フード業界で今、最も勢いのあるスタートアップ企業と言っても過言ではないのが「株式会社パンフォーユー」だ。独自の冷凍技術とDXを駆使し、パン業界の課題を解決するビジネスモデルは多くの注目を集めている。代表の矢野健太さんに、これまでの歩みやサービス概要を中心に事業ビジョンや戦略を伺った。

パンフォーユー代表取締役の矢野健太さん。京都大学卒業後の2011年、電通に新卒入社。2014年に退社し、地元のNPO法人を経て2017年1月に株式会社パンフォーユーを設立する
パンフォーユー代表取締役の矢野健太さん。京都大学卒業後の2011年、電通に新卒入社。2014年に退社し、地元のNPO法人を経て2017年1月に株式会社パンフォーユーを設立する【撮影=齋藤ジン】

きっかけは冷凍パンのおいしさと旧友との絆

――経歴と創業のきっかけを教えてください。
【矢野健太】1989年に浅草で生まれ、育ちは群馬県太田市の藪塚(やぶつか)というのどかな町です。大学卒業後は電通に入社し、名古屋支社で交通広告や屋外媒体のメディアバイイングと企画立案を担当しました。そんななか、何人かの同期が独立後に成功している姿に触発され退職。教育系のスタートアップなどを経て、地元の桐生で子育て世代の暮らしと仕事を支援しているNPO法人に転職しました。そこで寄付の法人窓口を担当した際、地元の冷凍パンメーカーと出合ったのがパンフォーユー起業のきっかけです。

【矢野健太】「冷凍パンってこんなにおいしいんだ!」と感動するとともに、当時はセレクトショップ型のパン販売サービスは私の知る限りなかったので、チャンスだとも思いました。加えて、地域活性化に関するビジネスをやりたいとも思っていましたし、地方には都会の有名ベーカリーに負けないおいしさの知られざる実力店がたくさんあることを伝えていきたいと。そうした思いが、当社のミッション「新しいパン経済圏を作り、地域経済に貢献する」の原点です。

2022年、パンフォーユーは「第17回ニッポン新事業創出大賞」でアントレプレナー部門優秀賞を受賞。加えてパンスクは、「第4回 日本サービス大賞」で農林水産大臣賞を受賞した
2022年、パンフォーユーは「第17回ニッポン新事業創出大賞」でアントレプレナー部門優秀賞を受賞。加えてパンスクは、「第4回 日本サービス大賞」で農林水産大臣賞を受賞した【撮影=齋藤ジン】

――Uターン転職し地元で創業したことは、地域貢献にも関係していますか?
【矢野健太】そうですね。小中は薮塚、高校は桐生市の学校へ通ったのですが、小中では野球に明け暮れたものの肩を壊しまして、高校はハンドボール部でしたが、とにかく勉強ばかりしていました。友だちも作らず、休み時間もずっとです。

【矢野健太】でもそれを見た小中学校時代からの同級生が「ヤノケンってそんなキャラじゃなかったよね」って気にかけてくれて、友だちの輪に入れてくれたんですね。しかもその流れから生徒会長になるなど、友だちのおかげで彩り豊かな高校生活を過ごすことができました。

【矢野健太】第1志望だった医学部には行けなかったのですが、振り返ると地元の友だちがいたから今の私があると強く思いますし、感謝してもしきれません。また一方で、ちょうど私たちの世代が社会人になる春に東日本大震災が起きました。

【矢野健太】地元の同級生のなかにはすでに就職し、工業地域でもあるので工場勤めが多いのですが、仕事がストップした友だちもいて。何かあったときに近くで励まし合いたい、あの恵まれた環境を与えてくれた地元に恩返ししたいと思いました。地域貢献をテーマにしている理由には、社会課題の解決という側面もありますが、私が地元で創業した背景には地元の友人との絆が深く関係しています。

