「ブルガリア」という国名を聞けば、「ヨーグルト!」と反射的に連想する人は多いのではないだろうか。ブルガリアはヨーグルトの国として有名だが、日本でこのような印象が持たれるようになったきっかけは、株式会社明治(以下、明治)が販売する「明治ブルガリアヨーグルト」の普及だった。

明治ブルガリアヨーグルトは2023年12月でブランド誕生50周年。長い間、日本のヨーグルト文化を支えてきた商品だが、発売当初は「酸っぱい」「腐っている」と言われて受け入れられなかったという。今回は明治 グローバルデイリー事業本部 発酵マーケティング部の田中陽さんに、明治ブルガリアヨーグルトの誕生秘話についてインタビューを行った。

株式会社明治 グローバルデイリー事業本部 発酵マーケティング部の田中陽さん
株式会社明治 グローバルデイリー事業本部 発酵マーケティング部の田中陽さん【撮影=福井求】


本場の味に衝撃!明治ブルガリアヨーグルト誕生秘話

明治ブルガリアヨーグルトが誕生したのは1973年。この商品が生まれる発端となったのは、発売から3年前の1970年に大阪で行われた日本万国博覧会(大阪万博)だ。この万博に当時の明治社員たちが赴き、本場ブルガリアのヨーグルトを食べたことがきっかけだった。

「大阪万博にはさまざまな国が参加していました。たくさんの国が自国の文化や風習の展示をするなかで、ブルガリアはヨーグルトの歴史の展示や試食会などを行っていました。社員たちが試食のヨーグルトを食べ、本場の味に衝撃を受けました」

1971発売当時の明治プレーンヨーグルト
1971発売当時の明治プレーンヨーグルト【画像提供=明治】


当時、日本でヨーグルトは販売されていたものの、砂糖やフルーツが混ぜられた甘いものが一般的だった。しかし、社員たちが食べた本場のヨーグルトは“酸っぱかった”ため、『今のままでは日本では本物のヨーグルト文化が根づかないのでは?』『日本人に本場のヨーグルトを味わってほしい!』と思い、ブルガリアで食べられているようなプレーンヨーグルトの開発に乗り出した。


開発では、大阪万博で持ち帰ったサンプルを研究して試作を重ねたという。また何度もヨーロッパへ足を運び、「本場の味」の再現に力を注いだ。ヨーグルトは乳酸菌ひとつや発酵の環境などで大きく風味が変わってしまう食品。そのため乳酸菌から芳香、風味などすべてにおいてこだわり、本物のヨーグルトに近づけるために試行錯誤を重ねた。

その努力のかいあって、1年後の1971年にはブルガリアの味を忠実に再現したヨーグルトが完成。最初は今の名前とは異なる、「明治プレーンヨーグルト」という名前で発売されることになった。

1973年発売の明治ブルガリアヨーグルト
1973年発売の明治ブルガリアヨーグルト【画像提供=明治】


発売時は「腐ってる」と言われて大苦戦

明治は満を持して明治プレーンヨーグルトを発売するも、甘いヨーグルトを食べ慣れていた消費者からは「腐ってるの?」「酸っぱい!」と不評だったそうだ。そのため販売には苦戦し、なかなか売れない日々が続いたという。田中さんは「ここであきらめていればすべて終わっていたかもしれません」と話す。

「人気が出なかった理由は明白で、『本場の人たちが食べている味』という意図が伝わらなかったことにあります。実は、開発当初から『ブルガリアヨーグルト』という名称を考えていたのですが、本国ブルガリアから国名の使用を断られていたため、プレーンヨーグルトとするほかありませんでした」

1985年〜1986年のパッケージ
1985年〜1986年のパッケージ

1996年〜1998年のパッケージ
1996年〜1998年のパッケージ


ブルガリアは国名の使用について「ヨーグルトは私たちの民族の心。ほかの国民が作ったものにその名前を貸すわけにはいかない」と頑なに拒否していたという。特に、当時のブルガリアはソビエト連邦の衛星国である社会主義国家。侵略と占領の歴史を歩んだ国だったため、ヨーグルトは彼らにとって極めて大切な誇り高い文化であることも大きな理由だった。

しかし、ブルガリアはヨーグルトの故郷。そして明治のヨーグルトにはこの国の乳酸菌を使っていることから、「どうしても“本物”を日本の食卓に届けたい」という熱意で説得を続け、1972年に国名の使用許可を取得。1973年に「明治ブルガリアヨーグルト」として発売することができた。名前のおかげで本場の味という当初のコンセプトが伝わり、売り上げも伸びたそうだ。

「今では、ブルガリア人の方々に会うととても感謝されます。日本人に自国の名前を言うと『ヨーグルトの国ですよね?』と言われて会話がスムーズになると言われます。また、弊社のヨーグルトは日本在住のブルガリア人たちに強く支持されていて『祖国の味を思い出す』『これ以外に食べられない』というお言葉をいただくことも多いです」

2013年に発売されたパッケージ。「ヨーグルトの正統」のコピーが書かれている
2013年に発売されたパッケージ。「ヨーグルトの正統」のコピーが書かれている