に特に変動がすごくて、うちはそういう影響を受けないように進めていたのですが、さすがに…。あれだけ急激に上がると、やっぱりその影響があって、肉や小麦もそうですし、マヨネーズも油も全部メーカーからの仕入れになるため我々の商品価格にも影響を及ぼします。

グリーンの看板でお馴染みのモスバーガーの店舗
グリーンの看板でお馴染みのモスバーガーの店舗【画像提供=株式会社モスフードサービス】


ーーコロナ禍で、これまで別業態だった企業が、ハンバーガー市場に新規参入してくる流れもありました。そういった流れに対して貴社の考えを教えてください。
【中村栄輔】さまざまな飲食業さんがハンバーガー事業に参入されることについては、それだけ注目を浴びるわけですし、市場全体が活性化するきっかけになるのではないかと思っています。それぞれ、ここにまだ隙間というか、マーケットがあると分析して入ってこられると思うので、ファストフード業界のマーケットを広げるという意味においては、刺激があっていいと考えています。

【中村栄輔】そこで我々としては、「あぁ、やっぱりモスだよね」とお客様からの期待を裏切らないようにしておくことが大切で、少しでも日本の味にこだわりたい、できたてをしっかり出す、例えば生野菜はすべて安全・安心の契約農家さんから仕入れたものという、モスならではの強みや魅力をさらに磨いておかねばと考えています。あのシャキシャキ感とか、みずみずしさであったり。これまで評価いただいている部分は、しっかりと磨いて大切にやっていきたいと思います。

この記事のひときわ#やくにたつ
・哲学は変えず、ニーズに合わせて新しいチャレンジを行う
・責任を負うべきリーダーが、自分で変える
・評価されている部分を磨きながら、できることから改善に着手する

取材=浅野祐介、取材・文=北村康行、撮影=阿部昌也