パンフォーユーを支える4つの事業

――展開されている事業のなかから、パンフォーユーオフィス、パンスク、パンフォーユーBiz、全国パン共通券の特徴を教えてください。
【矢野健太】2018年10月に正式スタートしたパンフォーユーオフィスは、冷凍パンの購入価格を企業様が半額負担し、福利厚生として社員の方にお安く提供するサービスです。各種食事のサービスがあるなか、パンは楽しくておいしいと高評価をいただいており、現在300社様以上にご利用いただいています。

【矢野健太】2020年2月にローンチしたパンスクは、個人宅向けのサブスクリプションサービス。各地のベーカリー自慢のパンを、全国のお客様にお届けしており、定携ベーカリーが85店舗、会員登録者数は3万人以上です。通信販売や広告宣伝のノウハウがないベーカリー様でもパンスクと連携することで日本全国の方にパンを届けることが可能です。また、パンの売れ行きは天候や気候に左右されますが、サブスクリプションサービスなので、先の売上予測を立てることもできます。

【矢野健太】パンフォーユーBizのスタートは2020年7月。パンを販売したい企業様と個人のお客様とをつなぐOEMプラットフォームですね。同年12月には、冷凍庫さえあれば冷凍パンを販売できるゴーストベーカリーの仕様を取り入れました。現在150社以上様に利用いただいています。

【矢野健太】全国パン共通券は、2021年12月にサービス開始しました。こちらは冷凍パン事業とは異なり、店頭で使えるオンラインギフトです。200円券、500円券、1000円券の3種があり、加盟ベーカリーさんは現在500店舗ほどとなっています。

パンスクの価格は、3132円+冷凍送料858円/回合計で3990円/回。内容は1箱60サイズに冷凍パン8個前後と、ベーカリーからのメッセージカード。配送の間隔は、2週間に1回/1カ月に1回/2カ月に1回から選択可能
パンスクの価格は、3132円+冷凍送料858円/回合計で3990円/回。内容は1箱60サイズに冷凍パン8個前後と、ベーカリーからのメッセージカード。配送の間隔は、2週間に1回/1カ月に1回/2カ月に1回から選択可能【撮影=齋藤ジン】

――国際特許出願中の冷凍技術についての特徴を教えてください。
【矢野健太】具体的には冷凍方法の特許となります。一般的なパンや冷凍食品は、瞬間冷凍器のような特殊な設備を使って冷凍することが多いんですね。一方でパンフォーユーの冷凍方法は、当社が包装メーカーと開発した袋を使うだけでOK。業務用と家庭用問わずどんな冷凍庫でも、生地の水分やもちもち感をしっかり保ったおいしい状態で冷凍できます。パンフォーユーの独自冷凍技術は、賞味期限延長による店頭商圏の枠を超えた販路拡大と業務の効率化へと繋がっています。

パンフォーユーの公式サイトより
パンフォーユーの公式サイトより【画像提供=株式会社パンフォーユー】

【矢野健太】この袋は素材に特徴があり、ある意味偶然の産物でした。当社の創業時は、高級パンのオーダーメイドサービスを手掛けていたのですが、そのときに使っていた袋がヒントになったのです。

【矢野健太】高品質のパンには包装も特別な袋を。ということで、一般的なものより数~数十倍高単価の袋を使っていました。しかしその後、このサービス自体を終了することになったため、資材もたくさん余ってしまったんですね。その在庫を新規の提携先ベーカリーさんにお渡ししたところ、「この袋はすごい」ということにあらためて気づきまして。

【矢野健太】そんな折、親しい弁理士さんとちょうど話す機会があって相談したら「これは特許取れますよ」と教えていただき、より一層パンに合うよう改良して特許出願したという経緯です。

――パンフォーユーオフィスの戦略と、企業が導入するポイントとは?
【矢野健太】サービス提供開始当初に重視していたのは、有名な企業様に使っていただくこと。大手企業の福利厚生の施策は、他社が参考にすることも多いですし、パンフォーユーオフィスにとっても導入企業の実績が信頼の獲得になりますからね。企業様が導入いただく決め手としてよく評価いただけるのは、社員を採用するうえでのメリットになったり、離職防止になったりという効果があることです。

