キーコーヒー株式会社 経営企画部 広報チームの福角彩さん
キーコーヒー株式会社 経営企画部 広報チームの福角彩さん【撮影=樋口涼】

日本におけるコーヒーの黎明期に誕生し、まだ家庭で気軽に飲めなかったコーヒーをポピュラーな飲み物にする礎をつくったキーコーヒー株式会社。コロナ禍において人の動きが停滞したことで、コーヒー関連事業に打撃を受けた同社が、さまざまなコーヒーの楽しみ方の提案や工夫、新たなスタイルを発信しながら未来へのチャレンジを行っている。そんな日本を代表するコーヒーカンパニーの取り組みや、業界を待ち受ける「コーヒーの2050年問題」などについて、広報の福角彩さんにお話を伺った。

コロナ禍でも、元気にしたい、元気になりたいと、新しい活動を工夫

――2020年に100周年を迎えられましたけれども、キーコーヒー株式会社の歩みについて教えていただけますか?

「コロナ禍ならではの企画や商品開発に取り組み、生活者との接点が拡大できた」と語る福角さん
「コロナ禍ならではの企画や商品開発に取り組み、生活者との接点が拡大できた」と語る福角さん【撮影=樋口涼】


【福角彩】街中の喫茶店などでお見かけしたことがあるかもしれませんが、キーコーヒーといえば鍵のマークのブランドロゴが象徴となっています。当社は、1920年に横浜で創業しました。そのころコーヒーは日本人には馴染みがなく、海外文化への憧れのようなものでした。そんなコーヒーを日本に定着させたいと、「日本の食文化の扉を開く鍵になる」という願いを込めてこの鍵のマークをロゴに採用しました。

――100年ってすごいですよね。
【福角彩】そうですね。全国展開しているコーヒー企業としては、一番古い会社になります。コーヒーに砂糖を入れて飲みやすくした「コーヒーシロップ」は、コーヒーを家庭でも気軽に飲んでいただきたいという思いで、創業の翌年の1921年に発売した商品になります。おかげさまで、若い方やお子さんなど苦いコーヒーが飲めない方たちにも、コーヒーを手に取ってもらえるきっかけになった画期的な商品でした。そして1929年に発売した「キー缶」は粉砕したコーヒーを缶詰に入れたもので、鮮度保持を考えた商品です。おいしいレギュラーコーヒーがご家庭で広く飲まれるようなった最初の商品と言われています。このように、時代に合った商品の開発を行ってきました。

――新型コロナウイルスの流行スタートが、ちょうど100周年を迎えたタイミングだと思いますが、コロナ禍で影響を受けた部分や変化したところがあれば教えてください。
【福角彩】弊社は業務用のカフェ・喫茶店に強かったので、コロナ禍になると一時的に落ち込んだ時期がありました。でも、それが今は戻りつつあります。一方、家庭内では、豆から挽いて楽しむ人が増えたりと、さまざまなシーンでコーヒーを飲む環境が以前よりも広がったと感じています。そのような背景から、カフェインレスでありながらコーヒー本来の豊かなコクと甘い香りが楽しめるというコンセプトで、普段のコーヒーと変わらないおいしいカフェインレスコーヒー「カフェインレス 深いコクのブレンド」を発売しました。今まで妊婦の方や女性に多く飲まれていたカフェインレスコーヒーが、この商品の発売により、広く飲まれるようになったと思います。この「カフェインレス 深いコクのブレンド」は、食品産業新聞社さんが主催する第52回食品産業技術功労賞の商品・技術部門で、コロナ禍のおうち時間を充実させるコーヒーとして受賞しました。

――イベントの開催も難しかったですよね。
【福角彩】当時は企画していたイベントも軒並み中止となってしまいましたが、そのようななかでも、以前から開催していたコーヒー教室をオンラインセミナーに変えるなど工夫もしました。コロナ禍だからこそできる企画や商品開発に取り組んできた結果、生活者との接点を広げることに成功したと感じています。

――逆にコロナ禍で便利になったことはありますか?
【福角彩】先ほどの話とつながりますが、オンラインでのイベントが一般的になったことで生活者との接点が広がりました。昨年は約250世帯600名を対象とした「オンライン 工場見学会」や、「夏休み子ども自由研究」などのイベントを、全国の生活者を対象に実施することができました。

