大学中退から売上1億円のスゴ腕営業マンに!誰でもトップセールスマンになれる“虎の巻”の正体

2022/12/08 10:00 | 更新 2023/04/16 23:39
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単位を40しか取れず大学中退、アルバイトや芸人活動を経て辿り着いた天職とは!?
単位を40しか取れず大学中退、アルバイトや芸人活動を経て辿り着いた天職とは!?

誰が営業をしても成功する夢のようなマニュアル“虎の巻”があるという。作成したのは、のぼり旗の販売会社「エンドライン株式会社」の代表取締役の山本啓一さん。大学卒業後、フリーターや芸人を経て、広告業界に飛び込むと、年間売上1億数千万円を達成。営業としての才能を開花させた。独立後は、自身の経験をもとに「山本式営業フローチャート」を作成し、安定した営業成績を上げている。営業において大切なことは何なのか、山本さんの経験から語ってもらった。

「エンドライン株式会社」が担当した会場装飾実績例
「エンドライン株式会社」が担当した会場装飾実績例【画像提供=エンドライン株式会社】


夢や目標もないまま芸人活動。その後巡り合った“営業”という天職


――大学に5年通われたりフリーターになったりと、就職をするまで普通の人よりも時間がかかったそうですね。
【山本啓一】福岡の大学に通っていたのですが、大学1年生のころから授業にあまり出ていなくて、いわゆる“幽霊学生”状態で。パチンコとか競馬とか、友達と朝までゲームをやったりとか、大学にほぼ通うことがありませんでした。だから、4年半で大学を中退して、最終的に単位は40前後しか取れませんでした。

――その頃は、特に将来の夢や目標はなく?
【山本啓一】大学を4年で卒業して普通にサラリーマンとして生きていくとは思っていたんですけど、何をやりたいとかどんな仕事をしたいとかは全然考えもしませんでしたね。だから、大学を中退したあとはアルバイト生活を送っていました。

――その後、芸人を目指されていますよね。それはどういった心境からなのですか?
【山本啓一】アルバイトでは内装工事の仕事を始めたのですが、これが予想以上にキツくて…。自分の性分として、なるべくキツい道を選びたいタイプなのですが、それでもその仕事が人生の中でナンバー2にキツかったですね(笑)。そんな中、昼は内装工事の仕事をして夜はバスケットボールをするという生活を送っていましたが、このままでは終わりたくないなという気持ちが湧き出てくるわけです。そしてあるときテレビをつけたら、大好きなダウンタウンが出ていて、人を笑わせる芸人ってすごいなとあらためて思ったんです。なので最初はそんな軽い憧れの気持ちで芸人を目指すようになりました。

――実際に芸人として活動してみてどうでしたか?
【山本啓一】地元福岡の芸能事務所に所属することになり、コンビ芸人として2年間くらい舞台を中心に活動していました。そのころ、今もテレビなどで活躍している芸人とも一緒にやっていたんですが、なんというか素質が全然違うんですよね。で、売れないまま2年が過ぎたころに芸人を辞めて、フリーターとして1年間過ごすことになり、27歳にして初めて就職することになりました。

――そこも山本さんにとって大きな転機ですよね。27歳での初就職は大変だったのではないでしょうか?
【山本啓一】就職するにあたっては、「元芸人」という肩書きもあって、意外と注目してくれる企業が多かった印象ですね。実際に15社中13社くらい合格をいただけましたので。「元芸人なら営業ができそうだ」みたいな理由で(笑)。そんな中、福岡県大野城(おおのじょう)市にある広告会社に就職させていただくことになりました。先ほどお話しした内装工事もキツかったのですが、人生で最もキツい仕事ナンバー1はここでの経験です。起業してからのほうが楽と思えるくらいに、その会社での経験は本当に大変でしたね。ノルマはあるし、2時間に1回、上司に報告しないといけないし、数字の詰めもしんどくて…。

――それでも、3年後には社内でトップとなる売上1億円を達成し、結局4年間その会社に勤められたわけですが、そこまで続けられたのはどういったモチベーションからなのですか?
【山本啓一】それには2つポイントがあります。1つは、当時の社長は働かない人だったので、ほぼ全部の業務を私がこなすことになり、それがおもしろかったという点。デザインから経理、営業、銀行入金まで担当していましたが、仕事を振られるばかりで嫌ということはなく、いろいろな業務を経験できることへの喜びが勝っていたのかもしれませんね。

【山本啓一】もう1つは、仕事は大変でしたがそれをおもしろいと思えたこと。芸人時代にも理不尽なことはたくさんあったので、普通は理不尽と感じることでも私はそうではありませんでした。めちゃくちゃ怒られるけど、私の中では吉本新喜劇の中にいるような感覚でしたから(笑)。しかも、当時の社長は本当におもしろい人で、将来のビジョンを語ってくれたり、一緒に働いて退屈することはなかったですね。今でも尊敬していますし、感謝もしています。

――広告営業という仕事自体についてはどう感じていましたか?
【山本啓一】広告営業って難しくてキツいというイメージがありますが、私にはそのネガティブなイメージはありませんでした。最初から飛び込みや電話営業をやっていてそれが普通だと思っていましたし、最初からいいお客さんを獲得できていたのも大きいですね。ピーク時は1人で年間1億1000万円くらい売り上げていましたから。そこまでできたのは、営業件数などの会社のルールやノルマが強制的に体に染み付いていたからでしょうね。先ほど言ったとおり、営業活動以外の業務もやりながらだったので、ある程度楽しみながらできたという点も、営業で数字を上げられた要因だと思っています。

独立後は独自戦略と営業力で、1年目から売上好調。“虎の巻”で飛躍か!?


