「幼児食の悩みをゼロに」という思いを掲げ、1歳〜親子で食べられる栄養幼児食を全国へ届けるhomeal(ホーミール)。販売開始から約2年で50万食を突破、クチコミで話題になったこのサービスはどのようにして生まれたのか。代表取締役CEOの鬼海翔さんに話を聞いた。

【撮影=藤巻祐介】


――まずはじめに「homeal」について教えてください。どんなサービスになりますか?
【鬼海翔】「homeal」の現在の事業領域としては、“幼児食”をテーマとしています。赤ちゃんは生まれてからお母さんの母乳やミルクで育ち、やがて生後5カ月くらいから離乳食が始まります。5カ月からだいたい1歳になる前後で上下の歯が生え始めたり、胃がしっかり発達したり、体が発育していくと固形物が食べられるようになって、離乳食のようなお粥や野菜ペーストなど、咀嚼をしなくても食べられるものではなく、しっかりと咀嚼して食べられるフェーズへ移行するときに幼児食が始まっていきます。私たちは、その幼児食に合わせた商品開発をして、冷凍食品で提供するEC事業を主に行っています。

――サービスを立ち上げた背景について教えていただけますか?
【鬼海翔】子どもが2人いるのですが、上の子どもが1歳のときに乳児湿疹という肌の病気になりました。症状としてはアトピーのような赤み・ブツブツが出て、痒くて爪で自分の肌を引っ掻いてしまうので夜も眠れず、寝たと思ったら30分後に目が覚めてしまう。夜泣きも長いほうだったと思うのですが、2年くらいずっと、そういう日々が続いていました。乳児湿疹のことを調べていくと、もちろん薬で治療できることもあるのですが、根本的には食事や栄養など体の中から整えていくことが大事だということがわかり、そうなったときに、自分がひとりの親としてその領域のことをなにも知らないなと感じました。

【鬼海翔】大事な子どものことなのに、子どもが食べるものや栄養のことについて無頓着な部分もあり、「それではいけない」と思って勉強をし始めたら、世の中にそういうサービスがないことに気がつきました。離乳食のときには瓶詰めのお粥や、野菜や魚のペーストなどいろいろな商品やサービスがあったのですが、幼児食になるといいサービスがあまりなくて。ないなら自分でつくったほうが早いなと思い、自分の子どもの成長と、自分が事業を立ち上げるスピードを比較したら自分で立ち上げたほうが早い、そう考えたことがきっかけです。

――待っているよりも?
【鬼海翔】はい、待っているよりも早いなと(笑)。自分が理想だと思うサービスをつくりたい、というか「つくれそうだな」と思ったので、事業としてやろうと決めたのが経緯ですね。

――さらっとお話されましたが、「つくれそうだな」と思って「実際につくる」間にはけっこう“距離”がありますよね。
【鬼海翔】幸いなことに、前職で新規事業などのコンサルをやっていまして。クライアントの事業の立ち上げを一緒にやったり、ひとつの業界だけでなく、自動車や家電、飲料、金融など多業界のいろいろな新規事業のアイデアを見ていた立場だったので、鼻が効いたというか、いけそうだなと思うと同時に、ダメと判断するまでの仮説検証のプロセスもある程度見えていたので、それであればやってみようと思いました。当時はコンサル会社のサラリーマンでしたが、会社の仕事を続けつつ、サイドプロジェクトや副業のような形で、“起業するための副業”を自分なりに半年くらいやっていました。ビジネスとしてうまくいくかわからないけど、その領域をやりたいなと思ったので、チャレンジしてみようと考え、起業したという経緯です。

 株式会社homeal・代表取締役CEOの鬼海翔さん
株式会社homeal・代表取締役CEOの鬼海翔さん【撮影=藤巻祐介】


――いいお父さんですね。子どものために勉強し、さらに子どものための理想のサービスを自分でつくろうと考えるのはすごいなと思います。
【鬼海翔】時代もあるかなと思います。20年前とは起業の環境もまったく違いますし、使えるサービスの幅も違う。すごくいい時代にチャレンジできたなと思います。