――社内向けにもユニークな取り組みがあるそうですね。
【福角彩】お聞きいただいたんですね。弊社代表の柴田が、コロナ禍で奮闘している社員に元気を送る応援歌のような気持ちを込めて作詞作曲しました。この曲を日経さん主催の社歌コンテストにエントリーしたところ、2023年2月3日の決勝戦に進出することになりました。130社ぐらいの中から12社に選ばれましたので、ぜひ応援していただけるとうれしいです。コロナ禍でも、コーヒーを通して多くの人を元気にしたいという思いで、いろいろなことをやっています。

幻のコーヒー「トアルコ トラジャ」発売45周年と、コーヒー危機の「コーヒーの2050年問題」

インドネシアの現地の方と一緒に復活させた幻のコーヒー「トアルコ トラジャ」に対する社員の思いは大きい
インドネシアの現地の方と一緒に復活させた幻のコーヒー「トアルコ トラジャ」に対する社員の思いは大きい【撮影=樋口涼】


――Twitterで、「トアルコ トラジャ」の復活プロジェクトが話題になっていましたが、その背景や思いを教えてください。
【福角彩】まず背景としては、第二次世界大戦下で消滅したと考えられていたトラジャコーヒーの豆を、1970年に当時の社員が日本に持ち帰ったことがきっかけでした。そこから、トラジャコーヒーが栽培されているインドネシアに現地調査に行ったのですが、近代的な栽培がされていなかったので、まず、道路を作ったり電気を通したりという、インフラ整備から始まったそうです。8年の歳月をかけて、1978年にようやく「トアルコ トラジャ」として日本で発売することができました。ただ、当時すごく注目され一瞬で商品がなくなってしまったため、大変話題となったそうです。実は、今、皆さんが飲まれているコーヒーが「トアルコ トラジャ」なんですよ。

――え!? 気がつかなかった。そういえば、香りがとてもいいような…(笑)。
【福角彩】そうなんですよ。爽やかな酸味と深いコク、芳醇な香りが楽しめます。

――復活させようという計画自体は、いつごろから出てきたのですか?
【福角彩】現地調査の翌年1971年ごろでしょうか。ただ、そこまでコーヒー豆にこだわるには理由があって、もともと1931年に台湾で「台東珈琲農園」事業を始めていたんですね。そのころより、栽培から販売まで手掛けたいという創業者の思いがずっとあったんです。そういう背景もあり、もう1回復活させようということになったようです。

――「栽培から販売まで」っていいフレーズですね。では、気候変動による影響で、「コーヒーの2050年問題(※1)」というワードが取り沙汰されていますが、御社の考えを教えていただけますか?
【福角彩】(※1) 地球温暖化による気候変動が進めば、コーヒー栽培に適した土地が大幅に減ることが予想されています。今後30年のうちに、コーヒー栽培に適した「気温」、「湿度」、「降雨量」などさまざまな変化が、コーヒー産地となる中南米、アフリカなど世界中で起きると予想されており、このまま影響を受け続ければ2050年にはアラビカ種のコーヒー栽培に適した土地は、現在の50%にまで縮小すると報告されているのです。これが「コーヒーの2050年問題」です(参考:キーコーヒー公式サイト)。

【福角彩】やはりコーヒーメーカーとして、この先ずっとユーザーの皆さんにおいしいコーヒーを届けることが使命だと思っています。弊社では、この「コーヒーの2050年問題」について、かなり早くから問題提起をして、日本国内に広げたという自負があるので、引き続き生産者さんや関連団体と一緒になって全社をあげた活動を行っていきます。昨年の4月には「コーヒーの未来部」という代表の柴田が部門長を務める、コーヒーのサステナブル活動を推進する部署を新たに創設しました。今後、取り組みをさらに加速させて、引き続きおいしいコーヒーをお届けし続けていきます。

――本気の本気ですね。ちなみに、業界全体の問題でもありますが、競合他社と協力するなどの予定はありますか?
【福角彩】今のところ国内でそういう取り組みはありません。ただ、弊社の直営農園があるインドネシアでは、ワールド・コーヒー・リサーチ(WCR)という世界的なコーヒー機関とインドネシアの現地機関と共同で、コーヒーの未来を守るために持続可能なコーヒー生産を実現する事業活動を行っています。全日本コーヒー協会でも、「コーヒーの2050年問題」は問題として掲げているので、コーヒー業界全体で取り組んでいる状況です。

コロナ後を見据えた、日々の努力と今後の予定

コーヒーのプロとして、社員一人ひとりがコーヒーに関する知識を身に付けるため、惜しみない努力をしているという
コーヒーのプロとして、社員一人ひとりがコーヒーに関する知識を身に付けるため、惜しみない努力をしているという【撮影=樋口涼】