――その会社で営業としての経験を積まれて、4年後に退職されています。起業したいという目標があったのでしょうか?
【山本啓一】いえ、自分は経営者には向いていないと思っていたので、自分で会社を起こすなんて考えもしませんでした。その会社を辞めたのは、インドに行きたいと思ったからです。大吉(博多華丸・大吉)さんが以前、「インドに行って人生が変わった」という話をされていて、だったら自分も人生を変えたいと思ったんです。それで、私の代わりに入社した方に業務を引き継いでいたところ、その方に「独立したらいんじゃないですか」って言われたんです。加えて、その当時、ホリエモン(堀江貴文)さんが大阪近鉄バファローズの買収に名乗りを上げていたんですよね。自分と同い年で、しかも自分と同じ福岡出身で、こんな世界観を持った人がいるなんて、と衝撃を受けました。

【山本啓一】起業ってもっと歳を重ねたおじさんがするものだと思っていましたから。サイバーエージェントの藤田(晋)さんとか、テイクアンドギヴ・ニーズの野尻(佳孝)さんとか、調べてみると日本を代表するような若い起業家がたくさんいたんですよね。そこからはもう完全に起業モード。退職してから2カ月で準備をして、すぐに会社を立ち上げることができました。

――現在、のぼり旗や看板などの企画デザイン、販売を手がけ、6名の社員で年間1億円以上を売り上げているそうですね。どのように売上を構築していったのでしょうか?
【山本啓一】前の会社の顧客はほかの方に引き継いだので、ほぼゼロからのスタートでした。でもそこに対する不安はなく、むしろ楽しみのほうが大きかったです。今までやってきたことを十分に生かせますし、何よりも自分の会社で自由にやれますから。毎日ワクワクしてましたね。

会場装飾実績例
会場装飾実績例【画像提供=エンドライン株式会社】


【山本啓一】起業当初、売上を上げるために綿密な戦略を練っていました。まずは、市場を拡大すること。福岡市が激戦区なのはわかっていたので、長崎や宮崎、広島など、開拓が見込めそうな土地を目掛けて営業をかけていきました。加えて、広告代理店に営業をかけ、代理店の下請けになることで定期的な売上を確保できました。そこで意識していたのは、粗利を低くして、いかに顧客を多く獲得できるかという点です。まずは、市場に参入して1人でも多くの顧客を得ることが、今後の事業活動のベースになりますので、これらのポイントを踏まえて徹底的に営業をかけていきました。

――戦略と営業力により着実に売り上げを構築されたのですね。現在は、どの分野に注力されていますか?
【山本啓一】ひとつあげるとすれば、プロスポーツチームの会場装飾は、どんどんシェアを伸ばしているところです。プロバスケットボールのBリーグのチームだと、全体の40%近くと取引がありますが、年々、弊社に任せていただくチーム数は増加傾向にあります。

プロスポーツチームの会場装飾
プロスポーツチームの会場装飾【画像提供=エンドライン株式会社】


――スポーツ会場の装飾で成功を続けている要因は何ですか?
【山本啓一】まず、プロスポーツの会場では必ずのぼり旗が必要です。そのほかのツールも含めて、プロスポーツチームが求めていることと我々ができることが、見事に合致しています。また、いくつもの会場装飾に携わらせていただくうちに、いろんなノウハウが蓄積してくるので、新規のお客さまのお悩みをすぐに解決できるのも、弊社の強みですね。バスケットボールに限らず、さまざまなスポーツにも応用できるだけのノウハウがありますので、スポーツ事業は今後も伸ばしていきたいと思っています。

――どんな人でも営業がうまくいく「山本式営業フローチャート」という“虎の巻”があるそうですが、これはどういった内容なのでしょうか?
【山本啓一】平たく言うと、トップ営業マンのやり方を分解してフローチャートにした「営業マニュアル」です。たとえば、案件が発生して見積もりを出したあと、どのくらいの間隔で先方に電話をすればいいかという点についてもマニュアル化しています。多くの人は、見積もりを出したあとに電話確認まで行いませんが、トップ営業マンは1〜2時間以内に先方へ電話をかけることで、より意識してもらうように仕向けています。だから、このマニュアルでは、「見積もりを出して1時間後に先方へ電話する」という流れを明確に示しています。こうした営業の理想的なアクションを可視化することで、営業が苦手な人でも、トップ営業マンと似たような成績が出せるようになるのです。