――サービス立ち上げ時を含め、特に苦労した点や大変だったことを教えてください。
【鬼海翔】いろいろあるのですが……。まずは、食品を扱う、あるいは製造するにはどうしたらいいのかまったくわかりませんでした(苦笑)。自分で工場をつくるわけにもいかないし、どうしようかなと。結果的にはパートナーを見つけて、今回でいうと「冷凍でやろう」と思っていたので、冷凍に関する専門家をチームのアドバイザーとして招き入れました。彼が、全国の冷凍工場とのネットワークをたくさん持っていたので、どこの工場でどういうメニューが得意とか、工場ごとの特色を生かした商品開発を一緒に考えて、最初はまったくわからなかった冷凍食品や冷凍の物流を学びながら、苦労しながらなんとか立ち上げました。

【鬼海翔】もちろん、うまくいかなったこともあります。サービスのテストマーケティングを開始したのが2020年1月。その翌月にコロナがはじまって、例えば試食のイベントであったり、ホームパーティ企画のようなものであったり、プランしていたことがまったくできなくて…。マーケティングはかなり苦労しました。ただ、逆にできないことがわかったので、とにかく商品一つひとつのクオリティを上げたり、サブスクで食事が定期的に届く機能を強化したり、できないことを嘆くより、できること、強化しなければいけないことに注力しようという方向にシフトしました。特に最初は、いろいろな意思決定や判断が必要でした。

――意思決定せざるを得ない状況だった?
【鬼海翔】せざるを得ないですよね(苦笑)。「変えられるもの」と「変えられないもの」って、仕事をしているなかで絶対あるじゃないですか。そこの見極めは常に意識しています。たとえば法律が変わらないとどうしても変わらないものとか、コロナによる行動制限をすぐに解除することは不可能なので、そこは変えられないもの。でも、チームの力や自分の力によって突破できるものは絶対にあるので。あとは“自分だけでやらない”ことも心掛けています。自分が経営者・起業家としてひとりでできることと、チームとして自分以外の力を借りながらでしかできないことは当然あって、今でもプロジェクトを回すときにはタスクをちゃんと分けるようにしようと意識しています。

前職の経験を活かし理想のサービスを自ら立ち上げた鬼海さん
前職の経験を活かし理想のサービスを自ら立ち上げた鬼海さん【撮影=藤巻祐介】


――幼児食の理想のサービスがなかった理由はどんなところにあったのでしょうか?
【鬼海翔】「なんでないのかな」という、まさにそこから検証を始めました。わかったことは、たとえば冷凍食品というジャンルでいうと、スーパーにあるのは餃子やチャーハン、パスタなど味が濃く量が多くて、比較的、味付けがわかりやすいものが多いですよね。一方、幼児食は、塩分は控えめ、調味料をなるべく使わずに、和食やイタリアンのようにだしやブイヨンなどでおいしさを出すことが推奨されていて、私たちもそういう商品開発をしているのですが、そういった生産を工場で行おうとするとものすごく難しい。味をつけようと思ったら業務用の調味料やそれに類するものを使ったほうが、よっぽど効率よく大量にできてコストも抑えられるんです。

【鬼海翔】でも、そういったものと幼児食はフィットしなくて、企業からすると売上に対してそれほど生産メリットがない。生産メリットの観点でいえば、幼児食は1〜6歳までと期間が短いことを考えると、離乳食と比較しても、そこと同等かもしくはそれ以下になります。離乳食は専用メーカーの会社が長年つくり続けていて、幼児食もそれをやるかというと難しいんですよね。大企業の目線からすると、あまりビジネスとしての検討が進みにくい種類の事業かなと思います。

――確かに、特に大きい企業からすると経営判断的にもトライしにくい領域ですね。
【鬼海翔】私たちもいろいろな工場へ視察に行きましたが、1日に生産できる数って限られているんです。たとえば、1日2商品しかつくれない工場で、1商品あたり3000食や5000食をつくる。そこで貴重な20営業日のうち1商品を餃子にしたほうが売れるのに、わざわざ幼児食を選ぶというのは経営判断として難しいと思うんですよね。それが長年続いてきた結果、私たちが子どものころから何も変わっていない。一方で、親としては子どもの好き嫌いや偏食、アレルギーの悩みがある。外出して動物園に行ったら、売っているお昼ご飯は焼きそばやおにぎり、ミートソーススパゲティみたいなものしかなくて…そこに関してすごくギャップがあるなと。ユーザーとしても、ビジネスとして見たときにも、そう感じました。ただ、大企業の中で、新規事業としてそこにトライしようとすると、このアイデアはたぶん通らないだろうなと思い「だったらスタートアップのほうがいいな」というところも私の中では判断の軸でした。