――コーヒー製造元メーカーとして、飲食サービス事業に期待しているところはありますか?
【福角彩】業務用として、喫茶店やホテルにコーヒーを卸していますし、グループ会社で飲食事業をやっているところがあるので、その両方から得た知見をそれぞれで生かしていきたいなと考えています。

――そのフィードバックは、御社ならではの強みですよね。
【福角彩】そうですね。現場の声も知っていて、経営する側のことも知っているということなので。

――今、お話いただいた業務用の市場でも、少し回復傾向にあるのかなと思いますが、こういう結果をもたらした具体的な取り組みや、ニーズの変化を感じるところがあれば教えてください。
【福角彩】コロナ禍で業務用市場が打撃を受けている時期に、お取引先様に、コーヒーインストラクターとして社内で認定された営業担当の社員が抽出指導する「コーヒーセミナー」を強化しました。これは、ホテルなどで提供しているコーヒーをよりおいしく抽出してもらい、“一杯の価値を高める”ための活動なんです。こういう地道な取り組みを行っていた結果、ちょうど人が外に出始めたときに、コーヒーを飲んで「こんなにおいしかったんだ」と気づいていただくことができ、コーヒーを提供されるお取引先様のモチベーションアップにもつながったと思います。

――確かにそういった価値は高まりましたよね。それまで普通だったものが普通ではなくなった気がします。そうした活動などを含めて、御社が仕事において大切にしていることはありますか?
【福角彩】弊社には、「コーヒーを究めよう。 お客様を見つめよう。 そして、心にゆたかさをもたらすコーヒー文化を築いていこう。」という企業理念があります。社員一人ひとり、情熱を持ってコーヒーを究め、日々コーヒーについて誰よりも詳しくなろうという意識で勉強しています。そして、お客様をしっかりと見つめて、ニーズに合ったコーヒーを開発してお届けすること。日々、この思いを胸に仕事をしています。

【福角彩】あと、社内でコーヒーに関する資格制度を設けています。コロナ前は毎朝、本社の1カ所に集まって「カップテスト」という、コーヒーの味わいを確認する場を設けていました。本社在籍の社員がさまざまな部署から集まり、「このコーヒーはどこの国のコーヒー」と確認し合っていました。全員でコーヒーについて究めようとする感じです。さらに、週1回「このコーヒーは何?」という質問に回答する、ブラインドテストもありました。もちろんその場には社長もいて、みんな本当にコーヒーを究めようと真剣です。

――まさにコーヒーへの情熱ですね。でも、コーヒーのことを考えるというのは、そういうことなんでしょうね。
【福角彩】そうですね。テストだけでなく、競合他社のコーヒーも飲みますし、話題のコーヒーショップができたら足を運んでいます。

――ちゃんとそこに精通していることは、プロとして必要になってきますよね。
【福角彩】ユーザーさんのほうが精通している場合も多いですが、しっかりと対応できるだけの力をつけるための努力は常に欠かせませんね。

――2023年3月から、ハワイコーヒーカンパニーの「ライオンコーヒー」を販売開始されると伺ったのですが、フレーバーコーヒーを取り扱う狙いについて教えてください。
【福角彩】実は、アメリカではフレーバーコーヒーの市場シェアが30%程度あるのですが、日本では数%ぐらいしかないと言われています。日本では、香りがプラスされたコーヒーを飲む機会があまりないんですね。ハワイに行かれてフレーバーコーヒーを好きになった方とか、まだまだ一部の人だけが飲んでいるので、シェアが非常に低いのが現状です。ただ逆に考えれば、フレーバーコーヒーの市場にはまだまだ伸びしろがあると捉え、今回取り扱いを開始しました。ちょっと贅沢なコーヒーになるので、コロナ禍でリモートワーク中にちょっとした贅沢をしたい方や、海外旅行には行けないけどハワイが好きという方に飲んでいただきたいなと思っています。

――最後に、今後のビジョンや成し遂げていきたいことについて教えてください。
【福角彩】今年、「トアルコ トラジャ」が発売45周年を迎えました。コーヒー好きの方には、この商品のことを知っていただいているという自負はありますが、コーヒーにあまり興味のない方には、まだまだ知れ渡っていない商品だと思います。知っていただいている方にはもっと飲んでいただけるような発信をしていきたいですし、まだ知らない方には知っていただける発信をしていきたいと考えています。「トアルコ トラジャ」が50年、100年と続いていく商品になるために、この45周年をしっかり全方位に発信をして、より多くの方に「トアルコ トラジャ」の魅力や味わいを知ってもらい、実際に飲んでもらうための活動を進めていきたいと思っています。

取材=浅野祐介、取材・文=北村康行、撮影=樋口涼