【矢野健太】加えて、パンがおいしいといううれしいお言葉や、冷凍なのでロスが出なくて助かるという声、また、お弁当などほかの食品に比べて従業員の会話が増える、喜んでもらえると聞いています。これは、食事系や総菜系のほかに菓子パンなど、バリエーションが広く選んで組み合わせる楽しみがある、パンならではの魅力といえるかもしれません。

「創業当初は冷凍パンに対するネガティブなイメージも少なくありませんでしたが、年々冷凍食品が全体的に身近になっており、冷凍パンの地位も向上していると感じています」
「創業当初は冷凍パンに対するネガティブなイメージも少なくありませんでしたが、年々冷凍食品が全体的に身近になっており、冷凍パンの地位も向上していると感じています」【撮影=齋藤ジン】

次々と繰り出される新事業の源泉とは?

――パンスクはどのような方にオススメでしょうか?
【矢野健太】私自身が利用して思うのは、パン屋さん巡りや、パンを食べ比べることが好きな方ですね。それはいわば、新たなパンと出合う冒険であり、お気に入りを見つけたときの感動があります。パンに対する好奇心を持っている方なら、きっと好きになっていただけるサービスではないかと。

【矢野健太】年齢層でいうと40代以上の方、割合としては女性の方が多いですね。世帯構成はおひとり様、ファミリー層、ご夫婦などまんべんなくです。地域としても、全国の人工分布にほぼ沿う形で各地にお客様がいらっしゃいます。

【矢野健太】うれしい声としては、やっぱり「おいしくて、冷凍パンのイメージが変わった」など味の評価ですね。ベーカリーさんにメッセージを送る機能があるのですが、熱量の高い感想も多く、非常にやりがいを感じています。

――企業としてのパンフォーユーとは。また、次々に生まれる新規事業はどのような仕組みからでしょうか?
【矢野健太】地域のベーカリーさんが抱える販路拡大、働き方、食品ロスといった課題を独自の冷凍技術とITで解決し、パン業界のDXを推進する企業を目指しています。従業員の特徴としては、やっぱりパンをはじめ食べることが好きなメンバーばかり。そのうえで、フードにカルチャー、ビジネス領域にトレンドなど、常時アンテナを張っている人材が多い会社かなと思います。

【矢野健太】だからこそ、新規事業が生まれやすいのかもしれません。基本的に世間のニーズをキャッチするところからはじまり、事業ごとのテーマに興味がある、共感する人間がアサインされることが多いです。

【矢野健太】また、例えばパンスクは、パンフォーユーオフィスを利用いただいている企業様から「自宅にも届けてもらえるとうれしい」といった声から生まれました。社内からゼロベース、よりもステークホルダーとのコミュニケーションから、そしてニーズのキャッチから生まれてくるかなというのが実感としてありますね。

クライアントやユーザーの声から、事業のヒントが生まれることも珍しくないとか
クライアントやユーザーの声から、事業のヒントが生まれることも珍しくないとか【撮影=齋藤ジン】

――今後の夢や展望について教えてください。
【矢野健太】お客様の潜在ニーズ、インサイトはまだまだありますので、探っていくとともにしっかりアプローチしていきたいです。ベーカリーさんに対してもお役に立ちたいですね。例えばテクノロジーの活用によって、当たり前と思われていた負担の多い作業や業務が改善できる余地は多分にありますから。

「2023年に創業6周年を迎えました。今後もご期待ください!」
「2023年に創業6周年を迎えました。今後もご期待ください!」【撮影=齋藤ジン】

繰り返しになりますが、冷凍技術とDXで、パン業界の課題解決にますます取り組んでいきたいです。

この記事のひときわ#やくにたつ
・「食」の感動と地元への恩返しの気持ちがビジネスの基点に
・実績が信頼の獲得になりブランディングにもなる
・新規事業はステークホルダーとのコミュニケーションとニーズのキャッチから生まれる

取材・文=中山秀明、撮影(人物)=齋藤ジン