「やさしいお金の専門家/金融教育活動家」こと横川楓です。日本の経済が長く停滞するなか、若い人のなかにもいまから老後に不安を抱えている人もいるかもしれません。老後というと、近年は「老後2000万円問題」も取り沙汰されましたが、実際、私たちは老後のためにどれくらいのお金を残しておけばいいのでしょうか。
「老後2000万円問題」って本当?
老後というと、「老後2000万円問題」をイメージする人も多いと思います。老後2000万円問題は、「2017年の高齢夫婦無職世帯の平均収入から平均支出を引くと、毎月5万5000円不足する」という金融庁が発表した試算が発端です。毎月5万5000円ですから、老後を30年間と見た場合に約2000万円不足するというざっくりとした計算です。
でも、こういった試算はとても変動的なものです。事実、2020年に総務省が発表した「家計調査年報」では、夫婦共に65歳以上で、かつ夫婦ふたりのみの高齢夫婦無職世帯の平均可処分所得は22万5501円に対して、消費支出は22万4390円と、不足するどころかわずかながらもむしろプラスに転じています。
ですから、「老後には絶対2000万円が必要なんだ…」と考えすぎてしまうのはNG。でも一方で、「高齢夫婦無職世帯も平均ではプラスなのだから、安心していい」と考えるのも危険です。当然のことですが、これらの数字はあくまでも平均であってすべての人にあてはまるものではないからです。
皆さんが加入しているのは厚生年金でしょうか、それとも国民年金でしょうか?現在の年金の平均受給額は、厚生年金が月額14万4000円、国民年金が月額5万6000円です。両者の差が歴然としたものであることはいうまでもないでしょう。国民年金の加入者の人は、厚生年金加入者の人と比べてよりしっかりと老後に備えておく必要があります。
もちろん、老後のお金事情を左右するのは年金の違いだけではありません。住む地域が違えば物価にも違いがありますし、もしものときに経済的な援助をしてもらえる子どもがいるかどうかでも違ってきます。
つまり、平均値といった数字に踊らされるのではなく、あくまでも「自分自身はどうなのか?」と“自分ベース”で考えて将来に備えておくことが最も重要なことなのだと思います。
わずかな期間にも減少の一途をたどる退職金
そして会社員の場合、老後の大きな支えとなるものにいわゆる「退職金」があります。しかし、ここ数十年のあいだ給与が横ばいというだけでなく、社会保険料や物価の上昇によって手取り額が減っている日本においては、残念ながら老後に頼りにしたい退職金も減っています。
厚生労働省が5年に1回行っている退職給付(一時金・年金)の支給実態調査によれば、2003年の発表では大卒で定年退職をした人の退職金の平均は約2500万円でした。でも、最新の2018年の発表では、同様に大卒で定年退職をした人がもらえた退職金の平均は約1800万円……。ほんの15年のあいだに、退職金が約700万円も減ってしまったわけです。
もちろん、今後も退職金が減り続けると決まっているわけではありません。これから日本の経済状況が好転して、高度経済成長期やバブル時代とまではいかなくても好景気の時代が訪れ、いまの若い世代が定年を迎えるころには退職金がまた上がっているということもあるかもしれません。
ただ、若い世代は、「好景気の日本」をまったくもって知らない世代です。多くの若い人には、「好景気の時代など来るはずがない」という確信めいた思いもあるのではないでしょうか。
「流動的資産」を形成したうえで「固定資産」を築く
そう思うと、やはり“自分ベース”で考え、老後に対して自分なりに備えておくことが強く求められる時代になっているのだと思います。
厚生労働省の「公的年金シミュレーター」では、生年月日や働き方、年収などを入力することで、簡単に今の時点で自分が将来いくら年金がもらえるのかが概算できます。シミュレーションなので、実際の金額と前後することもありますが、漠然と「いくらもらえるんだろう…」と悩む前に、ぜひ一度計算をしてみましょう。
そして、「流動的な資産」を形成したうえで「固定的な資産」を形成していくことが重要だと私は考えています。流動的な資産とは、預貯金やすぐに現金化できる投資など、比較的すぐに使えるお金のことを言います。一方の固定的な資産とは、年金などすぐに現金化ができない資産を指します。
ここで気をつけたいのは、老後が心配だからといって、固定的な資産の形成にばかり熱心になってしまうこと。ふだんの生活のなかで、急に現金が必要になることもありますよね。突然の病気で手術をすることになった、不景気のあおりを受けて職を失ってしまった……そんなときに、現金化しにくい固定的な資産だけを形成していたのでは、日々の生活を続けることが難しくなります。
もちろん、固定的な資産を形成しておくことも大切です。年金一つとってしても、国民年金か厚生年金か、iDeCoに加入しているかしていないかでも大きく老後の資産が変わります。
しかし、いま、あるいは少し先の未来の生活に支障をきたすようなことは避けたいもの。固定的な資産の形成は、今使える流動的な資産をしっかり形成したうえで考えていきましょう。
この記事のひときわ#やくにたつ
・平均値に踊らされるのではなく、“自分ベース”で考えて将来に備えておく
・「流動的な資産」を形成したうえで「固定的な資産」を形成していく
構成=岩川悟(合同会社スリップストリーム)、取材・文=清家茂樹、撮影=阿部昌也