――なぜこのようなマニュアルを作ろうと思ったのでしょうか?
【山本啓一】創業後数年は順調に数字を伸ばしていたのですが、あるときから、退職者が増え、それに伴い売上が下がっていきました。理由として、営業がうまくいかないことが大きく、新しく入社してもすぐに退職してしまう、負の循環が続いていました。そこから立て直すためには、“誰でも売れるような仕組み作り”をする必要があると思い、このマニュアルを作成しました。

【山本啓一】あと、今の若者は、勉強にしても仕事にしても、全部イチから教えられることが当然の世代で、「俺の背中を見ろ!」というやり方では響きにくいとも思ったんです。営業マナーやフロー、トークまでマニュアル化すれば、仕事自体をやりやすくしてあげることができますよね。

【写真】これが営業の行程を図式化した「山本式営業フローチャート」
【写真】これが営業の行程を図式化した「山本式営業フローチャート」【画像提供=エンドライン株式会社】


――そのマニュアルが起死回生の一手となったのですね。山本社長にとって営業で常に意識しているポイントはどういったところでしょうか?
【山本啓一】営業で大事なことは3つあります。1つ目は「行動力」です。営業って、自分でわかっていても恐怖心に支配されているんですよ。「電話したら断られるんじゃないか」とか「怒られたらどうしよう」とか、そうした恐怖に支配されず行動し続けるメンタリティはけっこう重要かなと思います。2つ目は、どれだけお客さまのことを考えた行動が取れるかという「貢献心」、そして3つ目は、相手との関係性を構築していく「コミュニケーション力」です。あとは、「自社商品をどれだけ信じられるか」ですね。自分がまずその商品を知り尽くして好きにならないと相手には伝わりませんから。

学歴よりも元気と明るさ!“モリアゲ精神”で多業種もどんどん巻き込んでいく

――どんな人が営業に向いていると考えますか?
【山本啓一】シンプルに、「明るくて元気」な人ですね。業種にもよりますが、弊社の場合は「モリアゲアドバイザー」を謳っているので、トーク技術云々よりもまず、営業先や取引先でも元気よく接することが大事だと思っています。

――では、これから経営者を目指していく人たちのために、ご自身の経験から20代・30代にやっておいたほうがよいことがあればお教えください。
【山本啓一】まずは、人脈はできるだけつくっておいたほうがよいですね。私が独立したときは、周りに経営者の知り合いがいなくて、人脈をつくるのにとても苦労しました。上を目指すなら、一線で活躍するアッパーな方々の知識や言葉が、確実に糧になりますからね。

――行き詰まったり疲れたときなどのリフレッシュ方法も教えてください。
【山本啓一】そうですね、自分の中で落ち込んでいることなどがあれば、心に思っていることを書き出すようにしています。些細なことやすごく恐怖に思っていることなど、全部書き出すことで、「こんなことが原因だったんだ」とか「たいしたことじゃない」など、自分の感情を俯瞰で捉えることができるんですね。それをするだけで、最短距離で問題解決に持っていけますから。

――ぜひ実践してみたいですね。大切にしている言葉はありますか?
【山本啓一】これから会社の理念に掲げようと思っているのが「影響の善循環(ぜんじゅんかん)」という言葉です。これは私が作った造語なのですが、まさに自分の人生を表した言葉であり、会社の方針も表現しています。つらいことでも笑って頑張っていればハッピーになれますし、周りにもポジティブな「善の影響」を与え続けたいと思っています。

――最後に今後挑戦してみたいことについて教えてください。
【山本啓一】来年くらいから自分たちでイベントを企画しようと考えているところです。スポーツや音楽、お笑いなどをミックスさせて、今までにないようなイベントができればと思っています。もちろん、「モリアゲアドバイザー」として、企画や装飾など、しっかりと作り込み、誰でも楽しめる空間を提供したいですね。私たちの力でいろいろな業界を盛り上げていきたいと思っていますので、ぜひ今後の活動にもご期待ください!

この記事のひときわ#やくにたつ
・辛い仕事でも楽しいポイントを見つけて面白がる
・マニュアル化による“見える化”で営業効率アップ
・営業は、行動力、貢献心、コミュニケーション力が重要
・行き詰まったら不安や悩みを書き出し、俯瞰する

取材・文=森川和典/画像提供=エンドライン株式会社

【プロフィール】
山本啓一(やまもとけいいち)。エンドライン株式会社 代表取締役社長。1973年生まれ福岡県出身。大学を5年で中退し、芸人やフリーターを経て、27歳で広告・のぼり旗の会社に就職。持ち前の行動力を生かした営業で、入社3年後には社内トップとなる売上1億円を達成。2004年31歳でエンドライン株式会社を創業。のぼり、幕、看板事業を展開。誰でもトップセールスになれるマニュアル「山本式営業フローチャート」を作成し、さらに業績を伸ばしている。

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